Bonus track 5ー② あなたが好きな私と、私が好きなあなた

 今日は、まいのライブの日だ。


 ところで私は初めてのライブはネットライブがいいだろうって思ってた。


 まいの表現家としての最大の弱点は、他人の目を気にしてしまうところ。


 他人を前にするだけで、その人にどう思われるのか、どう感じてしまうのか、想像してそれで頭が一杯になってしまうこと。


 それはもちろん、感受性とセットなわけで、それがあるからこそ、まいは素敵な歌が書けるんだけれど。


 こと、他人を目の前にしたライブという場所ではどうしても、足枷になる。


 それが永遠に変わらないとは思わない。


 彼女も少しずつ成長する。できなかったことが一つずつできるようになっていく。

 

 私の前で演奏するときはだいぶ慣れてきたみたいで、最初は恥ずかしがっていたけど、段々と自然な姿で歌えるようになってきている。


 でも、人前でライブはちょっと早いんじゃない?


 思い浮かぶのはいつかの橋の下のあなたの震えた指。


 まいに告げてみたけど、あなたは優しく首を横に振った。


 確かに、そうかも。でも、やってみたいんです。ゆかさん。


 まいは私をまっすぐ見て、ゆっくりとそう告げた。


 伴奏練習を一緒にしてくれていた宵川さんは、まいの腰をひっぱたいて笑ってた。


 昼馬さんは、まあ、とちっても何とかしてあげるよって、肩を叩いてた。


 まいはちょっと恥ずかしそうに、笑ってた。


 私もそこまで言われちゃったら、断る理由はなかった。


 というわけで、今日は初めてのライブ、クリスマスの日。


 あんまり多く人が集まりすぎないように、告知は最小限に、当日と前日に簡素に行っただけ。


 まいのことを知っている人がいなくても、最悪いい。


 いや、結構、「行きます」「見たい」ってリプライ来てたから、ある程度来るのかな。


 まあ、蓋を開けてみないと、わからないけど。


 場所は、カップルがよく集まる、繁華街沿いの、橋の下。


 私達の始まりの場所。


 私達の出会った場所。


 そして、ここからがまた、新しい、スタートなんだ。



 ※



 ライブ時間の、一時間前くらいに私達は隣駅のファーストフード店で集合していた。


 ざわめく店内に、集まるメンバーは、私、まい、昼馬さん、宵川さん、由芽さん、あきのさん、みはるさん、まいがバイトしてる本屋の店長の鍵沢さんと、同じくバイトさんの柿畑さん。


 ファーストフード店の席を三つ四つ貸切りながら、簡単な打ち合わせだけしている。


 役割的には、まい、昼馬さん、宵川さん、柿畑さんが演奏担当。まいがギター兼ボーカルで、昼馬さんがエレクトーン、宵川さんがアコーディオン、柿畑さんがベースギターだ。


 由芽さん、あきのさん、みはるさん、鍵澤さんは運搬と、機材担当。車で楽器とかの荷物を運んでくれることになってる。


 で、私なんだけど。


 「ーーーーってわけで、こんな感じで大丈夫? プロデューサー?」


 あきのさんが軽い調子で、スケジュール表を見せて私に流れの確認をしてくる。


 「役割的には監督じゃない?」


 「じゃ、監督で。で、大丈夫?」


 それにみはるさんがちゃちゃを入れて、私の呼称は監督と相成ったわけだ。


 つまり、全体の流れを見てその都度、判断する役回り。


 責任……重ぉ……。


 「大丈夫、だと、思い、ます。はい、はい」


 「歌う奴より緊張してない? 監督?」


 「いや、だって。こんなの初めてですもん……」


 「誰だって、初めてはあるよ。でも、ゆかがやりたいって言い出したことなんだから、どういう形がいいのかは、あんたが判断するべきでしょ?」


 「うう……そうなんですけど……」


 あきのさんはそう言って、軽く笑った。くそう、社長やってるだけあって、言葉にパワーがある、同い年らしいんだけど。この落ち着きの差はなんだろう……。


 ちょっと拗ねかけていると、横からまいによしよしと頭を撫でられた。


 「いやあ、ゆかさんが緊張してくれてると、私は精神的に楽ですよ?」


 「それは褒めてないよ、まい」


 優しい笑みだけど、要するに私の方が緊張してるから、自分はまだマシだなって思ってるわけである。くそう。


 「まあ、それとおんなじことを、私とみーちゃんはあんたを見ることで、いっつも感じてるんだけどね」


 「むーさん、独りだと演奏の時がちがちに緊張するからね」


 「なんでこいつ、初見の俺より緊張してんだって、最初の合わせの時思ったもんなあ。おかげで楽だったけど」


 「うるせー!!」


 そうこうしているうちに、まいがバンドメンバーに思いっきりいじられていた。数回しか合わせをしてないけど、柿畑さんのなじみ具合も凄い。


 私は紅茶をずごずご啜って、それから、一息をつく。


 長く、長く、息を吐く。


 それからふと、周りを見回す。


 ここにいるのはたくさんの人。


 きっと、私より、たくさんのいろんなことができる人。


 まいには、歌と心が。


 昼馬さんには演奏技術と落ち着きが。


 宵川さんにはセンスと人脈が。


 由芽さんには、絵と熱意が。


 あきのさんには、合理性と賢さが。


 みはるさんには、表現力と前向きさが。


 鍵沢さんには、懐の深さと安心感が。


 柿畑さんには、安定感と順応力が。


 私にないものを持っているたくさんの人達。


 怖いな。


 この人たちに見合うだけの私に成れているのかな。


 ーーーーわからない。


 自分の価値なんて、わからなかった。


 ずっと、ずっとわからないままだった。


 でも、最近、不思議とそれでいいかなと思ってる。


 怖いのは変わらない。


 でもさ、ちょっと驕っちゃうけどさ。


 この人たちは私がやろうって言い出さなきゃ始まらなかったんだ。


 私があの時、まいに会社を作りたいっていった、まいと一緒に何かがしたいって言ったあの時に。


 私が歩みを始めなければ、この人たちはここに集まらなかったんだ。


 たくさんの人に支えられてここまで来て、たくさんの人を引っ張ってここまできた。


 私がやりたいことがあったから。私が歩きたい道があったから。


 どうにか、ここまで来たんだ。


 ーーーそう考えると、私もなかなか捨てたもんじゃないんじゃない?


 私自身にできることは、とても少ないけれど。


 でもこれは、私の、私とまいの、物語なのだから。


 私がしっかり胸を張って、歩かないと。


 隣を見ると、まいは優しく笑ってた。


 「よし!」


 「ゆかさん、緊張とけた?」


 「全然! でもやるっきゃないよね、まいも頑張って!」


 「はい! じゃあ、行きますか!」


 「皆さんも! よろしくお願いします!!」


 「「「はーい!!」」」「はいはい」「行きますか」「うっし、行くか」「っすね、行きましょ」


 宵川さんと由芽さんとみはるさんが勢いよく返事を返して、残りのメンバーも各々、笑いながら返事をくれた。


 うん、行こう。


 慌てることも、うまくいかないことも、たくさんあるかもしれないけれど。


 それでも、行こう。


 私達は笑って立ち上がった。


 


 さあ、私達の物語を始めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る