第13話 別にそうでもないあなたにアッパーカットをもらうー②

 ※



 何故だか最後は、自分で言っていて悲しくなってきた。しかし語れば語るほど、素敵だなゆかさん。いやあ、人に語ると改めて、愛を確認できるね。うん、私、ゆかさん大好き。むしろあれで好きにならないわけがないというか、そりゃそうでしょみたいな。いや、だからこそゆかさんの魅力を人に話していいのかは悩んでしまう。取られるのではないか……いや、うーむ……。


 まあ、それはそれとして。


 「どーだ、聞くも涙、語るも涙だったでしょ」


 「まー、普通にいい話だったね」


 「ふっふっふ、ゆかさんに惚れちゃダメですよ?」


 「人の女に惚れんわ、私は」


 「……私の女だったらよかったんですけどねえ」


 「あ……、なんかごめん」


 そんなふうに、お姉さんとお話しているころ。


 『あー、ところで、夕山さん?』


 店長から通信が入った。それから。





 『インカムずっとオンになってたからね?』




 そんなことを言われた。…………はい?


 「え…………?」


 『うん』


 「今の話、全部っすか……?」


 『うん、店員全員に聞こえてるから』


 「Oh…………」


 絶句する。公開処刑もいいところでは……?


 『というわけで、あー、店長から全体へ』


 『はい』『あい』『なんですか』『はーい』


 先輩店員たちがそれぞれ反応する。


 『夕山さんと同棲彼女仲直り計画を発令するので、各自意見を出して今日の上りまでにまとめといて』


 『『『『イエッサー!!!』』』』


 いや、イエッサーじゃないが、何してんのこの書店。


 呆ける私を置いて、急にインカム内のやり取りが活発になる。


 『とりあえず、謝るか』『理由ちゃんと言わないと、この手のはダメだよー』『夕山さんそれくらいわかってるでしょ』『いや、その時の相手の気持ちもちゃんと読み取らないと』『でも推し量り間違えたら?』『正直に行くしかなくない? わからないなら、わからないで誠意だけ示して』『プレゼントに頼るのは?』『古典的』『人によっては逆に切れる』『デートに誘う』『手紙書く』『料理を作る』『歌にして歌う』『引くから、それ』『いや、今の回想的にいけるくない?』『あー、事例が特殊だからなあ』『時間経過でほとぼりを覚ます』『それだけはやめとけ』『後で絶対ぶり返す』『ちなみに店長は?』『もっかい、セクハラする。今度は優しく』『ダメだこいつ』『誰だよこいつ店長にしたの』『そういえば、この前セクハラ物のAV社割で借りてた』『つけてるから!! 現実と幻想の区別はつけてるから!!』『えー…………?』『やはり、ダメでは』『私らが許しても、SNSが許すかな』『あげる気か!? ツイッターに!? インスタに?! 燃える?!』『いや、うちの家族ラインに上げときます』『それはそれでやばいから!!』


 『『『『とりあえず、素直に謝ろう』』』』


 で、出た結論がそれかい。


 三人寄れば文殊の知恵とか昔の人は言ってなかったか。多すぎると逆に妙案も出てこないのか。


 しかし、ほんと、何してんのこの書店。


 「何してんのこの書店」


 私が知りたいよ、おねーさん。


 ため息をついて、私たちは二人で笑ってた。


 ちなみに店長はその後しばらく、女性店員から避けられて泣いてた。


 あはれ。



 ※



 とまあ、そんだけ文句を言った、素直に謝るという手法だが。

 

 「ゆかさん、今日の朝は本当にすいませんでした」


 まあ、他に方法もないので実行するのですけど。


 「本当に調子乗ってました。ゆかさんがちょっと許してくれたら、その気になって本当にすいませんでした」


 床に座ったまま深々と頭を下げる、対するゆかさん椅子に座って、相変わらずどこか冷めた目線で私のことを見ていた。


 頭を下げつつ、ちらっとゆかさんを窺う。ご機嫌、治るかなあ。


 「……ゆかさんポイント10ね」


 「はい」


 お怒りの言葉が降ってくる。


 「だから、今日、マッサージ」


 「……はい」


 「今日、変なところを朝みたいな触り方したら本当に怒るから」


 「はい、誓ってしません、はい」


 粛々と言葉に従い、私はゆかさんの部屋でベッドに寝転がるゆかさんにマッサージを施す。相変わらずゆかさんの身体は柔らかいけれど、それをやらしい意味で堪能することはできない。というか、さすがそんな気分になれない。


 粛々と、黙々と、されど労りと優しさをもって、ゆかさんの身体をもみほぐす。


 無言。


 時々、ゆかさんが怒ったみたいにふん、と鼻を鳴らした。かわいい。いや言ってる場合じゃない。


 腰回りと肩を重点的にほぐす。でも怒ってるから、あんまりほぐれないというか、力が入っちゃってる感じがする。


 「ゆかさん……肩、力はいってるよ」


 「……怒ってるからね」


 「ほぐれない……よ?」


 「ほぐして、それが今日のまいの役割なんだから」


 「はあい」


 言われるがまま、どうにか肩の力を抜かせようとあれやこれやしてみる。伸ばしたり動かしたり、でもどことなく反発があるというか、やっぱ力が抜けきらない。うーん。


 「ゆかさん」


 「何?」


 「今日、やっぱり、嫌だった?」


 だから聞くことにした。素直に、できるだけ、正直に。なあなあが一番、よくないから。


 「うん」


 「やっぱ、胸は私なんかに触られるの……いや?」


 うんと応えられたら、ショックだなこの質問……。


 「……なんか、触り方が軽かった」


 「……うん」


 違ったみたいだ。うん、よかった。


 「まいはえっちな時でもなんだかんだ、やさしいのに今回は、本当になんか触りたいから触ったーみたいな感じがした」


 「ごめんなさい……」


 少し、ゆかさんの声のトーンが落ちた。


 「あと、そんな感じで触り慣れてるのかなって、やり慣れてる感じがして、嫌だった」


 「え……そんなことは……」


 声のトーンがさらに下がる。ふつふつと怒りが湧く音が聞こえてくる気がする。


 「昔の彼女さんにしてたんでしょ?」


 「う、うん、まあ、そういうこともあった……かな」


 うーむデリケートな話題。


 「普段も誰かにしてるの?」


 「いや、あれ外でやったら私、普通に捕まるからゆかさん」


 「ふーん……」


 あ、これ墓穴かな。と思ったときにはすでに遅く。


 少しの、間。


 それから、ゆかさんはふうと息を吐くと、急に声の調子を変えてきた。


 「まいちゃんは、ゆかさんとちがって大人ですねー経験豊富ですねー、いいですねー」


 すねたような、ちょっと茶化したような、そんな声。


 「うーん……、今、触りたいのはゆかさんだけだよ?」


 「わたしはー、べつにー、さわられたくないですしー、ハグもーべつにいいですしー……っ」


 ゆかさんの背中がちょっと震えてる。ん?


 「もー、ごめんって、ゆかさん……ゆかさん……?」


 ……これは。


 「まいがーそとでー、セクハラでー捕まんないかー、心配してあげたー、だけですしー……っぷ」


 こらえきれず、ゆかさんが吹き出した。あー……。


 「……ゆかさん、笑ってるでしょ」


 「っぷっはっはははは」


 顔は見えないけれど、ゆかさんは枕に顔をうずめて、足をじたばたさせて笑っていた。やれやれ、どこでその変化があったのですか。


 「もう、どういうご機嫌ですか? ゆかさん」


 「ごめん、ちょっとまいが困った顔するのが楽しくて……はは」


 「もう……」


 ため息をついた。まあ、でも、もう怒ってはないみたいだ。言い切って、ちょっと怒りがマシになったのかな。


 「あ、でも今日、触り方が優しくなかったのは本当だぞう。触るなら優しくしなさい」


 ゆかさんが振り向いて、笑いすぎで涙に滲んだ眼でそう私に言う。


 「はーい、触っていいの?」


 「だめー」


 にこやかな、意地悪気な笑みでゆかさんはそういった。私も笑いながら、ため息をつく。


 「なんだそりゃ」


 マッサージをしてたら、ゆかさんはいつの間にかそうやって笑ってて、一体、どこで機嫌が直ったのやら。


 ゆかさん心と山の天気は変わりやすいのです。まったく困ったもので。


 ゆっくりと、力の抜け始めた肩を私はほぐしていった。


 「よかった、まいが他の人にセクハラしてなくて」


 「なにそれ、ゆかさん。ところで、後でハグしていい? なんか安心しちゃった」


 「いーよ、特別に許してあげよう」


 何はともあれ、無事に仲直りできました。よかった。よかった。



 ※



 今日のセクハラポイント:6


 累計のセクハラポイント:54



 今日のゆかさんポイント:10


 累計のゆかさんポイント:10⇒0

 (※マッサージで10消費)

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