第14話 女の子が好きなあなたを独り想う

 ぐいと背を伸ばした。


 今日はまいが土曜日だけど、出勤の日だ。


 急にシフトに穴が開いたとかで仕事にでなければならなくなったらしい。


 対して私はいつも通りの休日。


 久しぶりにまいがいない、独りの休日だった。


 朝、まいを見送って、弁当を渡して、いってらっしゃいのハグをして。


 独りになって、ぼーっとする。


 さあ、何をしようか。


 そもそも私は独りの休日って何をしてすごしていたっけ?


 気づけば、まいとの生活もう二か月になっている。


 小さなころ、誕生日が二か月先と聞けば随分と遠くに感じたものだけれど、今じゃあ、割とすぐ過ぎ去ってしまうものに思える。年のせいってやつだね。


 でも、この二か月は随分と長かったような気がする。


 今までにないことがたくさん起きたからだろうか。


 知らなかったことをたくさん知ったからだろうか。


 そもそも、まいと出会ってからまだ一年もたっていない。


 なのに、まいと出会う前の自分が随分と遠い昔のように思える。


 私はまいと出会う前まで、どんな人間だったけ。何を思って過ごしていたんだっけ。


 浮かび上がる問いに答えはうまく返せない。


 でも、不思議と寂しくないのは。


 今の生活が楽しいからかな。


 とりあえず、掃除と洗濯、と思って椅子から腰を上げる。


 洗濯物を洗濯機に放り込んで、掃除機でほこりを吸い取っていく。


 独り、静かな部屋の中、私たちのために機械がせっせと仕事をしてくれる。


 自分の部屋を一通りしたら、キッチンと食卓を。それが終わったら、まいの部屋。


 独りで住むには少し大きい2DK。部屋が大きい方が心に余裕ができると思って借りたけど、少し持て余して本棚とテレビの部屋が増えただけだった。朝日が目覚めに程よい東向きの部屋。今ではそこに、まいが布団を敷いて、ギターを鳴らして、住んでいる。


 二か月前とは全く違った部屋を、掃除機をつかって綺麗にしていく。


 部屋の隅に脱ぎ置かれたまいの下着と服を軽く折りたたむ。これも、あとで洗濯しよう。


 布団を整えて、端っこのほこりを吸っていく。


 まいは所持品がギター・ノートパソコン・量の少ない服くらいしかなかったから、小さな部屋もまだまだ余裕がある。タンスを買い与えるべきかもしれないけれど、それほどの量もないのかな。小さなかごくらいあれば便利かな。


 そんなことを思案しながら、空を見た。灰色を空が覆っていて、そろそろ降り出すかもしれない。


 洗濯物は残念ながら、部屋干しかな。布団も干したかったのだけれど。


 しかし、もう六月だ。梅雨になろうとしている。


 今年は梅雨入りが遅いって言っていたけれど、どうだろうね。とりあえず、今日は降るのかな。


 まいがうちに来た日も雨が降っていたっけ?


 まいが泣きべそをかきながら、私の部屋の戸を叩いたのは四月の中頃。


 あんまりにスキンシップが激しいから、セクハラポイントを換算しだしたのが、その一週間後くらい。


 気づけば、随分と遠くまで来たような気がした。


 私の26年の人生でまいと過ごしたのはたったの一年。一緒に暮らしたのはたったの二か月。


 それぞれ大体、4パーセントと0・6パーセント。比率で言えば、酷く微々たるその時間が。


 私に何かをもたらしている。


 変化を。


 気付きを。


 洗濯機が仕事を終える音がする。


 まいの部屋でじっと振り出した雨を見ていた。


 気付けばそれだけの時間を過ごしていたみたいだ。


 私はゆっくりと腰を上げた。





 ※





 そろそろ自覚しなきゃな。



 


 ※





 傘を差して、買い物に向かう。


 雨の中を独り歩いていく。


 買いに行かなきゃいけないもの。


 衣料用洗剤、シャンプーとリンス、あと、まい用の化粧水。それから、百円ショップで小さめの収納器具。彼女の少ない服が入るようなもの。


 どれも、今日、急いで買いに行くものではないけれど、なんとなく歩きたい気分だったから、歩く。


 指の中で傘をくるっと回す。これも、よく親に怒られた癖だった。水が跳んで濡れるからって、よく言われたっけ。


 今は独りだから、そんなことを言う人はいない。


 昔から、考え事をするときは手の中で何かを回す癖があった。そっちの方が自分の心がよくわかる。


 おかげでペン回しは多分、クラスの誰よりもうまかったと思う。


 あまり意味のない、くだらない話だ。知ったって、何にもなりはしない。


 でもいつか、まいには話そうとなんとなく思った。


 あ、でも、まいが隣にいるときは、傘を回すのは控えないと、ね。


 彼女に水が跳んで濡れてしまうから。





 ※





 まいが他の人のことを触ってるかもって思うと、嫌だった。


 自分以外にあんな触れ方をしてるかと思うと、嫌だった。





 ※




 

 薬局に行って、必要なものをもろもろ詰めていく。まいの髪はそんなに長くないけれど、とても綺麗だ。どうすれば、あの髪をもっと綺麗にできるかな。オイルとか塗ってあげる? 


 私は手に持ったいつもより少し高めのシャンプーとリンスをもって唸っていた。





 ※





 ハグを求められると、どことなく嬉しい自分がいる。


 恥ずかしいのは嫌だけれど、触れたいと思ってもらえることは悪い気がしない。





 ※





 百円ショップについて、収納器具は程なくして見つかった。でも、つい、あれもいるかなーなんて目移りしてしまう。いかんいかん、百円ショップでの悪い癖だ。


 私は首を振って雑念を振り払い、収納器具を一つだけ買った。





 ※




 

 昔、告白された時は自然と自分はそうじゃない、と返していた。


 女のが好きなんて思いもよらなかったし、あの時の私は、それが当然の結論だった。





 ※





 エコバッグを揺らしながら、帰る。


 雨の中を独り。


 傘を、回しながら。





 ※





 心が少しずつ形を変えている。硬かった粘土をゆっくりともみほぐすみたいに。


 まいに触れられれば触れられるほど、形を変えていく。





 ※






 家に帰りついた。靴の中が湿っている。乾くように、靴用のハンガーにひっかけて上からつるしておく。





 ※




 

 それはゆっくりと、でも、確かに起きているんだ。


 でも、焦っちゃダメだよ。無理に変わろうなんて、焦っちゃダメ。


 変化は確かに起こっているのだから、ゆっくりとその様を楽しんで。




 ※




 買ってきたものを並べて、収納器具の封を開ける。


 それからまいの少しの服を詰めていく。あ、そうだ。今度、まいの夏物の服、買わなきゃ。





 ※





 あの子の帰りが待ち遠しい。


 独りの時間も嫌いじゃないけど、うん、だからこそ、今は早く帰ってきて欲しい。





 ※





 食卓で玄関を眺めながら、ココアをすする。うん、甘い。


 そろそろ帰ってくる時間かな。





 ※





 でも、もう少しの間、この想いは秘密にしておこう。


 ちゃんと、名前がつく、それまでの間は。


 この想いは私しか、知らないままで。





 ※





 「ただいまー、ゆかさん」


 「おかえり! まい!!」


 傘を閉じて、靴を脱いだまいに抱き着いた。


 まいは最初呆けて、驚いた後、バランスを崩して「わったった」「あはは」私と一緒に倒れ込んだ。ちょっと押し倒されたみたいな形になる。


 「あはは、大丈夫? まい」


 「どしたの、ゆかさん。お休みでテンションあがってる?」


 「うん、雨って好きだから」


 「そーなの、初めて知りました」


 私の上でまいが少し雨に濡れたまま、そう言って笑った。私も笑ってる。


 「ところで、まい、----ポイント2ね」


 「まかり間違って、ゆかさんポイントとかまいポイントだったりしません?」


 「累計----56!!」


 「ですよねー、でも不可抗力ですよ。ゆかさーん」


 「もんどーむよー!!」


 笑う私にまいは苦笑いで。


 「ほら、抱き起して?」


 「はいはい、わがままなお嬢さんですこと。……ゆかさん、本当に今日、楽しそうだね?」


 「うん、楽しいよ? まいがいるから!」


 そう言って笑うと、彼女は顔を赤く染めて。


 それを見ると、私も笑顔がほころんでしまうのです。





 ※





 ねえ、まい。この気持ちはなんていうの?





 ※





 答えはもう少し、後でいい。


 だから、せめて今はこの時を楽しんで。





 ※






 今日の ――――ポイント:2


 累計の ――――ポイント:56

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