第24話 女の子が好きなあなたと餃子を作る

 その日、由芽さんの様子がおかしいなあと私はなんだかぼんやり感じ取っていた。


 どうにもぼーっとしているし、私を見ると何やら考え込んだ様子になる。


 んー、またマイカ関連で何か言いたいことがあるのかな。


 そういえば、まいがこの前の「震えた指」のリメイクを投稿したって言ってたっけ。


 多分、それ関連だろうな、昼休みになったら話しかけてくるだろう。


 などと、ぼんやり構えていたのだけれど、思いのほか当ては外れて、昼休みに私のもとに訪れた由芽さんはどことなく鬼気迫るものがあった。


 あれ、なんか、本当に、様子、変だね。


 「朝田さん……ちょっと、お話が」


 「う、うん……?」


 誘われるがまま、彼女に手を引かれて近くのレストランに入った。


 それとなく、二人で注文を終えて、料理が出てくるのを待つ。


 ……その間、無言。


 なんだろ、これ?


 私が首を傾げていると、由芽さんはスマホを両手でにぎり閉めながらじっと私を見てきた。


 「朝田さん、ツイッター……やってませんでしたよね?」


 「……うん」


 「てことは、ツイッターで何か話題になっても全然わかんないですよね?」


 「………………うん」


 何、何の話だろう。まいの、マイカの悪口がツイッターでとか? え、え。


 思わず肩がこわばる、冷や汗が少し流れる。なんなんだろう。


 やがて、由芽さんはゆっくり息を吐くと決意したように私にスマホを差し出した。


 「ご査収ください」


 「え」


 差し出されたスマホはツイッターの画面が映し出されていて一つのツイートが全面に映し出されていた。ツイート内容はーーー




 『なんか公園でライブしてる人たち居たんだけど』




 あと、30秒ほどの動画。


 停止する、思考。


 由芽さんが、ブルートゥースのイヤホンをすっと差し出してきた。促されるまま、耳にはめる。


 再生。


 遠巻きで聞こえにくいけれど、確かにあの日の公園ライブの一幕。リメイクされた『震えた指』。


 暗いから顔はほとんどわからないけれど、確かにあの日の私達四人。


 「……」


 ツイートを下にスライドした。続きがある。


 『まだやってる、誕生日?』


 付随してる動画はハッピーバースデーの場面。ほんのりとだけど、ゆかさーんと歌うまいの声が聞こえる。


 「…………」


 すっと指をスライドさせて元のツイートに戻る。


 結構、リツイートされてる……。


 リプライで『マイカ?』『本人?』『コピーバンド?』なんてものも飛んできてる。


 私はそっと、由芽さんにスマホとイヤホンを返した。


 とりあえず、どう言い訳しようか。


 「あ、朝田さん。改めて、誕生日おめでとうございます」


 「ありがとう……」


 言い訳すら聞いてもらえない、詰んでるよこれ。


 どうしよう、まい。


 著名人というほどではないけれど、ネットに上げる以上、個人情報というのは可能な限り晒さないようにとは、まいに散々言っていた。だから、まいが今までネット外で個人として特定されたことはない、それは私も同様で。


 「はあ、まさか、こんな形でバレるとは……」


 「まあ、これは不運だなとしか」


 思わずレストランの机に突っ伏しながら呻く。そんな私を由芽さんはふうと息を吐きながらじっと見ていた。


 「まあ、正直気にはなっていたのですよ」


 「……なにが?」


 私が目線を由芽さんに向けると、由芽さんはすっとひとさし指を立てた。


 「朝田さんの家に居候してるっていう人、恋人じゃない、妹みたいなの、みたいってことは逆に親族じゃない。一体、誰なんだろーって」


 「ああ……」


 「したらば、このツイートがあり」


 二本目の指が立てられる。


 「うん……」


 「そういえば、朝田さん、あの日早く帰ったなって」


 三本目の指。


 「ああ……」


 「社員名簿見たら、あの日、誕生日だし。あ、個人情報閲覧してすみません」


 四本目の指。


 「う、うん……」


 「極めつけはあのツイート、リメイクの動画が上がる前に上がってるんですよね、リメイクされた後の音なのに。それはもう、歌ってるのはマイカ本人だなって。で、多分、朝田さんと一緒に住んでる人なんだろうなって、なったわけです」


 五本目の指が立てられ、それがまとめてぎゅっと握られた。


 確証はないから、しらばっくれようと思えばできるかもしれないけれど、まあ、十分すぎるくらいには外堀は埋められてる。


 何より、もう彼女のなかでの事実として、私と一緒に住んでいるのはマイカということになってしまっている。


 これは、もうどうあがいても覆しようがない。


 「うん、はい……そうだよ、私の所に居候してるのが、『マイカ』本人」


 これは……一体、どうすればいいのだろう。


 やっぱり会わせろって流れになるのかなあ、かなりでかい情報を握られてしまっているわけだし……。


 というか、あのツイートから他の人もまいのおおまかな住所くらいは調べられたりするの……かなあ。


 ため息をついた私に、由芽さんは不敵な笑顔でにやっと笑いかけた。



 ※



 「というわけで、由芽さんにバレちゃったみたい……」


 「まじっすか……」


 夕食の餃子を作りながら、私がそう白状するとまいは口を開きながら固まった。


 「ごめんね……私のせいで……」


 「いや、ゆかさん悪い要素、微塵もないですよ」


 「いや、私の誕生日にしてくれたことだし、私の知り合いからだし……はあ」


 私がため息をつくと、まいは少し首を傾げてスマホを取り出した。それからするすると片手で器用に操作すると、軽く息を吐いて私を見る。


 「んー、ざっと見たけど、多分大丈夫ですよ。元ツイートの人も大まかな住所すら言ってないし。『震えた指』がリメイク版だって気づいてる人自体少ないですからね、私本人かも周りから見たら怪しいです」


 そう言って、まいはスマホを閉じると、餃子づくりに戻っていく。あれ、なんか落ち着いてるなあ。


 「……まい、思ったより、落ち着いてるね?」


 「えー……まあ、そうですね。どっちかっていうと、ゆかさんって言葉が入ってる方がちょっとまずいのはあるけれど。まあ、そこに注目してる人もいなかったし。多分、ここから私たちの家が特定されて―みたいなことはないですよ」


 「うん……」


 「あと、ゆかさんがめちゃくちゃ動揺してるので、相対的に落ち着いて見えるだけかと」


 まいは澄ました顔でそう言った。……私が動揺してる……うん、確かに動揺はしてるけれど。


 まいにそう言われると、なんか、こう、なあ……。年上としての威厳が……。やっぱり、こういう時、落ち着いてないとダメなのかなあ。でも私のせいみたいなものだし……。


 ぬぬぬ、と唸りながら餃子を包んでいると、餃子の皮がびりっと破れた。あ。


 しぶしぶ薄く具のタネを張ってもう一枚、皮をくっつけて、お肉ハンバーガーみたいにする。畜生、これで何度目だ。動揺が指に出てる。


 対するまいは細く長い指が器用に餃子のひだを生成しては、いい形になった餃子たちをお皿に並べていく。性格上、ちょっと雑なはずなのだけど、いやちょっと雑にやってあのクオリティなのか、うぬぬ。


 「ゆかさん、意外と不器用ですよね。丁寧なんだけれど詰めが甘いというか」


 「うるさい……。まいなんて嫌い……」


 「ゆかさん、それ冗談でも言ったら私の命が潰えるやつですから……」


 口をとがらせながら悪態を漏らすと、まいは力なく笑っていた。私が不貞腐れた気分のまま、まいを見ていると、言葉の通りまいの表情からみるみる活力が消えていく。さっきまでの落ち着いた表情はどこに……。


 「むー……嘘だよ、好きだよ」


 「はい!! 私も大好きです、ゆかさん!!」


 枯れたまいに水を上げると一瞬で元の元気を取り戻した。冗談だなんて始めからわかってたくせに、まあ、でもそんな冗談でも振り回されてくれて、ちょっと気分がましになる。……まあ、でもこの冗談は確かに、言わないほうがいいかな。気軽に相手を傷つけるものじゃないしね。


 私はため息をついた。年上らしくありたいという心と、そうなれない時に幼く拗ねてしまう自分というのが、見事な矛盾を果たして心の中を闊歩してる。本当の大人になれるのはいつのことやら……。


 「こんなもんですか、じゃあ、焼きましょうか」


 「うん」


 二人で手を洗った後、ホットプレートに餃子を並べて焼き始める。ある程度あったまってきたら水を回して蓋をする。結構あっためすぎちゃって、水を入れたとき思ったより蒸気が出たものだから、まいと一緒に慌てて蓋を閉めた。実は餃子パーティーって二人とも初めてなのだ。


 まあ、二人位いないとやる気にならないよね、手間かかるし。


 数分して、出来上がった餃子たちに二人して目を輝かせながら、私達はご飯とみそ汁をよそって食べ始めた。


 うーん、一杯悩むとお腹が減るなあ。ちょっと食べ過ぎそうだけど、まあたまにはいいでしょう。


 二人で熱い熱いと騒ぎながら、餃子を食べた。チーズ入りとか、たっぷりの具のやつとか、私が作ったハンバーガーとかをやいのやいの言いながら食べていく。うん、美味しいね。


 そうして程々にお腹が埋まってきた頃、まいは、はてと首を傾げた。


 「そういえば、ゆかさん。ツイッターの話、バレてそこでおしまいですか? 特にそっから何もなく?」


 まいの言葉に、私はうーんと唸る。


 「あ……そう。なんかまいの公式のツイッター作ろうみたいなことを、由芽さんが言い出してた。もっとプロデュースしようって」


 「あー……」


 「私もそれはありかなあって思ってたから、いいんだけど。ただそこは……もうちょっと、まとまってから話そうと思ってたの。どこまでやってよくて、なにをしたらダメか。ちゃんと運営する上でのルールとか決めとかないといけないし、あ、心配しないでまいの負担にはならないようにするから」


 「なーる……」


 「アイコンとかヘッダーは由芽さんが準備してくれるんだって、でも、どうやって準備するのかな。とりあえず、変なのが来ないようにリプライ機能を禁止して、こっちからのフォローは基本的になし、返信もしない。音楽の報告とすこし、まいの日常みたいなのを文章だけでもツイートしてたら、親近感わくかなあって話してたんだよね。それからーーーー」


 「ゆ、ゆかさん。まとまったらで大丈夫です……」


 「あ、うん、そうだね」


 思わず、ぐるぐる回りかけた口をシャットダウンして、私は意識を食事に戻す。うん、いや、でも美味しいね、餃子。ほんとについ食べ過ぎちゃう。


 余るかなとか思ったけれど、綺麗に食べきって私たちは食事を終えた。


 手を合わせて、二人で洗い物を片づける。ホットプレートだからちょっと手間だけど、二人でやれば意外と早く終わった。


 食後はまいの部屋で二人でゆっくり過ごした。まいの足の間に入って本をパラパラとめくる。まいはそんな私の後ろで、スマホを見ながらなにやら動画を見ている。腕が時折肩に乗ってさわさわと撫でてきていた。最近お決まりのリラックスタイムだ。


 しばらくそうしているうちに、読んでいた小説が一区切りついたので顔を上げる。お互いを探していた主人公二人が、長い捜索の果てにそれぞれ沖縄と北海道に辿り着いたところで、章が終わる。なぜそうなってしまったのか……。というか、これからどうなるんだろう……。


 そう思って本から意識を上げると、さっきまで肩にあったまいの手がない。


 うん? と首を傾げ場所を探った。それから違和感を感じて視線を落とす。


 まいの手があった。ちょうど私のおへそあたりの部分を撫でていた。


 まあ、それはいいや。


 優しく、さするように撫でいた。


 うん別にいいよ、それは。


 ただ、明らかに特定の部位を撫でていた。


 膝を丸めた体勢だから、よりわかりやすくなったものがある。


 最近、私がちょっとだけ気にしているもの。


 たっぷりの餃子が入って、丸くぽっこりと出た部分、ちょうど胃袋があるであろうおなかの部分を。少し、お脂のノリが分かりやすくなった部分を。


 まいは重点的に、慈しむみたいに触っていた。


 「ふふ、ゆかさんと私の共同作業の産物……」


 とりあえず、無言で少し腰を浮かすと、横殴りに頭を振った。


 まいの下あごに当たる部分を振りぬく形で強打する。


 まいはその勢いのまま、私の背後で思いっきり倒れると、私の後ろで動かなくなった。


 いや、これはまいが悪いでしょ。うん。


 「ゆかさん……今日……、なんか怒ってる?」


 「怒ってないよ?」


 「ええ……」


 怒ってはいない。これは本当。


 「ただ、まいにもやもやしてるだけかなー」


 「ええ……。理由は……」


 「別にまいは悪くないから知らなくていいよー」


 「ええ……」


 そ、別にまいは悪くないのだよ。でも知らなくてもいいのだよ。


 むしろ知っちゃだめなのだよ。 


 「よし、おふろは―いろっと」


 「ええ……」


 まいにとっては災難な一日だったかも、ごめんねえ。でも仕方ないのだよ。


 あと、やっぱ久しぶりにダイエットしないとダメかな……。







 ※



 



 「ていうか、それだけでいいの……?」


 「何がですか?」


 「えと……由芽さんはその、ガチ恋? 勢なんだよね? 前、マイカにあってこう告白とか言ってたじゃん? それはいいのかなって……」


 「んー……、して欲しいんですか?」


 「え……うーん、いや、えーと……」


 「朝田さん、一つ誤解を解いておきましょう」


 「え、うん」


 「私、ガチ恋勢なんかじゃ、ないです。方便ですよ、あれ」


 「え」


 「というか、私は推しは見守りたい派なので。私が介入する意味がどこにあるんですか? 推しが幸せなら……それでいいんです!!」


 「う、うん、あれ、じゃあ、あの時言ったのは……なんで?」


 「え? 朝田さんに対する、カマかけですよ?」


 「……は?」


 「同棲相手=マイカ説は前からあったんですよね、朝田さんの熱の入り方からして。時々出てくる、同棲相手さんの話も、正直、ただの居候って感じじゃないし、これは隠してるだけで、同性カップルか……。あるいはマイカとお付き合いしているのかなと思いまして」


 「ーーーーー」


 「カマかけてみよーと思った次第ですよね。反応とか、慌て方次第で推し量れるかなと思いまして」


 「ーーーーー」


 「いやあ、案の定でしたよね。朝田さん、ご自分の慌てっぷり覚えていらっしゃいます? 私がガチ恋なんですーって言ったら、慌てちゃって、でも必死に人の恋は否定しちゃダメ、人の恋は否定しちゃダメって自分に言い聞かせるんですもん。笑い堪えるのに必死でした。でもあれがあったから、今回、すんなりつながりました。朝田さん、の同棲相手はマイカで。で、朝田さんが想いを寄せるのもーーーー」


 「ーーーーストップ、由芽さん」


 「顔真っ赤ですよ? 朝田さん」


 「ーーーお願い今後、まい会うことがあってもそれだけは言わないで」


 「ーーーふふ、はい了解しました。しかし、それはーーーー寄せる想いが一筋縄ではいってないってことですかね?」


 「うう……」


 「いやあ、まさか朝田さんがこんなに可愛い人だとは。これは推す理由が増えましたなあ。あ、ところでまいって言うんですね、マイカって。あ、朝田ゆ『か』と『まい』ですか? もしかして。ふふなかなかいいネーミングーーー」


 「だーーーっ!! 由芽さんほんとにストップーーー!!」



 うん、こんなのまいは知らなくていい。ていうか、知っちゃダメだよ。まったく本当に。


 本当に、今日は振り回された一日だった……。






 今日の幸せポイント:6ー4=2


 累計の幸せポイント:84




 今日のゆかさんポイント:0


 累計のゆかさんポイント:10

 


 今日のゆかのプロデュースポイント:10


 累計のゆかのプロデュースポイント:70

(※100で会社を設立してまいをプロデュースし始める)

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