第三話 危機
どんなに悲しみに包まれてても、仕事はしないといけない。緊急の案件で休日出勤した私は上の空でなんとか仕事をこなした。帰宅途中の駅でのこと。
「……ね……さ~ん。………帰り……?」
えらくニコニコした男が話しかけてきた。ショックな出来事から日がまだ浅いからか、話しかけられても、よく聞き取れない、理解できない。
「ちょ……と、道……教え……くれ……な……?」
腕を引かれて黒い車に乗せられる。何かおかしいと思ったが、思考力も低下し、体に力が入らず抵抗できなかった。
車が走る。景色が流れる。ただただボゥっと座っていたら、景色の中の街の明かりがだんだん少なくなってきた。どこに行くんだろう?確か「道」と言っていたようだ。道を尋ねたかったのか?あまり働かない頭で考える。
しかし、尋ねてきた男は何も話さない。道を聞いてくる様子がない。無言で、迷いなく運転を続ける。先ほどのニコニコした顔が嘘のように無表情である。
どれくらい走っただろう。
どこからか微かに「プピ」と音がして我に帰った。
車の外の景色から街の明かりは完全になくなっていた。あるのは木々である。道は傾斜がある。暗い山道を走っているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「あの……」
男に話しかけてみる。返事はなく、運転を続ける。
「……あの!」
その時、男が車を停めた。するとガバッと私に覆い被さってきた。
何か異常なことが起こっている。反射的に思った。
「やめてください!」
男がポケットに手を入れて出したものを見て息を飲む。
ナイフだ。小型だが先端が尖っていて、見ただけで切れ味がかなり良いことがわかる。
「&<○×/△!!!!!」
意味のわからない言葉を叫んで男がナイフを振りかざした。ああ、終わりだ。と思ったその時
パーーーーーーー!
車のクラクションが大きく鳴った。男は驚いてキョロキョロしている。ハンドルに当たった様子はなかった。不思議に思う暇もない。男が驚いているうちに車から飛び出した。
とにかく山から降りなければ!
車の後方へ駆け出した。走りながら警察に通報しようと思ったがスマートフォンを入れたバッグを車から飛び出したときに落としたようだ。後ろから男の叫び声が聞こえる。男に追い付かれるのが先か、山の中で遭難するか、無事に街に降りられるか………
後ろから男の走ってくる音が聞こえてパニックになる。怖くて振り返ることはできない。ひたすら走った。仕事帰りなのでヒールを履いている。その足で山道を走るのは無理があった。靴を脱いで走ろうかと思ったが怪我して走れなくなったら元も子もない。しばらく走って体力も尽き、もうダメかと思ったとき
前方からシルバーの車が走ってきた。あの男の車か!?と身構えたが、男の車がくるなら後方から来るはず。それにうっすら覚えている男の車の色は黒だった。男ではない。スマートフォンも持っていないのだ。助けを求めよう!警察を呼んでもらおう!
車が停車したため、駆け寄る。運転席の窓から話しかけようとしてまたも息を飲む。
…運転席に誰もいないのだ。
他の席に誰かいるのかと窓から覗いてみるが、誰も乗っていない。
え?この車さっき走ってたよね?
自動運転?遠隔操作して動かす車とか?今の技術ってそんなに進んでるの?
考えを巡らせていると、男の叫び声が聞こえた。姿は見えないが、グズグズしているとすぐに追い付かれる距離だ。
しかし私は運転免許を持っておらず、運転の仕方がわからない。アクセルとブレーキさえさっぱりだ。
ええい!緊急事態だ!適当に運転してしまえ!と運転席のドアに手をかけると、
助手席側のドアが勢いよく開いた。そっちに乗れと言わんばかりに。
やはりこの車は遠隔操作、自動運転の車なのだと結論を出しながら助手席に飛び乗る。
男が前方から走ってくるのが見えた。ナイフを振り回している。見た途端に心臓がバクバクと鳴る。
車が動きだした。男が走ってくるのとは反対方向。つまり車はバッグで走っている。
あっという間に男が見えなくなった。ホッと胸をなでおろす。しかし山道で横は崖である。運転手のいない車がそんな道をバッグで走って大丈夫なのか?と不安がある。そんな不安をかき消すように車は曲がりくねる山道を危なげなく進んでいく。
一体誰が遠隔操作で助けてくれたのか。遠隔操作、自動運転の車ならそれがわかる機械とか付いていないものか。車の内部を見回すがそんなものは付いていない。自動運転の、しかも遠隔操作の車ならもっと近未来的で高級な外装内装かと思ったがむしろ庶民的な見た目である。懐かしさを感じる。どこかで見たことがあるような…
考えていると急に猛烈な眠気が襲ってきた。安心したせいだろうか。そのままは私は眠ってしまった。
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