第5話 別にそうでもないあなたが妙に優しい

 その日、ゆかさんはとても優しかった。


 「あ、今日は私がご飯作るからゆっくりしてていいよ? 洗い物も私がしとくし」


 「え、あ、はい」


 「まいにいっつも洗濯してもらってるしね、今日は私が洗ってしんぜよう」


 「え、私の役割……はい、お任せ、します?」


 「今日はハローワーク行ってきたの? 履歴書も書いた? 偉い!!」


 「え? そ、そうですか、えへへ」


 「そういえば、デザート買って来てあるよ、食べる? まいが好きなチーズケーキ」


 「やった! って、ゆかさんなんかおかしくないです? 今日」


 「おかしくなんてないよー、いろいろして肩こるでしょ。もんであげるよー」


 「いやあ、おっぱいの大きさ的には絶対ゆかさんのほうが……いえ、なんでもありません」


 「あ、そうだ。後で耳かきしてあげよっか?」


 「それ一回、おいくら万円ですか? それか、セクハラポイント10くらい消費する奴ですか?」


 「え? なんにもないよ?」


 「……え?」


 「どうかした、まい?」


 「……どゆことなの……?」


 「まい。どうしたの? 疲れた? ハグする?」


 「あ、はい、ハグはします。いえす、いえす」


 今日のゆかさんはとても優しい。否、優しすぎる。あまりにも。


 「いや、絶対、何かあったでしょ?!」


 「ん? 何にもないよ? 私はいつも通り、平常運転」


 「……んー、ゆかさん」


 「なに?」


 「えっちしましょ?」


 「それはダメー」


 「ちぇー」


 「ふふふ」


 指でバッテンを作ってゆかさんは笑った。


 ……。いや、やっぱ、おかしいって。


 今のは問答無用でセクハラポイントたまる流れである。2~3ポイントもっていかれてもおかしくない。それはダメ―じゃないのである。かわいいな、しかし。


 絶対、絶対なんかある。


 私はもんもんとしたまま、ゆかさんに肩を揉まれ、耳かきをされ、ハグで癒されていた。


 もんもんとしてはいたが、堪能するところはしっかりと堪能した。そんな日だった。


 ちょこちょこ怪しい発言もしていたのだが、結局、その日はセクハラポイントは一向にたまる様子がなかった。


 一体、何が……?


 どうでもいいが、初耳かきの日だった。今日を耳かき記念日と名付けよう。


 いつかそんな唄も書こう。再生数は伸びる気がしないが。



 ※



 次の日も、ゆかさんの調子は変わらず。その日は朝から徹底的にお世話されっぱなしだった。


 まず寝起きにすでにご飯ができていて、家事もあらかた終わっていた。


 ベッドから優しくハグで抱き起され、お昼にとお弁当を渡され、ゆかさんは仕事に向かっていった。


 私は何かすることはと、家を見回すけれど大体のことが終わっていて、自分の食べた洗い物を片づけるくらいしかすることがなかった。


 全てが、全てがお世話されている。


 なぜ? 何か怒らせた? いやでも、そんな雰囲気じゃないし、ゆかさん天使だからそんなことしないし。じゃあ、なんかいいことあった? それにしたって程度があるんじゃない?


 「どうして?! 一体、何故なの、ゆかさん!?」


 「はーい、ここはハローワークであって、恋愛相談所じゃないのよ、お嬢さん」


 そんな私の嘆きがハローワークの個別相談室内で木霊していた。


 「そこをなんとか、してくれません?」


 「いや、私そーいうの専門じゃないから、っていうか本人に聞きなよ」


 「それが教えてくれないんですよ」


 「それこそ、私にわかるわけないじゃん……」


 「ですよね……」


 その日のハローワークはそんな、どうでもいい話で終わった。ちなみに後半はハローワークのお姉さんの恋愛事情の話になっていた。そこで自分も話すんかい、と思ったが私も面白かったので聞いていた。


 ちなみに、今度、告白するらしい。


 「振られればいいのに……」


 「縁起でもないこと言わないでよ……」


 「やかましいです。報われない人間の嫉妬の心は時に良識を凌駕するんですよ」


 「あんたその図太さがあれば、面接なんて簡単に通るでしょうに……」


 「え? だって会社の人とか、怖いじゃないですか。変に思われたら嫌だなってなるじゃないですか。でも別におねーさんに何思われても、私別に気になんないので」


 「おう、アラサー女子の心はもっと丁重に扱え。第二新卒。泣くぞ? 大人気もなく泣くぞ?」


 「きっついなー、おねーさんの涙はきっついなー。ゆかさんの涙は私いくらでも飲めますけど」


 「ちょっと、ほんと……不安になってきたから……最近、なんかもう色々不安定、なんだから……」


 「あー、生理ですか? ダメですよ? 生理期に告白なんてしちゃあ」


 「あんた、ほんと私に対してだけデリカシーないわね!?」


 そんなやり取りの後、別れ際にちょっとだけ告白がんばってくださーいと応援してから、私はその日、ハローワークを去ったのだった。一応、帰り際にスマホでフォローのメッセージだけ送ったら、牛が寝ころんでいるスタンプが返ってきた。意味はよくわかんない。よくわかんないお姉さんだからね、仕方ないね。


 その日の夕食時、ハローワークでしていた話をゆかさんにした。


 もちろん、ゆかさんの相談は省いて、お姉さんの恋愛事情についての部分をだけど。


 ちなみに、その日のご飯もきっちりゆかさんが準備していた。


 やることがない……。


 「へー……そのお姉さんとうとう告白するんだ」


 「どーなるんでしょーね」


 「成功するといいねえ」


 「えー」


 「まい……」


 「いや、これに関してだけは私、心の底からの応援はしないと決めているので」


 「もー、そういうこと言ってると、自分の気持ちが実らないよ?」


 「えー……」


 それはゆかさん次第なのですけど、という言葉はじっと呑み込んだ。なんか、嫌みっぽくなっちゃうし。


 軽くため息をついて、私はみそ汁をすする。うん、うまい。


 そんな感じで、私たちはその日の食事を終えた。ちなみに洗い物はきっちりゆかさんがやってしまった。


 ……いい加減、ちゃんとお話しをしたほうがいいな、これ。


 私はゆかさんが洗い物を終えたタイミングを見計らって、無言で背後から肩を掴むとそのまま押して誘導する。


 「まい?」


 「いーから来てください」


 そのまま、私の部屋まで行って座布団を二つ準備して、片方に私は正座で座り込んだ。


 不思議そうな顔をしているゆかさんに対面の座布団を指さす。ゆかさんはどことなく不思議がりながら、私の目の前に座る。


 「昨日からゆかさんおかしい! 優しすぎです!!」


 「え? そうかなあ?」


 ゆかさんはとぼけたように首を傾げる。ちょこんと小さな首を可愛らしくゆれる。くそう、可愛い。いや、今、絆されたらダメだぞ私。


 「はい! 絶対何かあったでしょ?! 答えてください! 気になって夜も眠れないから!」


 「え? 昨日はよく寝てたよ?」


 「ちがーう!! そこはものの例え! とりあえず、今日はゆかさんがちゃんと教えてくれるまで解放しませんからね!!」


 可能な限り、不退転の決意をあらわにする。退かん。私は今日は退かんぞ。


 「えー……」


 「えー……じゃない!」


 不満を零された。ぐ、かわいい、あと罪悪感が胃の奥から湧いてきた。ちくせう、負けるものか。


 「ふーむ」


 「……」


 「仕方ない、言うかあ」


 ゆかさんがちょっと不満げに口をすぼめてそう言った。私は思わず、軽く息を吐く。よかったあ、ここでなお、だんまりを決め込まれたら、打つ手がなかったし。


 「この前、自分が嫌になったって言ったの覚えてる?」


 「え? あ、はい。私が抱きしめた日?」


 「そうそう、その日。正直、ちょっと自分の器の狭さに嫌になっちゃってさ」


 「……え?」


 器が狭い? どこが? ゆかさんとは最も縁遠い言葉のような気がするのだけれど。


 首を傾げる私に、ゆかさんは悩ましげな表情でぽつぽつと言葉を漏らす。


 「由芽さんがまいを知ってくれてるのはうれしーけれど、最初は私だけが知ってたのになって。なんていうか、嫉妬? やきもち? みたいなの感じちゃって。しかもそれで、もやってしてるところを、まいが見透かしたみたいに抱きしめてきたからさ」


 「あー……」


 あの日、私はなんとなく仕事で嫌なことあったのかなーくらいにしか思っていなかったのだけれど。そんなことを考えていたんだ。


 「ちょっと、お姉さんらしくしないとって思ったの。ほら、私の方が年上だし? リードするのはやっぱ私かな、みたいな」


 ちょっと、なんていうんだろう。かわいい。いつもの外見や仕草的なかわいさとは別の、こう本当に抱きしめたくなるような可愛さだった。


 どうしよ、抱きしめちゃおうか。今はセクハラポイント貯められるかな? ハグは大体、宣言してからしていたし。無許可でやるのはまた違う気もする。


 「だから、お姉さんらしくお世話しなきゃなって思ったの、それでーーー」


 いや、今、すごいキスしたい。唇を奪うくらい、許されないかな、セクハラポイントの2や3、大丈夫? でもゆかさん、嫌がるかな。それはダメかなあ。いや、でもーーーー。







 「ーーーー





 ーーーーーーーーーん?






 「そもそも、私的にはまいは音楽づくりに専念してほしいというか? 由芽さんの反応見てる限り、やっぱり才能あるからさ。そういうとこ伸ばしていって欲しいの。ファン一号としてはやっぱりそれくらいしたいし。今の私の給料じゃちょっとしんどいけど、もうちょっと給料増えたら、私だけでまいを養えるし?」


 ーーーーーんん?


 「うん、やっぱりね、まいの歌はいいの。今回の件でやっぱりそれは確信したというか。いや、今までもちゃんと想ってたけどね? だからこそ、まいに音楽に集中してもらえる環境ってどうしたらいいんだろうって考えてさ。そしたらもう、全部、私が世話しちゃうのがいいよねって。日常のことは全部、私がして、まいは音楽以外なんにもしなくていいってくらいにしてさーーーー」


 ーーんんん?


 「お姉さんとしてのプライドと一緒に、ファン一号としてのプライドも火がついちゃったっていうか。やるなら、うん、徹底的にだよねって、そう、思ったの!! だからね、まい、辞めたかったらいつでも、就活やめていいからね?」


 んーーーーーー。


 「…………ゆかさん」


 「どうかな?」


 ゆかさんの眼は語りきった達成感と期待に満ちていた。ただ、同時に私にはどことなく、一度抱きしめられたらそのまま離してもらえなさそうな末恐ろしさも感じられていた。


 知らなかった。母性も行き過ぎると、段々怖くなってくるんだね……。


 「私、就活がんばります……」


 「あれ?」


 はよ、就職しよ。おねーさんと無駄話してる場合じゃなかったよ。


 「なんで?! なんでなの?! まい?!」


 「私は恋人になりたいのであって!! 愛玩動物ペットになりたいわけではないのです!!」


 「ペットもいいよ? まい、かわいいよ? 私に癒しを提供するだけで一生、生きていけるよ?」


 「だーーーーーーーめーーーーーーなーーーーーのーーーーーー!!!」


 ペット的な養われ生活を語るゆかさんに対して。私は対等な人としての恋人になりたいのだと、その日は遅くまで語り尽くしたのであった。


 はよ、自立しよ。


 そう固く決意した私だった。


 ※




 今日のセクハラポイント:0


 累計のセクハラポイント:39


 今日のゆかの母性ポイント:10


 累計のゆかの母性ポイント:10

(100に到達すると、ゆかさんにペットとして一生養われる)

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