第2話

 


 インタビュアー「××さんはどんな人でした?」


 近所の主婦A「なんか、無愛想ぶあいそうな感じでしたね。こっちから挨拶しない限り、いつも知らん顔で。取っつきにくい感じでしたね。ね?」


 近所の主婦B「そうそう。ちょっとばかり美人だからってうぬぼれてたんじゃないの?」


 インタビュアー「今回の事件を知ってどう思われました?」


 近所の主婦A「あの人ならやりかねないわね。だって、子供と一緒に遊んでいるとこ見たことないし。陰でいじめてたんじゃないの?」


 近所の主婦B「私、一度見たことあるのよ。子供と歩いてるのを。『早くしなさいよ、私が遅刻するでしょ!』ってどなってたわよ」




 ――野上は雅子の弟をかたると、管理人から鍵を借りた。


 部屋は生活の残滓ざんしをそのままに、雑然としていた。箪笥たんすや押入れ、机の引き出しを開けてみた。その中にあったノートを一冊ずつ捲ってみた。あっ。野上は思わず声を漏らした。ノートの一冊が日記帳になっていたのだ。――



 テレビでは、〈child abuse (児童虐待)〉というテーマで、専門家が今回の事件を語っていた。


「性的虐待・心理的虐待・身体的虐待・ネグレクトの4種類に分けられます。このお子さんのケースは、身体的虐待とともに心理的虐待を併発していたと考えられます。

 こういうお子さんの場合、SOSが発信されていたと思われます。例えば、食欲不振・過食・成績の低下・引きこもり・家出を繰り返したりとか。

 リミットテスティングと言って、自らが虐待される行動をとるケースもあります。また、アンビバレント(両価的)と言って、自分の感情をどちらかに決められなくなる状態など。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言うものが大きな問題です」




【独占スクープ!ミナちゃんの日記を入手!】野上は、伊東に知らせる前に掲載した。



 ――間もなくして、雅子は自由の身となった。代わりに岩水が逮捕された。


「どうして、子供を殺した?」


 伊東が眼光を放った。


「……他の男との子供だと思うと憎かった。この子さえいなければ彼女と結婚できるのに。そう思うと邪魔で仕方なかった。彼女の目を盗んでは、子供の腕をつねったり、引っ張ったりしていた。子供は僕を睨み付けるだけで、うんともすんとも言わなかった。泣きもせず声も出さない子供がなおさら憎かった。

 いつの間にか、子供をいじめるのが癖のようになって、顔を合わせると挨拶代わりに、つねったり引っ張ったりしていた。とうとう、それがエスカレートして、蹴ったり押し倒したりするようになってしまった。

 あの時、思いきり押し倒したら、タンスの角に後頭部をぶつけて……。トイレから出てきた彼女がびっくりして、救急車を呼んで……」


 岩水は自責の念に駆られたのか、ようやく反省の色を見せた。


「彼女が自首した時はどう思った?」


「……優しい人だなって。僕をかばってくれたんだなって」


 若干じゃっかんの人間らしさは残っていたのか、岩水は眼鏡で覆った目頭の涙を指先で拭った。



 テレビからは、キャスターの悲痛の声が流れていた。


「今回の事件、真犯人は母親ではなく、なんと内縁の夫でした。視聴者はもとより、マスコミ関係者からも驚嘆の声が上がっています」



 取調室では、釈放された雅子に、伊東が事情を聴いていた。


「どうして殺したなんて、嘘を?」


「……あの子を失って、生きる希望をなくして。……いっそのこと死刑になればと」


 雅子は失望の淵に立っている様子だった。


「どうして、あなたが無実だと判明したと思います?」


「……いいえ」


 顔を上げて、伊東を見た。伊東は、調書を取っている長谷川から、ノートのコピーを受け取った。


「お子さんの日記帳から抜粋したものです」


 それを手渡した。


「……あの子が日記を?」


 日記をつけていたことを雅子は知らなかったようだ。


〈わたしは好きじゃないけど、お母さんが好きなひとだから、がまんする。

 最初につねられたのは、お母さんがおふろに入っているとき。リビングでテレビを見てたら、何も言わないで腕をつねられた。痛かったけど、声を出したらお母さんに気づかれるので、がまんした。

 それからは、お母さんがごはんを作ってるときや、せんたくをしてるときにつねられた。

 最近は足でけられたり、つきたおされたりする。お母さんに言ったら、お母さんが困るだろうと思って言わなかった。

 お母さんがまた、靴のことを言った。きつくなったらすぐ言いなさいって。わたしみたいにウオノメやタコができたら痛くて損だからって。サイズが合わなかったら買ってあげるから言いなさいって。

 お母さん、わたし、うちに帰りたくないよ。あの男が怖い。でも、帰らないとお母さんが心配するから、がまんする〉


 それを読みながら、雅子は泣いていた。


「……ごめんね、私が何も気づいてやれなくて。ごめんね。……ごめんね」


 嗚咽おえつしながら、何度もびた。


 我が子を可愛く思わなければ、足の心配をして、何度も靴のことは言わないはずだ。それが、伊東と野上の見解だった。ましてや、岩水の虐待はミナの日記からも明らかだった。



 ――その後の雅子の所在は不明だった。

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