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彼と話し合い、プレイ決行日を三週間後の金曜日に決めた。三週間は準備期間だ。この期間にできうる限りの準備をして、ヒロマくんを迎える必要がある。
ヒロマくんと別れたあと、僕はすぐにホテルを予約した。普通のラブホテルではなく、特別な設備が揃っている専用のホテルだ。知り合いのスタッフにお願いして、希望の部屋を押さえてもらい、ロケーションを整える。
その後、僕は自室に戻って、必要になるグッズを通販で購入した。テープ、ローション、鎖、革製の手錠、ろうそく、電気ショックを流すジョークグッズ……。要望通りコミックと見比べ、できるだけ色や形が近いものを選んでいく。届くのは最短で二日から一週間ほどかかるらしい。在庫が確保でき次第、ぽつぽつと僕の部屋にアダルトグッズが届くんだろう。なんにもない僕の部屋に、ぞくぞくと極彩色のおもちゃがそろっていく様子は、なんだか少しシュールな光景に思えた。
次の日には人を縛る練習を始めた。ホームセンターで真新しい縄を買ってきて解したあと、膝で教本を押さえながら、トルソーに縄を巻いていく。
「あ~どうだったっけ」
かつて人間の縛り方は覚えたはずだが、時間が経って多くの部分が抜け落ちてしまっていた。関節を痛めて怪我をすることもあるので、適当に済ませることもできない。勘を取り戻すために、もう少し時間をかけて練習する必要がある。
用意したトルソーは男体を模している。胸部分にゆるやかな膨らみがあり、肩幅が広い。そして腰回りがしまっていて、理想通りの体をしている。僕はそれに赤い縄を縦に横に、斜めに巻いて、縛り上げていく。三週間後に僕の腕の中にいるのは、あの少年なのだ、と思いながら。
その後に衣装合わせをする。コミックにでてくる僕の役名は、「游也」という。外資系のベンチャー企業で働いているが、他人を蹴落とすことで心を病んでしまった。そんな中、ひと目惚れした主人公を拉致監禁をして、みずからの慰めとする……。そんなキャラクターなので、隙のないビジュアルを作らなければならない。
僕はワイシャツとスラックスをクローゼットから引っ張り出し、ひさびさに着てみる。サイズにおかしなところもなく、ボタンも揃っていて、虫食いもない。そして姿見に体を映し、自分の姿とコミックに出てくる「游也」を見比べた。そうすると、明らかな相違が目につく。
「髪が……」
僕は自分の髪に指を差し入れる。僕の髪は手入れを忘れた繁みのように、奔放に伸びていた。一方で、游也は髪を明るい金色に染めていて、前髪を束にして遊ばせている。ここで齟齬が生じるといけないので、事前に美容室に行く必要がある。僕は「美容室の予約」をタスクリストに加え、それから衣装を脱いだ。特に汚れているところもないが、念のためクリーニングに出す必要がある。
こんな風に三週間後の準備をひとつひとつ進めていく。頼んだアダルトグッズが届いたら動作確認をしないといけないし、当日までに生身の人間を使ってリハーサルもしたい。あれもこれも……。
最後に買い忘れているものがないか、もう一度ヒロマくんから借りたコミックを読んでみる。セリフを口に出してみて、現実との相違がないか確かめる。そうするうちに、気づくことがあった。
「脚立、必要だな」
コミック内では描写されていないが、人間を吊すとき、脚立があると便利に使えるのだ。吊した後に位置を調整したり、縄から下ろしたりするときに使う。しかし持っていた脚立は、去年の暮れに処分してしまった。
実物を見ることなく、脚立を通信販売で購入することは躊躇われた。思っていたより高かったり低かったりすると、当日のプレイに支障が出かねないからだ。たとえ面倒でも、実物を立ててみる必要がある。
きっと僕はホームセンターで店員を捕まえて、しれっと脚立の場所を聞くんだろう。それで、「これに登って、庭木の剪定します」みたいな顔をして買っていくんだろう。庭どころかベランダさえない、狭いアパート暮らしだっていうのに……。
夜になると、僕は机に向かって「アイの即興曲」を開いてノートにセリフを書き出し、口に出して暗記する。游也は主人公よりもセリフが多いので、覚えるのにも時間がかかる。毎日少しずつ覚えて馴染ませていかないと、当日に間に合わなくなるだろう。
「『おとなしく、イイコにしてろよ』、『口では嫌がってるけど、こっちの才能あるんじゃないのか』……」
こうして準備をしている間に、ひとつ、どうしても拭いきれない不安があった。それは、ヒロマくんが役に入り切れるのか、ということだ。当日になって怖気づいて、やっぱりやめます、と言うんじゃないか、という懸念だ。その場合、プレイを始めて、彼が「やめて」と言った場合、本当にやめたほうがいいのか判断できない。こればかりはどんな準備もしようがないので、その場で体当たりで芝居を作っていくしかない。
「『もう素直に認めたらどうだ?』『自分が淫乱なんだって……』」
セリフを覚えていると、すぐに夜が更けていく。真夜中に部屋の隅で、アダルトコミックのセリフを書き写してつぶやく様子は、ともすれば僕の姿は狂人に映るだろう。でもこうやって向き合わないと、ヒロマくんを救うことができないのだ。
どうかこの努力が報われ、当日、演技の神様がほほ笑んでくれますように、と僕はこっそり十字架を切った。
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