第16話 別にそうでもないはずのあなたとー②
「ゆかさん、お風呂一緒にはいりません?」
食事の終わりにそう告げると、ゆかさんは最初きょとんと首を傾げたけれど、やがて優しく笑うと。
「いいよ」
と、そう返した。
最初に入った時は、ポイントを使って一緒に入ったんだっけ。別に、ポイント使わなくても入れたんじゃん。
いや、それとも入ってよく『なった』のかな。
食事の後片付けを終えて、一緒に脱衣所で服を脱いだ。
前はどうしてたっけ、私が先に入って、待っていたのか。
なんか、着替えを直視できる気がしなかったのだ。
今もそれは変わらないけれど、前ほどドキドキしていない気がする。
何かがそれを感じるのを邪魔している。
背後で衣擦れの音がする。
ゆかさんが服を脱いでいる。
かちりと、ブラのホックを外す音がする。
私はそっちを向かないまま、断りを入れて先に風呂場に入った。
ドキドキしてる。
えっちな気分にもなる。
でも、どことなく気分が晴れないのはなんでなのだろう。
ゆかさんが入ってくる前に、身体をかけ湯で流して、お風呂に浸かった。
遅れて、ゆかさんが入ってくる。そっちの方は向かなかった。向く気になれなかった。
前も、そういえばこうだったっけ?
前とはそちらを向かない理由が違うけれど。
程なくして、ゆかさんの身体が視界に映る。その足が、腰が、胸が、肩が、ゆかさんが。
私の前で、ゆっくりとお湯につかっていく。
私はその様をじっと見ていた。
お湯が溢れて、流れていく。
ざあっというその音をただじっと聞く。
ドキドキする。興奮する。顔が赤く染まっていくのが分かる。
でもどことなく、胸の奥が痛かった。
なんで、だろうな。
「まい」
「なんですか、ゆかさん」
「今日、お仕事どうだった?」
「いつもどーりですよ、特に支障なく」
会話は程なくして終わる。続かない。なんとなく、続けられない。
ゆかさんもちょっと居心地わるそうだ。
どうすればいいだろう。あえて、ふざけて胸でも触ってみようか。
それは嫌がるでしょ。という心の声があった。
まあ、そうだね。そりゃそうだ。
でも。
でも、もし。
もし、本当に、そういう意図で触ったら?
本当に心から求めて触ったら?
ゆかさんは応えてくれるかな?
それとも、やっぱりダメだよって拒絶、してくれるのかな?
胸の痛みが強くなる。
私たち二人は小さな湯舟で膝を抱えてただじっとお互いを見ていた。
手を少し、前に出した。
どこを触ればいいのかな。何をすれば確かめられるのかな。
ゆかさんの気持ち。私の気持ち。
私はどうしたいのかな。どうすればいいのかな。
ゆかさんの手が、私の手に触れた。
「え?」
「あれ? ちがった?」
ゆかさんの指が私の指の隙間に入って、恋人つなぎのように絡み合わせられる。
その指は私の感触を楽しむみたいにさわさわと指の隙間を撫でている。
「なーんか、寂しそうだったから。手、繋ぎたいのかなって」
「……」
「やっぱり声にしないと伝わんないねー」
そう言ってゆかさんは楽しげに笑う。指は相変わらず私の指の隙間を撫で続けていて、指の付け根の骨を確かめるみたいにかりかり掻いてくる。
「ちなみに、私は今、まいのゆびって細くて長いなーって思ってるよ」
「……」
「まいは、何考えてるの?」
「…………」
何、考えてるんだろう。何、想ってるんだろう。
私は、一体、何を。
「答えらんない?」
「……はい」
「ん、それじゃーしかたないね」
「……」
ゆかさんを見た。
「ハグしてあげようか?」
ゆかさんは手を広げた。ハグって……。
「裸……ですよ。お互い」
「うん、でも、まい寂しそうだったから」
「……」
寂しそう、なのかな。私、寂しい、のかな。
それに、裸のあなたにそんなに触れて、いいんですか?
私は、そんな。
「おいで、まい」
ゆかさんの声がする。
誘われるまま。
前のめりになって、湯舟にもたれているゆかさんに向かってしなだれかかった。
触れる。
肩が。
胸が。
おなかが。
足が。
頭を抱きとめられる。
ゆかさんの少し濡れた髪の感触がする。
横を振り向けばすぐそこにゆかさんの顔がある。
熱い。
触れる場所がすべて熱い。
お湯につかっているはずなのに、それ以上に熱い。
全身が触れるから、全身が熱い。
触れている。
裸の、この人に。
ゆかさんに。
胸の奥が少し痛くなった。
「どしたの? まい」
頭をなでられる。
濡れた指が私の髪を掻き分けていく。
「わかんない、です。でも、ちょっと、怖いです」
口から、一つ言葉が零れた。
「怖いの?」
ゆかさんは少し、驚いたような声で問い返す。
私は黙って頷いた。
触れる指が熱い。ゆかさんの鎖骨に触れるそれを私はじっと見ていた。
頭の中はぐちゃぐちゃのまんま、答えはずっと出ないまんま。それを探すみたいに。
でも、そっか、怖いんだ、私。
指が震えてる。
触れる場所すべてが熱いのに。身体の奥が震えてる。
喉が震えてる。
眼が震えてる。
泣きそうになってる。
怖かったんだ、私。
自覚した瞬間に、涙がこぼれた。
ぎゅっとゆかさんの肩をつかんだ。
身体をじっとくっつけた。
「怖い、です」
「……何が?」
「変わってくのが、怖いです」
「変わる……?」
ゆかさんが私の頭を抱きかかえながら、首を傾げる。
「変、なん、です。最近、ゆかさんから、スキンシップしてくれて、ハグしてくれて、嬉しいのに。なんでだろ、変なんです。怖いんです。どうしようってなるんです。わかんない、わかんないけど。私、私どうしたらって」
ゆかさんの指が少し、強く私の頭をなぞった。
言葉が口から漏れていく、溢れていく、零れていく。
止まらない、いつの間にか、抑えていた栓が壊れたみたいに。
「怖いんです」
「ずっと、私ばっか求めてたから」
「ゆかさんに甘えってばっかりだったから」
「ゆかさん、最近、変わってきて、ます、よね?」
「ちょっとずつゆかさんの何かが変わってきてるんです、よね?」
「私、私、きっと応えられない。だから怖くて」
「ずっと、ずっとね諦めてたんです」
「ずっとね、もう無理だって思ってたんです」
「だから、いつか追い出されるって、ずっと思ってて」
「仕方ないって、噛み合わなかったんだから、仕方ないって」
「そう思ってたら、楽で。楽だったんです」
「応えなくていいから、いつか、愛想つかされるのをずっとずっと待っていればよくて」
「嫌だけど、先が分かってるから、安心できて」
「だから、夢みたいなこの時間は本当に夢みたいなものだから、ずっと、ずっといつか終わるって、そう思ってればよくて」
「心のどこかで諦めてたんです」
「そうすれば、私、変わんなくていいから」
「ずっと、ずっと、このままでいいって、今だけ楽しんでいればいいって、でも一緒にいたくて。でも傷つけたくなくて。あれ? そんなこと? なんで?」
こころが、ぐちゃぐちゃになっていく。
こわい。ふあんだ。つらい。くるしい。
なにをいってるの。なにをすればいいの。
どうして、こんなにふあんなの。
わたしは? どうすれば?
なにを、いったい。
「まい」
ゆかさんが私の手を取った。
「え?」
それから。
手を。
引っ張って。
あてた。
胸に。
ゆかさんの。
胸に。
胸に?
胸だね、これ。
やわらけー。
あと、ちょっとちくび触れちゃってるよ、ゆかさん。えろーい。
「What……?」
「落ち着いた?」
顔を赤らめながら、ゆかさんがこっちを見ていた。
あー……えっと、……これは……うん。
「落ち着きました……」
力技過ぎませんか、ゆかさん。
そして、その力技にまんまとはまる私よ。
思わず額に手を当てて、反省する。
「じゃ、まい落ち着いたらはなして」
「はーい、えっと……なんで不安だったかは……」
「……胸を、
「あ、はい」
それからはお互い無言で、身体と髪を洗って、お風呂を出たのでした。
はい。
ところで、自分から胸に手を誘導するのってえろすぎませんこと?
あれ、そういや私、なんで泣いてたんだっけ?
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