第二話 壊れた日常

 お風呂からあがったときに、その電話はかかってきた。スマートフォンには「直人」と表示されている。喜々として電話にでる。

「もしもし、直人?」

「真由美ちゃん!?」

 その声は直人ではなかった。聞き覚えのある声だ。かなり切迫している。

「直人の母です。今、直人のスマホからかけてるんだけど…」

 直人は一人暮らし。しかし実家はすぐ近くにある。直人のマンションに遊びに行ったとき、お義母さんも来ていて話したことがあった。

「はい。どうかしました?」

「直人が交通事故にあって…今危ない状態なの…今すぐ来られる?」

 思考が停止する。今、なんて言った?事故?危ない状態?直人が…?直人のお義母さんがその後も私に話しかけているが気が遠くなって頭に入ってこない。

「……ちゃん……真由美ちゃん!」

 呼び掛ける声に我に帰る。

「駅前の総合病院に今すぐ来て!」

「…………はい!すぐ行きます!」

 そう言って電話を切る。髪も濡れていて部屋着の状態で急いで家を出る。大通りを走っていたタクシーをつかまえて病院に向かう。

 直人が無事であるように必死に祈る。私を家に送り届けて、帰宅途中に交通事故に巻き込まれたようだ。冷や汗が出る。早く着け、早く着けと考えると、タクシーに乗っている時間が長いように感じた。





 間に合わなかった。嘘だと思った。

 私が着いた頃には直人は熱を失っていた。たくさんの管に繋がれていたようだが今は外されている。心臓は動いていなかった。

 お義母さんは直人の手握りしめ、さめざめと泣いている。お義父さんはベッドの側で立ち尽くしている。

 私は直人の反対側の手を握った。冷たくなったその手は、握り返してはくれない。身体全体が悲しみに飲み込まれているはずなのに、涙が出ない。ただ、手を握り、呆然とするしかなかった。お風呂からあがって、乾かしていない髪はまだ濡れていて私の心の冷たさを表すように冷えきっていた。





 その後のことはよく覚えていない。ただ淡々と、お通夜とお葬式に出席した。直人が死んだという事実を、私は受け止められない。涙も出ない。ただ時間だけが過ぎていった。考えるのを止め顔から表情が消え失せた様は、ロボットのようだった。棺の中の彼は眠っているようで、今にも目を覚まし、名前を呼んでくれるのではないか。ツンツンとしているが、裏に愛が感じられる言葉をかけてくれるのではないかと期待してしまう。当然、そんなことあるはずもないのだった。

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