第7話 女の子が好きなあなたがバイトするー②
食後にうつぶせになった私の身体をまいが揉みほぐしていく。
スマホでマッサージの方法を調べながらだから、幾分拙いけれど、細い彼女の指が身体をほぐすのは随分と気持ちよく。否が応でも、身体の力が抜けていく。息を吐くたびに全身が弛緩していくの感じながら、私は彼女に身を任せていた。
「あー……っ、あ……あ……あーーーーっ……」
「ゆかさん……肩甲骨バッキバキですよ、動かすたびにゴキゴキいってます」
「やっぱ、デスクワークだから……あ……それい……い……あっ……あー……」
「あとゆかさんその声、ムラムラするんで自重していただけると、ありがたいんですが」
「でも、ほんとうにいいんだもん……あーっ……」
まいの手が私の肩を持って上下に動かしていく。肩甲骨の隙間に手を入れて動かされるたび、普段動いてない筋肉が刺激に快感を上げる。止まっていた血が巡っていくのが感じられる。
だめ、これ。滅茶苦茶リラックスできる……。もっと、ポイントためとけばよかった……。
「あーー…………あん……」
「だみだこりゃ」
まいが背骨に手をかけて私の肩を逸らせると同時に、私の全身の関節から鈍い音がする。音の悲惨さとは裏腹に私の身体は血流が流れ、脱力感で満たされていく。
程なくして私が満足したころ、若干、疲労に満ちた声でまいが私に疑問を飛ばしてきた。
「ご機嫌、治りました?」
ちょっと心配そうな、そんな様子で。
「んー? 別に私、機嫌悪くなんてなかったよ?」
「え、嘘でしょ。私が朝にバイトに行くって言ったら思いっきり不機嫌そうな顔してましたよ」
「……そんな顔してた?」
「……してました」
知らなかった……。
「んー……そっかあ」
「自立したいっていう思いはあったんですけれど、勝手に進めちゃったのはごめんなさい、ゆかさん」
「……ううん、いいよ。まいの人生だもん。それはまいが決めることだから。まあ、びっくりはしたけど……」
「……すいません」
「うーん……」
「ゆかさん……?」
うつぶせのまま唸りながら、自分の心を探す。胸の奥のざわめきを一つ一つ数えていく。あんまりに認めたくない、自分の気持ちを一つずつ整理していく。
伝えてくれたまいのためにも。
「ねえ、まい」
「はい」
「私、最近、気付いたんだけどね」
「なんでしょう」
息をちょっと整える。由芽さんの言葉をかみしめる。
もやもやに一つ、名前を与える。
「私……実は、ちょっと独占欲、強いみたいで……」
「…………え?」
「無意識に、こう、まいは最初に見つけたんだから、私のものだ! ……みたいな思い込みをしてる時があってね?
今日、後輩の子とまいの歌の話をしてる時に、それになんというか気づいちゃって。
よくよく考えるとね、まいを養おうっていうのも、多分、そこが発端みたいで……」
振り返れない、まいの顔が見れない。ちょっと恥ずかしい。
「まいは私に想いとか歌とかで一杯、希望とか生きる活力みたいなのをくれるのにね。私はなんにもあげれないな……みたいなのもあって。だから、じゃあ、もう生活は全部、私が面倒見ちゃおうって……なったの。そうしちゃえば、まいはぜーんぶ、私のものだーみたいなさ、無意識の独占というかそんな願望があった……みたいで」
「……」
「ごめんね、なんかずっと、私のわがままに付き合わせて……。そりゃあ、まいだって自立したいよね。こんな私に養われるなんて不安だし、自分でお金稼ぎたいよね。ほんと、ごめん……ね? こんなみっともない私でさ、ごめんね?」
「……ゆかさん」
背後でまいが動く気配がした。私は顔が熱くて、振り返れない。
なんて、なんて恥ずかしい話をしているのだろう。私、年上のはずなのに。
みっともない。独占欲にまみれて、囲い込むって、なんか我ながら願望が病んでると言うか、非常に子どもっぽいというか。もう、ほんとどこが頼れるお姉さんなんだか。これでは私がお世話されてるみたいじゃないか。
自分が心底嫌になる。情けなくて、恥ずかしくて、ちょっと泣きそう。
「ゆかさん、ゆかさんは私にたくさんのものをくれてるんです。みっともなくなんか、ないです」
まいの声がゆっくりと近づいてくる。
「ゆかさんはね、すごいお姉さんなんですよ! そりゃあ、たまには気持ちが行き過ぎて暴走しちゃうかもしれないけれど、ゆかさんくらい優しい人もいないんです。私はたくさんの人に曲を聞いてもらっても、何時だってゆかさんのために、ゆかさんに聞いてもらうために歌ってるんです! それになにもあげれないですって? ゆかさんから私がもらったもの一個ずつ上げていきましょうか? えーと、癒しでしょ? 恋でしょ? 優しさでしょ? 住まいに、ご飯、お風呂に、服に、あと私のたくさんの妄想に。ていうか、ゆかさん題材の曲が何個あると思ってるんですか? 私の心は独占なんかしなくてもとっくにゆかさんのものですよ! 養ってくれるって言うのも、正直、ビビりましたけど、普通、そんなこと思ってもできませんからね! しかも、その気になったらゆかさん本当にやっちゃうでしょ?! そういうとこ、本当、すごいと思います! あとかわいい! なにより、もう、なによりかわいい! 本当、自分のかわいさ自覚してます?! 私が毎日どれくらいゆかさんがたぶらかされないか、痴漢とかにあわないか、変な女が出てきて横からとっていかないか、来る日も来る日も、やきもきしているのをご存じでない?!」
熱を込めて、まいの声が近づいてくる。
今度は、ちょっと違う意味で、顔が熱くて上げられない。
「そんなこと……ないよ」
「あるのです!」
「もう……」
熱量に押されて、私の気持ちが吹き飛ばされていく。照れがいつのまにか、情けなさをどこかに吹き飛ばしてしまう。
顔はずっと赤いまま。うつ伏せのまま、これじゃあ、まいの顔なんてみれるわけ、ない。
「すごいね……まいは」
「もう……ゆかさんもすごいんですよ?」
少し優しい声で、そう声をかけられた。
「ううん、まいの言葉ね、すごいの。だって、さっきまで私、ずっと自分が情けなくて仕方なかったのに。今じゃ、ちょっとだけ自信でちゃってるもん。まいが信じてくれるなら、私もいけるかな、なんて思っちゃうもん。だからまいはね、すごいの」
「ゆかさん……」
「やっぱり、私、まいのことが好きだなあ」
しみじみと自分の気持ちをそう、呟いた。
この子の気持ちが、勇気をくれる。前を向かせてくれる。臆病で、後ろ向きな私に力をくれる。本当に。
思わず笑顔になって、ちょっと涙がこぼれてしまう。
全く、この子は何度私を泣かせれば気が済むのか。何度、私の心を揺さぶれば気が済むのかなあ。
私の心もすっかりまいの物になっている気がするよ。
「ゆかさん……」
「なに? まい」
まいの声が近くなっている。見えないけれど、頭の方に寄ってきているのだろうか。
まいの手が私の腕に触れた。そのまま、袖から。
するりと。
内側に。
二の腕に。
脇に。
通り越して、下着に。
胸に。
ん?
逆側の手が私の首をなぞるように優しく撫でてくる。
んん?
耳元にまいの吐息が聞こえる。
息の熱が鼓膜に伝わってくる。
どことなく色っぽい声でまいが私の耳に囁く。
「ゆかさん、……私も……好きです」
あれ? これって……。
耳で水音がした。
熱く湿った何かが、私の耳孔に侵入してきた。
顔が真っ赤に熱くなる。
思わず腰がビクンと跳ねた。
私はその勢いのまま、
「いったぁぁぁぁ!!!???」
私とまいの頭が衝突して鈍い音を立てる。
胸の上部を触っていた腕が抜けて、さっきまで私の耳元で愛を囁き、舌を挿し込んできたまいの口が離れた。
バッと身体を起こして振り返ると、額を押さえたまいが涙目になりながらこっちをみている。
「あれ…………? 今の、えっちできる流れでは?」
「違います!!!」
私は触られた胸と耳を押さえながら、思いっきり叫ぶ。もう、折角、いい雰囲気だったのに、このエロ子は……。
私はため息をついた後、勘定する。
えーっと胸触ったのが2で……キスが2だから……いや、舌入れてきたし3かな。
「セクハラポイント5ね……」
「そんなのってないよ?!」
先ほどまでの色っぽさや、真剣さはどこへやら、すっかりいつもどおりになったまいは咽び泣いていた。
「今の好きは、絶対そういうサインだって思うじゃないですかぁ??!!」
「だから、私はそーじゃないって!!!」
「でも?! なんか?! こう! ワンちゃんあるかなあって! 流れで受け入れてくれないかなぁって!! 一度快感を味わえば、後は身体が覚えてみたいな……ごめんなさい!! 願望はいってました!!!」
「許さーーん!! しばらくハグ禁止!!!」
「はにゃやぁぁぁ!!!!」
さっきまでの神妙さも、曲を作るときの、真剣さも、私の悩みも、情けなさも。
何もかもなくなって、最後に私とまいは叫びっぱなしだった。
でもひとしきり終わったら、なんでか二人で笑っていた。
なんでだろ、なんでだろうね。
緊張の糸がぷっつり切れちゃったからかな。
ちなみに、ハグ禁止はあまりにも、まいの魂が抜けてしまうので、後日仕方なく解禁されることになった。
やれやれ。仕方ない子だなあ。
まあ、それで許してハグしてしまう私も大概なのかなあ。
などと、そんなことを思ったりした。
※
今日のセクハラポイント:5
累計のセクハラポイント:44
今日のゆかさんポイント:8
累計のゆかさんポイント:10⇒0(マッサージで消費)
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