第2話 異変のはじまり
「ただいま〜」
一人暮らしのため家には誰もいないがドアを開けながら呼びかける。
老婆から買った、もとい貰った得体のしれない食べ物を机に置き、部屋着に着替える。
机の前にドカっと座り、テレビをつけ、改めて貰ったものを眺める。
くすんだ黄色に紫、あまりに不格好な見た目で材料が何なのかもわからない。
躊躇していても仕方ない、と一気に口に放り込む。
こ・・・これは・・・
甘味、酸味、苦味、塩味、旨味、五基本味全部詰め込んだような味がする。しかし驚くことに
「お、美味しい・・・」
見た目からは想像できないほどだ。今まで食べたことがない、癖になる味でもっと食べたくなる。
しかし後味には覚えがあった。・・・さつま芋だ。今時の品種改良されて甘くなったものではなく、もっと昔ながらの質素な味だ。
黄色、紫色は芋が入っていたからか、と妙に納得する。
その時、脳内に映像が飛び込んできた。
──目の前にちゃぶ台、その上にさつま芋がのっている。自分以外に幼い男の子がいる。
「芋飽きたよ」
男の子が言う。すると自分が
「我慢して食べい」
と言う。
自分の声色ではなかった。目の前の子より少し年上くらいの男の子の声だ。
──ハッと春子は我に返る。
今のは一体なんだ?自分ではない誰かだった。
つけっぱなしのテレビからは黒いうさぎのキャラクターのCMが流れる。うさぎのくせに流暢な日本語をハスキーボイスで喋る。春子と声が似てると家族にも友人にも茶化されるため、春子はこのキャラクターがあまり好きではない。確か名前は『クロぴょん』だ。なんて安直な名前。
テレビをボーっと眺めていると眠くなってきた。春子はベッドに横になり、眠りに落ちていった。
──夢を見た。
真っ暗闇のなかであの食べ物をくれた老婆が目の前に立っている。
「貰っていくよ。」
それだけ言って老婆は去っていく。その声は今日食べ物をくれた老爺の声ではなく、見た目どおりの老婆の声だった。
「え?待って!貰っていくって何を・・・」
そう春子は言いながら目が覚めた。
時計を見ると会社の始業時間の30分前だ。
「遅刻だ!」
慌てて支度して家を出る。夢のことなど深く考える暇はなかった。
案の定、遅刻した。
豊原部長にネチネチと嫌味を言われ、春子の気分は朝から最悪だ。
気持ちを落ち着けようとお手洗いに立つ。手を洗いながらふと鏡を見たとき、春子は自分の顔に違和感を覚えた。
「鼻・・・シワが増えた?」
こんなにシワがあっただろうか。ああ、年だなとすこし落胆する。
仕事に戻る。はずが、
何故か昨日やっていたはずの仕事内容をぼんやりとしか思い出せない。同僚にも心配され春子は自分でもおかしいと思った。病気なのか、と。
そんな状況でも昨日のことを思い出していた。
あれ、美味しかったなぁ、また食べたいなぁと。
その感情は日に日に増していった。あの謎の食べ物をまた食べたくてしょうがないのだ。もはやそのことしか考えられない。
あの老婆の店は食べた日の翌日も翌々日も翌週もやっていない。もう食べられないのか?と考えると発狂してしまいそうになる日々だ。
翌月には、ぼんやりとは覚えていた仕事内容が綺麗さっぱり思い出せなくなっていた。
「鈴堂さん、病院行った方がいいですよ」
同僚にそう言われ、病院に行ったものの異常はない。
鼻にはだんだんシワが増えていった。
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