第18話 女の子が好きなあなたにチーズケーキを買う

 会社で昼休みを取っているときに、思わずため息をついた。


 最近の私は、正直、どうかしている。


 器が狭すぎやしないか。すぐ怒るし、余裕なくなるし。


 まいに触られるたび恥ずかしくなるし、それを怒って誤魔化してるとこもある。


 この前の、まいの気持ちを聞いたときも、正直、最初に湧いてきたのは罪悪感に近いものだった。


 私が能天気にまいをからかっている間に、あの子は一体、どれだけ傷ついてきたのだろう。


 私の言葉にどれだけ期待し、裏切られ、それを自分自身の中に閉じ込めてきたのだろう。


 そして、それでもいい、隣に入れれば幸せだと言って、どれほど笑ってきたのだろうか。


 あの時も、正直、抱きしめるべきではなかったのか。傷ついているはずのあの子を。


 だって、傷ついていないのであれば、あんなに取り乱すこともなかったでしょ。


 彼女はずっと、私と過ごすことで傷つき続けてきたのだ、笑いながら。


 なじられるべきは私だというのに。


 なのに、何故、あの時、私は怒って……すねて……。いや、なんかまいがあんまりに軽く言うものだから、なんというか、こう謝るに謝れなくて。あと、なんか私に微塵も気がないってまいが決めつけてるのとか、いや、私がそう言ったんだからあたりまえなんだけど。もうなんというか、はあ。


 とりあえず、器が狭すぎる。


 今度、帰ったらちゃんとまいのことを労わろう……。優しくしよう……。


 「朝田さーん、どうしたんですか? ため息ついて」


 隣でお弁当を食べていた由芽さんが不思議そうな顔でこっちを覗いてくる。


 「自分の器の狭さに辟易してただけ……」


 「クールさとスルー能力に定評のある朝田さんが器が狭い……? ご冗談を」


 由芽さんは眉を八の字に曲げながらいぶかしげな表情をする。


 「どういう評価、それ」


 「言った通り、まんまです。部長の嫌みも、マネージャーの愚痴も最低限の事務的リアクションで受け流すんですもん。割とみんな朝田さんのそういうとこ敬意持ってますよ」


 「ん……んー、ありがと?」


 それは果たして本当に美点なのか。反応が薄いだけじゃないのかな。部長の嫌みもマネージャーの愚痴もまあ、話半分に程々に聞き流しているだけだし。


 「で、具体的には何があったんですか? また同居人のことですか?」


 由芽さんは話題を切り替えて、ちょっと楽しそうな表情でこっちに向き直る。最近、どうも同居人のまい(マイカだとはふせている)の話題が出るたびにこうやって、期待した表情で私を見るようになっている。なんか、いい娯楽にされているような。


 「うん、まあそうなんだけど……。今回は私の方から怒っちゃって、でも実のところ、私の方が悪いしなあ、みたいな」


 「あー…………。怒った手前、謝りづらいやつ……。自覚できてるのがえらいですけどねえ」


 「かなあ。どうしよ」


 由芽さんは少し難しそうな顔で、顎に手を当てて考え込む。


 「相手の好物買っていって謝るとか」


 「……物で釣ろうとしてない?」


 「いや、でもね。人間、喜んでる時は無下に怒れないものですよ」


 「そーいうもんかな」


 チーズケーキでも買っていこうか。それか新しい録音セットでも……うーん。あとは、服とか。……これは私が着せたいだけだな。


 「お悩みですねえ。よっぽど、その同居人のこと大事なんですね」


 「大事だよー、だからこそ困るんだけど」


 早く、仲直りしないとなあ。


 あと、もうちょっと大人になりたい。


 自分の気持ちを怒ったり、拗ねたりして誤魔化さない程度には。


 「そういえば朝田さん、ツイッターかインスタやってます? マイカについて語る仲間をネットで探しましょーよ」


 「その肝心のマイカがどっちもやってないからなあ……。私もやってない」


 「えー、プライベートでも語りたいのに…」


 「由芽さんは気を抜くとすぐ話題がそっちに行くね……」





 ※




 とりあえず、帰り道で美味しそうなケーキ屋さんを見つけて、チーズケーキを買った。服は……やっぱり今度にしよう。一緒にお出かけして合うかどうかみたいし。そういえば、最近、まいとお出かけしてない気がするなあ。就活の時にスーツに買いに行って以来かな。一緒に住む前はよくまいのことを誘って買い物に行ったのだけれど。


 久しぶりに行きたいなあ。まいの服を見たいし、あと必要なもの聞いて、どっかカフェとか行って、美味しいもの食べてーーー。


 ぼーっとしながら、雨に降られながら、そんなことを思う。


 今年の梅雨はえらく長く、早い。最近の梅雨って言ったら七月に入ってから降るくらいの印象があったのだけれど。今年は順当に六月に降っている。


 でも、そうか、もう夏か。


 お盆とか、まいとお出かけしようか。それか、私の実家に一緒に帰るか。あ、でもまいも実家に帰るのかな。でも実家、帰れないから、私のとこ来たんだよねーーー。


 思考が曖昧に流れていく。


 雨に流されていく。


 電車に乗って、家を目指す。


 電車乗るって言っても隣の駅なんだけどね。


 10分もかからず、電車を降りてチーズケーキを揺らしながら、改札を抜ける。


 また傘をさす。


 雨に揺られながら、傘を回しながら。


 まい、帰ってるかな。

 



 ※




 「ただいま」


 そう告げると、キッチンにいたまいが、こちらを向いた。


 「あ、おかえり、ゆかさん。今日は牛肉安かったんでハヤシライスです。ゆかさん、好きですよね?」


 「うん、ありがと。チーズケーキ買ってきたから、後で食べよ?」


 「え、やた。では、ちゃちゃっと準備しましょ。もう、出来ますよ」


 「そっか、じゃあ、私もすぐ準備するよ」


 そう言って、チーズケーキだけ冷蔵庫に入れてから、自室に入る。カバンを置いて、スーツを脱いだら部屋着に着替える。めんどくさいから、ワンピースでいっか。


 早々に着替えを終えて、キッチンに戻ると、まいがもうハヤシライスを取り分けてくれていた。ハヤシライスはお皿に小山くらいに添えられていた。わあ、もりもり。


 「大盛りーだねー」


 「想定より、いっぱいできちゃいました……」


 「チーズケーキ入るかな……。いただきまーす」


 「いやあ、なんだかんだ入ると見ましたね」


 「それはそれで、ふとりそー」


 はははと笑い合って手を合わせる。まあ、まいが太る分にはいいのかな。私がこれ以上太ると、ちょっとムチムチの領域に入ってしまうから、気を付けないといけないけれど……。運動もしてるし、大丈夫……だよね?


 まあ、それはそれとして美味しいから全部、食べてしまうのですけれど。


 食事を終えて、さすがに少し張ったお腹を抑えていると、まいが意気揚々とハーブティーとチーズケーキを準備している。


 最近、わかったのだけれど、食べていなかったわりにまいは結構、大食らいだ。その割には太らないのは……なんだろ。そういう体質なのかな。


 「じゃ、いただきましょ、ゆかさん」


 「うん」


 まあ、それはそれとして出されれば食べてしまうのだけれど。


 フォークを差して、チーズケーキの甘さと酸っぱさを味わう。


 ハーブティーの苦さがそれを流していく。


 また、甘く、酸っぱく。


 繰り返す。


 目の前で、まいがそれを幸せそうに堪能する。


 それを見てると、私もどことなく幸せになる。


 単純、だなあ。我ながら。


 あの日、橋の下で、私のために歌ってくれたこの子が。


 震えながら、私に勇気をくれたこの子が。


 ずっと、私を想い続けてくれているこの子が。


 幸せそうな顔をしている。


 色々と悩んだり、恥ずかしがったりしたけれど、じゃあ、いっかなって思える。


 それを見てるだけで、私もきっと幸せだから。


 うん。


 言うかな。


 「まい、ごめんね」


 「ん? 何がですか?」


 「ううん、私がさ思わせぶりな態度取るたびに、傷ついてたんだなって、この前まいが泣いたときに思い知っちゃって」


 「あーーー……」


 「それでさ、どうしたらいいかわかんなくて、昨日は怒っちゃった。ごめんね」


 「ははは、まあ、私が勝手に期待して傷ついてるだけなので、気にしないのがベターかと。ま、気にしちゃうのが、ゆかさんなんですけどねえ」


 「そーだよ、気にするの私は」


 「うーん、どうするのがいいですかね。期待しちゃうから、ハグ禁止?」


 「えー、それはやだなあ」


 「……なんか最近、ゆかさんハグ好きですよね?」


 「うん、安心するから。よく考えたら、私、人とハグすることなんてほとんどなかったんだ」


 「へへ、そうですか。でも、じゃあ、どうしましょっか?」


 「どーしよっかなあ。じゃあ、私が思わせぶりな態度とったら、まいポイントためていいよ?」


 「それ、私無茶苦茶貯めちゃいますよ?」


 「大丈夫、まいならそんな無茶しない。それにおかしいなって思ったら、私言うし。まいも私も無茶言ってたら、言っていいからね」


 「はーい、ところで、この前のセクハラポイント10は……」


 「かわりませーん」


 「ですよねー」


 まいはふうと笑顔のままため息をついた。どことなく幸せそうな顔で。


 それで会話がいったん終わる。話題が、切り替わる。


 「ところで、ゆかさん。そろそろ誕生日ですよね。何が欲しいです?」


 「ん? まいがくれるなら、なんでもいーよ」


 「いちばんこまるやつー」


 まいは、ちょっと悩んだ顔で苦笑い。かわいい。それから、まいはむんむんと唸っていた。ふふ。


 それから、ちょっと意地悪を、思わせぶりを思いついたので実行してみる。まいはこれにどうするかな?


 「そういえば、まい、お盆、どこ行きたい?」


 今のままだと、そこまで私たちの生活が続いている保証はないけれど。


 こっそりと、意図を秘めた。変化の兆しを。まいは気づくかな?


 「ん? どこがいいですかね。思いつかないや」


 「ーーー考えといてね?」


 そう言って笑う。まいはちょっとだけ寂しそうな顔。


 ごめんね、まだ答えはあげられないから。


 もう少し、もう少し。


 もう少しだけ、待っててね?


 「ゆかさん、ゆかさん」


 「なに?」


 「まいポイント1つけていいですか?」


 「うん、いいよ」


 それは、意図がばれたから? それとも何かの記念?


 微笑んでも、まいは答えを返してくれないけれど。


 幸せそうに笑ってた。


 ごめんね、まだだよ。だから、もうちょっと。


 待っててね? お願いだから。





 ※






 今日の ーーーーポイント:0


 累計の ーーーーポイント:69



 今日のまいポイント:1


 累計のまいポイント:1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る