第四話 忘れてないよね? アタシが魔王だってこと!


「というわけで、此度の無礼を詫びに来た。我が同胞が手間をかけた、申し訳ない」

「むぐぐ、むぐうう!!」


 ああ、眩しい朝日が徹夜の目に染みる。あれからアタシとイーちゃんは色々準備して、準備万端で進軍しようとしていたフィリーシャ王国軍の前に立った。傍らにはイーちゃん、足元には縄でぐるぐる巻きにしたヘルムート。

 準備とは言っても、着替えて髪を整えて化粧もして、森に勝手に作りがった拠点をぶち壊して、首謀者のヘルムートを捕まえて反抗軍を再起不能にしただけだが。


「……魔王ブリジット。そちらの言い分によると、今回の襲撃は……今、あなたの足置きにされているヘルムートの独断であったと?」

「いかにも」

「そんな言い訳で許されると思ったのか⁉ ルーシェ様にあれだけの傷を負わせておいて、なんて都合のいいことを!」


 人間の兵が叫んだ。確かに、アタシは関係無いから許してねっ、は図々しいにも程がある。

 だから、ちゃんとお詫びの品を持ってきた。アタシは持参した小瓶を人間たちに見せる。


「そのルーシェとやらの傷に効く薬を持ってきた。これを飲ませれば、瀕死の人間でもすぐに目を覚ますだろう」

「嘘を言うな!」


 あう、嘘じゃないのに! これ魔王秘蔵の薬っすよ? これ一本でわりと立派な屋敷に死ぬまで暮らせるくらいの価値あるのよ?


「……その薬、本当にくれるのかい?」

「無論。詫びの印だ」

「れ、レイ様⁉」


 意外にも、レイはすぐに信じてくれたようだ。でも、その手はなぜか剣を抜いた。

 静かで、水のようにしなやかな構え。それでいながら、燃え滾る闘気を隠そうともしない。

 びりびりと痺れるような空気。彼は本当に人間なのか疑いたくなる。


「って、なんで剣を構える? お詫びにあげるってば」


 あれ? おかしくない? アタシの計画では薬を渡して、ヘルムートを連れ帰って終わりって流れだったんだけど?

 思わず素が出ちゃうくらい想定外の雰囲気なんだけども!


「魔王の言うことなど信用できない。でも、人間の薬ではあの子は助からない。それなら――」

「なっ!?」


 反応が、出来なかった。レイの動きは、魔王の目でも追えなかった。

 一瞬で距離を詰められ、彼の碧い瞳にアタシの姿が映り込んで、そして――


「あびゃああ⁉ なにこれ、顔面がべたべたする!」

「あっはは! 魔王はスライムって知らないのかい?」


 粘土か何かで作られたのだろう、べったべたなスライムがいつのまにかアタシの顔面に張り付いていた。

 いや、スライムくらい知ってるし。アタシも子供の頃作ってイーちゃんと遊んだもの。でも、それを二十歳過ぎのいい歳した大人が持ってて、魔王でも補足できない速度で顔面にぶち当ててくるってどういうこと?

 ……いや、そういえばレイは暇な時にルーシェに向かってスライムを投げて遊んでいたわ。

 こいつ、まじでこいつ。


「ふうん、こんな薬が本当に効くのかなぁ? どれどれ……あ、甘くて美味しい。ハチミツみたいな味がする」

「あれっ、いつの間に⁉」

「ちょ、レイ様! 毒見なら我々がしますから!!」


 レイに追いつけないのは、人間たちも同じらしい。どさくさに紛れて奪い取った薬の小瓶を眺め、蓋を開けて一口飲んだ彼に兵たちが驚いた。

 

「うんうん、確かに本物っぽい。これなら薬嫌いで甘いもの好きなルーシェでも飲めるね。さすが、魔王。

「え、いや……それほど、でも?」

「じゃあ皆、薬も手に入れたし、さっさと帰ろうか」


 嵐のような男だ。実際に対峙してみて、改めてそう思った。


「……なんか、色々と凄い男ですね。あれだけ周りを巻き込んで動ける者は早々いませんよ」

「そ、そうね。出来ることなら、二度と会いたくないわ」


 イーちゃんが差し出したタオルで顔を拭く。とりあえず人間たちの気は済んだみたいだし、薬も渡せたのでよしとしよう。

 ……あとは、


「どうします? この、魔王陛下に恥をかかせた愚か者は」

「むぐ⁉」

「反抗軍は拠点を失ったし、解散せざるを得ないから放っておきましょう。この愚か者は……見せしめに火炙り、って気分でもないわねぇ」


 愚か者を踏みつけながら、しばし悩む。

 あ、閃いた!


「そうだわ! メイド服姿で城下町を駆け抜けて貰いましょう。『私は麗しい魔王陛下に逆らった愚か者です』って書いた旗を持ちながら」

「むぐぐ⁉ むぐ、むぐぐ!!」

「お言葉ですが、陛下。この愚か者が着られるようなサイズのメイド服なんてありません」

「甘いわね、イーちゃん。無いなら作ればいいのよ。その後もメイドとして働かせれば、無駄にはならないわ」

「流石陛下、魔王の名に相応しき悪趣味。新しい将軍共々、すぐに手配します」

「むぐー!」


 哀れな愚か者は、手足をばたつかせることすら出来ない。


「とりあえず、人間の方はいいとして。問題はこっちね。これからはちゃんと、魔族の皆のことも気にかけてあげないと」

「具体的には?」

「そうね……例えば、こういうのはどう?」


 忌々しいくらいに爽やかな朝だが、心を入れ直すには相応しい。愚か者を引きずりながら、アタシはイーちゃんと今後の話をしながら共にお城への帰路を歩んだ。

 

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