第11話 女の子が好きなあなたが想いを確かめる

 まいが諸々の調整の後、数日して新曲を発表した。


 暗いから、あんまり伸びないと思う……というまいの予想に反して、新曲は順調に再生数を稼いでいる。


 ある程度、固定のファンがついてきたからね、それくらいじゃあ揺るがなくなっているのだ。


 まいの歌が確実に、どこかの誰かの心を動かしている。


 どことなく誇らしい気持ちになりながら、その日、私は意気揚々と会社に向かった。


 「……新曲、出ましたね。朝田さん……」


 「感想は……なんか聞かなくてもわかるね……」


 「暗い曲は正直、苦手な私ですが、今回はまいフェイバリットダークソングの称号を与えざる負えません」


 「ごめん、ちょっとテンションがわかんない」


 「最高でした……」


 「おっけー……」


 朝礼の前に由芽さんは私にそう告げると、額を押さえながらふらふらと自分のデスクに歩いて行った。明らかに寝不足で、アップされてから、相当ヘビロテしたと見える。気持ちはわかるけどね、私も昔よくやったし。


 ちなみに、そんなまいではあるが、多分、今頃バイト先で頭を抱えてる。


 新曲を発表すると、いつも反応が気が気じゃなくなってしまうのだ。事実、私に新曲を聞かせた日から明らかに頭を抱えてうんうんと言っている時間が長い。


 きっと、今日もスマホで再生数の伸びをチェックしては一喜一憂しているのだろう。


 そんな様を想うと、おかしくて愛しくて、なんだか気分がいいので、今日は帰りにチーズケーキを買っていってあげようと、そんなことを思っていた。


 ちなみに昼休みはがっつり由芽さんに捕まって、新曲について語られたのだった。



 ※



 「ゆかさん、私、ポイントの使い方、決まりました!!」


 チーズケーキを片手に帰り着くと、先に帰っていたまいが神妙な面持ちで、私の前で正座しだした。


 「……20つかっても、えっちはダメだよ?」


 「くぅ……いえ、それはなんとなくわかってます」


 ふむ、と私はうなる。えっち以外でまいがそんなに真剣になること、なんだろ。また口にキスかな。あれはちょっと、私も恥ずかしいのだけれど。


 「とりあえず、着替えてきていい? スーツのまんまだし」


 「はい!! どうぞ、待ってます!!」


 まいは大昔の家来みたいに正座のまますっと道を開けると、頭を垂れた。なんだろ……本当に変だね。


 私は首を傾げたまま、自分の部屋に戻りスーツやタイツを脱ぐ。それから部屋着の大きめのパーカーを着てまいの所に戻る。本当は化粧とかも落としたかったけど、なんだか話を先に聞いた方がよさそうだ。ただその前に忘れないよう、チーズケーキだけ、冷蔵庫にしまった。


 まいは自室で相変わらず正座のままで、私が前に置かれた座布団に腰を下ろすと、若干、緊張したように息を吐いた。


 「……あのですね、ゆかさん」


 「うん」


 「それで、私のお願い、なんですけど……」


 「うん」


 「…………」


 まいは、じっと何かを迷うように、眼を泳がせながら忙しなく身体をもじもじさせている。……これはよっぽど言いにくいことかな。


 「…………」


 「…………」


 沈黙。


 「…………」


 「…………胸を揉みたいとか?」


 「違います!!??」


 強い否定を頂いた。うむ、そうか、違うか。


 「お尻触りたいとか?」


 「違いますって?!」


 あれ、これも違うのか。


 「大事なところ、触りたい? あ、それか私が触る側?」


 「それはもはやえっちでは??!!」


 逆転の発想、と思ったのだけれど違ったらしい。ふうむ、なんでしょ。


 一体、何が彼女をそこまで躊躇わせるのか。あとなんだろー、私の知識ではあまり引き出しがない。コスプレとかか、ありそう。まいって、何にコスプレさせたがるのだろう……うーむ。


 「なんか、どんどん誤解が進行していきそうなので、言います……」


 「うん、そーして」


 ちょっと、まいの反応が楽しくなってきたところだけど、仕方ない。私は改めて、姿勢を正してまいに向き直る。


 「ゆかさん」


 「はい、なんでしょ」


 まいはゆっくりと息を落ち着けた。


 顔は紅潮して、眼はじっとこちらを捉えている。


 必死なのだろう、長く付き合っている仲でなくても、それは見て取れた。


 ぐっと、息を溜める音がした。




 「私、ゆかさんの気持ちが知りたいです」




 それから、まいはそんなことを言った。


 私の……気持ち?


 首を傾げて、答えを返す。


 「好きだよ?」


 まいは頬を紅潮させたまま、ふるふると首を振った。どことなく泣きそうになってさえいる。


 「えーと、そうだけど、そうじゃないというか……」


 「ふうむ……」


 少し、考える。まいがここまでして私に伝えたい……こと?


 それは。


 「私がまいを


 問うと、まいはちょっとたじろいで、眼をそらして、俯いて、でも頷いた。


 ふむ……どーだろ、ね。


 「その……一か月半一緒に暮らして、その、ちょっとでも、気持ちが変わってたりとか、興味がとか、ないかな……って」


 「うーん……」


 確かに、この一か月半、まいのスキンシップはとっても激しい。ハグしたり、一緒にお風呂入ったり、キスまでしょっちゅうされて、はじめても奪われている。出会ってから、してこなかったことをたくさんしている。意識が変わったりとか……まあ、ありそうな話ではある……かな。


 「そうでなくても……本当に、嫌だ。とかだったら、止めますし、控えます。ゆかさんが本当に、嫌なことはしたくないです……。ただ、ちょっとは受け入れてくれるから、もしかしたら……みたいな欲もありまして、その、あれです。一か月の反省会的な意味も込め……まして?」


 しどろもどろになりながら、意図を伝えてくる。


 ふうむ……。どうなんだろ。


 じっと眼を閉じて考えてみる、この一か月半での、私の、変化。


 「慣れたね、セクハラに」


 「あ、はい、ですよね。そんな気は、してました」


 まいの肩が落ちてちょっと落ち込む。あらあら。


 「あと、まいが近くにいることに」


 「……?」


 「やっぱり、私も一人暮らしが長かったからね、最初は正直落ち着かなかったんだけど、なんだかんだ慣れたなー」


「あー…」


 朝起きたら、誰かがいる。常に自分の生活圏内に誰かがいる。


 私は人が苦手だから、正直、心配だったのだけれど、思いの外、すんなりと受け入れている自分がいる。


 私の生活にとって、まいはもうすっかり異物じゃなくなってる。日常の一部にしっかりと彼女が入り込んでいる。


 「ちゃんと好きになったからかなー、まいのことが」


 「え?!」


 「そーいう意味じゃないよ?」


 「ですよね……」


 「歌のファンとしてもそうだけど、人として、ね。可愛いとこも、優しいとこも。一杯知ったからねー」


 「むー……」


 褒めているのに、いまいちまいは納得してない。もう、この子は。


 「折角の可愛い顔がだいなしだぞー、まい」


 「ゆかさんが性的な魅力を感じない顔に何の意味が……?」


 「じゅーしょーだね……」


 あはは、と苦笑い気味にまいの頬を引っ張る。少しだけお肉がついた頬が柔らかくみょいみょいんと伸びる。不機嫌な顔がぐにゃぐにゃ変わるのは見ていて面白い。


 「ぬわぁぁぁん!! ゆかさんに弄ばれてるーーー!!!」


 「あははは、人聞きの悪い」


 「多分、そんなに間違えてないですーー!!」


 まいは頬を引っ張られたまま、両手をあげて不満を訴える。私はそんな様にも笑ったまんまで。


 「ほんと、私、本当にまいのことが大好きだよ。あの橋の下で、私のために歌ってくれた日からずーっと、ずーっと」


 「うう……じゃあ、えっち……」


 「それとこれとは話が別なのです」


 「にゅわあぁん!!」


 まいが、私の歌手さんが、可愛い同居人がネコみたいな泣き声をあげる。しかし、私は見逃さない。好きと伝えるたびその頰が紅潮することを。ふふ、なんだかんだ言っても嬉しいくせに。


 ……なんか我ながら、ほんとに悪女めいてきてるな?


 ちょっと反省に自分の額に手を当てて、まいのほおを解放する。いかんいかん、あんまり追い詰めすぎると、いくらまいでも何をするか分かったもんじゃーーー「思いつきました」



 「ーーーえ?」


 まいが不機嫌で赤らめた頬のまま、私をじっと睨んでーーーあ、ちょっと怒ってる。


 しまった、からかいすぎた。


 気付いた時にはもう遅くて。


 「さいごのポイント使って、



 え。


 「私からキスしたことはあったけど、ゆかさんからしたことありませんよね? お願いします」


 まいは赤らんだ頬のままどこか、いじらしげにこっちを見ている。少しだけ意地悪な笑みを浮かべて。


 「いや、私からするのは、なんか、違く、ない?」


「お願いです。嫌ならーーーいえ、やっぱりしてください」


 まいは笑みを強めてそう言った。


 う、うーん。なんだろ、自分からしたことはない、人生初体験。なんだか無性に恥ずかしく、背中のあたりがむずむずする。これは、なんというか、いいの?


 「……わかった。しかたない」


 約束、だもんね。しかた、ない、うん。


 「え」


 なんでそこでまいが驚くの。


 さっきまでの余裕は何処へやら、まいはなにやら慌てるとえとえとと、しばらく迷って。その末、手の甲をすっと差し出した。そこしろということか。


 うん、まあ、そこなら。


 いや、うーん。


 「ほっぺたとかじゃだめ?」


 「あ、やっぱそうですよね。なんか、出してからこっちのが、背徳感あるって、気付いちゃい、ました、はい」


 まいがさせているのに、なんでまいが照れて慌てているんだか。


 まいは手を引っ込めると正座のままじっと目を閉じた。何かを我慢するみたいにぷるぷる震えてる。なんか、私が無理矢理するみたいになってない?


 全く、自分からさせておいて。




 ちょっと冷静になって、震えるまいの顔に唇を寄せた。




 それから、その頬に唇を触れさせる。




 ふっと触れて、それで離れた。




 ……………こんなもんか。


 なんというか、される時はいつもドキドキだったけど、する分にはあんまり、感触はないものだった。ほっぺたって柔らかいんだなってくらい。


 うん。


 まいを見た。


 頬を押さえてる。


 触れた場所を。


 顔は赤くて。


 とてもとても。




 幸せそうな表情をしていた。


 

 「へ、へへ、へへへ」


  あと。ニヤついていた。


 「おねーさーん、顔がだらしないよ?」


 「へへ、えへへ、えへへへ」


 伝えても、幸せそうに笑うばかり。


 張り詰めた顔も、意地悪な表情も全部吹き飛んで。


 はあ、ほんと、なんだかなあ。


 まあ。でも、これだけ喜んでもらえるなら、やった甲斐があったのかな。


 私も軽く笑って、座布団から立ち上がる。


 「幸せそうだね、まいは」


 「はい、本当に本当に、幸せです」


 そう言って彼女はだらしなく笑うばかり。


 「ところで、食後にチーズケーキ買ってきたんだけど? にやけ顔のおねーさん」


 「え?! ご飯にしましょう! そうしましょう!!」


 そう言ってあまりにまいがウキウキと用意をし出すものだから。


 たまには、私からしてあげもいいかな、なんて思った。


 ちょっとした気の迷いかも?


 でもまあ、そんな日があってもいいでしょう?


 たまにはまいにあてられる日があっても、いい。


 例えば、彼女が落ち込んでる時とか、そんな時に、こっそり、ね。


 いつか橋の下で震えてた貴女は今日、口付け一つで随分と幸せそうだった。



 

 ※



 今日のセクハラポイント:0


 累計のセクハラポイント:48



 今日のまいポイント:0


 累計のまいポイント:20⇒0

 (※質問とキスで20消費)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る