第三話 気のせいだと思うことにした。
※
『ごめんなさい、ごめんなさい! ルーシェ様、わたしのことを庇って……』
「やれやれ、ヘルムート将軍め。面倒なことをしてくれましたね」
女性の悲鳴じみた懺悔が心を抉る。目を背けたくなるような光景に、向かいに居るイーちゃんが訝しんだ。
水晶玉が映すのは、ぐったりとベッドで眠るルーシェの姿。さっき妄想した通りの姿だが、彼の顔色はかなり悪い。それに、腹部には深い刺し傷。致命傷は避けられたのだろうが、出血が酷い。このままでは、近い内に息を引き取ってしまうだろう。
違う。アタシが見たかったのは、こんな光景なんかじゃない!
「イーちゃん……ヘルムート将軍は今、どこに?」
「森に作られた拠点です。白騎士の猛攻に一旦引いたようですが、再度攻撃を仕掛けられるよう態勢を整えております」
真夜中であるにも関わらず、イーちゃんの働きは迅速で正確だ。彼のおかげで、大体の状況は把握出来た。
纏めると、昼間に追い返したヘルムートがアタシに反抗的な勢力を集め、反抗軍を名乗り、フィリーシャ王国に侵攻した。
反抗軍は約百人という小規模なもので、正規軍とは比べ物にならないくらいに粗雑な組織だ。フィリーシャ王国軍が遅れをとるようなものではなかったが、夜中という時間帯が悪かった。魔族は人間とは違って夜目が利く。
結果的に王国側に甚大な被害が出た。その中でも一番痛いのが、ルーシェだろう。彼は、魔族に襲われかけていた女性を庇って大怪我を負ってしまったのだ。
「ああもう! 面倒なことをしてくれたわね、あのトカゲジジイ!! イーちゃん、とっととトカゲジジイをしばきに行くわよ」
「はい、と言いたいところですが。陛下、少し落ち着いてください」
「落ち着いてなんかいられないわよ! だって」
「陛下、あなたは魔王なんです」
はた、と言い淀む。多分、イーちゃんも似たようなことを考えたのだろう。
アタシは魔王だ。ならば、今からは魔王として行動しなければならない。感情に流されては駄目だ。
「ヘルムート将軍の行動は魔王の意に反しており、許容は出来ません。しかし反抗軍を力でねじ伏せれば、魔王は人間の味方として見なされ、魔族の不満はさらに増大するでしょう。陛下、あなたのこれからの行動が我々の未来を大きく変えることになる。その覚悟はありますか?」
イーちゃんの言う通りだ。これは、アタシが撒いた種でもある。アタシが妄想に夢中になりすぎたせいで、魔族の不満が膨れ上がり、こんな事態を引き起こしてしまった。
どうすればいい? 魔王として、どうすれば――
『レイ様、すぐに魔族を八つ裂きにしましょう。あなたが居れば、我々は負けません』
『ルーシェ様にひどいことをした魔族を許せません。仇を取りに行きましょう!』
騎士たちがルーシェの名を口にする度に涙を流し、レイに詰め寄る。無理もない、ずっと見てきたから知っている。
ルーシェは日々、レイに勝つために努力を積み重ねていた。それはもう、剣の鍛錬に始まり走り込みや魔物狩りなど何でもやる。
思考が単純だからか、周りに上手く言いくるめられて荷運びや畑の手入れ、気がついたら迷い猫を探して路地裏を走り回っていることも少なくない。そしてお礼として渡された果物や野菜を山ほど持って帰ってきてはレイに大笑いされる。
そんな愛されキャラなルーシェが死の淵を彷徨っているのだ。皆、悔しいのだろう。
『レイよ、そなたはどうしたい? ルーシェの仇討ちをしたいなら、許可するぞ』
『陛下、お心遣いありがとうございます。仇討ち、か……』
傍らに居る王様――フィリーシャ王国の王様だ。アタシより三十は年上で、レイとルーシェを我が子のように可愛がっている――が、暗い表情でレイを見やる。
『そうだよね、あの子を傷つけられて黙っているわけにはいかないよね』
レイのその一言に、周りがおお! と沸き立った。レイのカリスマ性はアタシから見てもずば抜けたものがあり、正直敵に回したくないし回したら勝てるかどうかすらわからない。ルーシェには悪いが、レイは神に愛された天才としか言いようがない。
だからこそ、何度負けても心折れずに挑んでくるルーシェはレイにとって特別なのだろうが。なんて思っていると、思わず息が止まった。
レイが、アタシを見ていた。
「え……」
『確かに、このままではルーシェは数日の内に死ぬでしょう』
レイがアタシを見ながら、残酷な事実を口にした。しん、と辺りが静まり返る。誰もがレイの言葉を聞き漏らすまいとしていた。
『でも、だからといってこのまま感情に任せて森に行くのは行くのはあまりに危険すぎる。森は魔物の住処であり、夜の魔物は強い。無理に進軍し、兵達に犠牲が出るのはそれこそルーシェの願うことではありません』
『し、しかし』
『朝……夜明けを待ってから、不届き者のヘルムート、並びに魔王ブリジットの首を頂きに参りましょう。それまでに皆、準備と休息を』
『……はい!』
皆が涙を堪えながら、士気を奮い立たせた。もうレイはアタシを見ていない。というより、そもそも見えない筈。アタシの魔法は、人間には見えないようになっているのだから、さっき目が合ったのは偶然でしかない。
うん、きっとそうに違いない。
「……白騎士は立派ですね。感情に流されず、即座に最善の選択が出来るとは」
イーちゃんが素直にレイを称賛した。本当にそう。ヘルムートとは比べるもの恥ずかしいほどに優秀だ。彼はヘルムートだけではなく、その背後にアタシが居ることをちゃんと考慮している。
考慮しながら、勝算があると見て進軍を決めたのだ。性癖……ではなく、戦慄に背中がぞわぞわする。
「で、陛下。こちらはどうします?」
イーちゃんがアタシを見る。どうするか、なんてもう決まっている。おそらく、彼も悟っているだろう。
「ふふ……決まってるじゃない」
アタシは、腹を括った。
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