第4話 女の子が好きなあなたの歌を聴く
通勤中にイヤホンから響く音に耳を澄ませる。
ネットに上げられている曲の中でまいの最近のトレンドとされているもの。再生数も結構伸びてる。この曲をきっかけにまいのファンになったって人もコメントでちょくちょく見かけた。
これは私が告白を断ってから、三回目くらいに作った曲だ。
告白の直後に作った曲は正直、衝動に任せすぎていてなかなか好みが別れるけれど、この曲は文句なしにいい曲だった。
傷ついた心がちょっと落ち着いた頃に、でもまだ恋が忘れられないそんな曲。
まいの綺麗な心を、想いをこれでもかと歌ったそんな曲。
普段はどちらかといえばがさつで、適当で、えっちな彼女が、溢れんばかりに透き通った声を響かせる。
綺麗、本当にただただ、綺麗な、そんな曲。
歌う心が切なくて、時折、聞いている私まで泣いてしまいそうになる。
まいに言ったら、また拗ねてしまうのだろうけれど。
通勤電車の中、イヤホンをして私はただ耳を澄ませる。
揺られながら、会社に着くのを待ちながら。
最近のトレンドといっても、まいはプロじゃないし、そこまで有名でもない。
ネットではほどほどの人達が見ているけれど、良くも悪くも、それだけ。
今、この場所で、彼女の綺麗な心を知っているのは、彼女の歌を聞き入っているのは私だけ。
そして、そんな綺麗な彼女がちょっと抜けていることを知っているのは、きっと世界中で私だけ。
そんなちょっとした優越感に浸りながら、眼を閉じてまいの声に沈む。
小さな、小さな私だけの歌手さん。
もしかしたら、いつか大きな世界に羽ばたいていくのかもしれないけれど、今だけは、今だけは私が独り占めにしたっていいのだろう。
私はそう想って眼を閉じた。
まい、今、なにしてるかな。
※
彼女を知っているのは私だけ、そう、思っていたのだけれど。
「あー!! それ『マイカ』の曲じゃないですか!? 朝田さん、知ってるんですかぁ?!」
昼休みにイヤホンをつけていたら、会社の後輩にそう突っ込まれた。思わず、仕事用の眼鏡がずり落ちかける。
「え……うん、そうだけど。由芽さん知ってるの?」
「はい! すっごいいいですよね! マイナーだからあんまり人に言えなかったんですけど、滅茶苦茶すきなんですよ!!」
「へ……へえ」
「最初の頃のね、夢見がちというか、ちょっと幻想っぽい曲もいいんですけどね。最近の、切ない気持ちや失恋を唄った曲も好きなんですよ!!」
「う……うん」
「朝田さんはどの曲が好きなんですか?! 語っちゃいましょうよ! 私ねもう、話したいのにわかってくれる人がいなくて、ほんっとうにもやもやしてたんです!! あ、今度お茶しましょう!!」
「そ、そうね、……また、今度ね」
終始、由芽さんに圧倒されながら、私は思わず、その話を承諾してしまった。
その日は、突然テンション高く話された困惑と、見つかってはいけないものが見つかったような動揺と、あと、ちょっともやっとした胸の内を抱えながら、私は帰路についた。
ちなみに連絡先は知らぬ間にきっちり確保されていた。
※
「ーーーっていうことがあってね」
「お……おおん」
夕食を食べ終えて二人でダラダラしているころ、まいに今日起こったことを報告すると、まいは若干頬を引くつかせながら、困ったような顔をした。
「……どしたの? まい」
「いやあ、なまの人の感想を聞くのはどうにも怖いところがあるから……」
「べた褒めだったけどねえ」
「それはそれで恥ずかしさが勝つんですよ、ゆかさん」
「ふーむ……相変わらずまいはややこしいね」
ごろりと座布団に寝転がりながら、恥ずかしがっているのか、困っているのかなんとも言えない表情をまいがする。
その表情がまた、私の心をどことなくもやっとさせる。
なんだろ、このもやもや。
「んー……」
「ゆかさん?」
まいが首を傾げるけれど、ちょっと置いておいて自分の中の感覚をじっと見る。胸の奥がむかむかする。喉の奥じんわり痛い。後頭部辺りが少し熱い。この、感覚は。
「ん、解決」
「え? 大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
結論は早々に出た。
嫉妬だ、これ。
私しか知らないと思っていたまいを誰かが知っていたこと。自分だけの宝物を勝手に誰かに見られたような感覚。
いや、ネットで誰かが知っているのは当然なのだけれど、顔が見える誰かに言われることで改めて認識してしまった。
そして、ちょっと悔しいのが、やっぱり嬉しいこと。
まいが、私のまいがどこかの誰かの心を訴えている。
その事実が、嬉しい。
嫉妬も、喜びもどっちも本物。
由芽さんの、誘いを断らなかったのは結局そういうこと。
話したかったのも、本当にそうだから。
軽く、ため息をつく。我ながら、めんどくさい奴だね。
「ゆかさん、仕事でなんか嫌なことあった?」
唸る私を心配して、まいがゆっくり起き上がる。私はそんなまいを見て、ふうーと息を吐く。
「ううん、自分のめんどくささに嫌気がさしただけだよ」
首を振ってそう零した。自分の内側の感覚に集中しすぎて、疲れたので眼を閉じる。
「ゆかさんは、めんどくさくなんてないけどね?」
「まいがそー思ってるだけだよ」
自分で言うのものなんだけど、私は結構、めんどくさい。
すぐに矛盾するし、どうでもいいこと気にするし、まいをこうして置いてるのだってどうなんだか。彼女を一度振った身でありながら、こうやって優しくするのも、むしろ残酷なんじゃーーー。
なんて思考をしていると。
ーーー頬に柔らかい感覚が当たった。
まいの胸が顔に当たっているのだと、数瞬遅れて理解する。
膝立ちになったまいが私の頭を丸ごと胸で抱き留めていた。あまり大きくないまいの胸に包まれる。
「まい……?」
「んー、なんかゆかさんが急に愛おしくなったから」
「何それ……ひゃっ」
疑問を呈しかけたところで、ぞわっとした感覚に震える。まいが指を首筋から背骨に沿って這わせたみたいだ。身体の奥が震える感覚におもわず変な声が出た。
「まい、……セクハラポイント1」
「あー……これはダメなんですね」
性感帯っぽいのに……とまいが残念そうにつぶやく。私はしばらく、そのままにまいが離れるのを待って……………………、いや離れないんだけどこの子。
「まい?」
「んー、ハグはストレスに効くって言うし、ゆかさんが落ち着くまでこうしてよっかなって。あとゆかさんの息が当たるのくすぐったくていいなって」
「離さないとセクハラポイントつけるよ?」
「んー……」
ぎゅーっと抱きしめられたまま、つまり、まいの胸に顔をうずめたまま。私がそうむくれるとまいは少し悩ましげな声を上げた。
「ま、それでもいいかなあ」
それから、そう言って、私を抱きしめ続けた。
暖かいものに包まれながら、心の奥のわだかまりを無理矢理、溶かされながら。
私はふーっとため息をついた。
これは……見透かされてるなあ。
私がなんだかんだ癒されてしまっていることを。
そこそこ長い付き合いだから、色々とバレるようになってしまっているのかも。
私は諦めて、まいの身体にもう一度ため息を吹きかける。
仕方ない、このまま抱かれていよう。まいもしばらくしたら、満足するだろう。
そう思っていると、まいの顔が少し降りてきて私の首筋に当たった。
柔らかいものが、熱いものが、少し湿ったものが、首筋に触れた。
離れるときに小さな水音を立てて。
顔が熱くなるのを感じる。まいは顔を上げてこないけれど、熱でばれているかもしれない。
「まい」
「なんですかー?」
「セクハラポイント」
「うん、いくつです?」
「……1」
「はい。わかりました」
ちょっと熱くなって、むくれる私とは裏腹に、その日ずっとまいは上機嫌だった。
ちょっといいようにされて、腹も立ったけれど怒る気にはなれなくて。
何より、私の奥のもやっとしたものもいつのまにか、溶けてしまって。内に抱えていたものも気づいた頃には楽になっていた。
「ありがと」
私がそう言うと。まいは本当にうれしそうに笑って口を開いた。
「どういたしまして、ゆかさん」
私は頬に残る熱いものを仰いで冷ましながら、ゆっくりと息を吐きながら眼を閉じた。
いかんいかん、明日からはちゃんとお姉さんらしくしないと。
そう、ちょっと反省しながら。
※
今日のセクハラポイント:2
累計のセクハラポイント:39
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます