第ニ話 ちなみに魔王モードは威厳のために必要らしいです。めんどくさ!

 この世界には人間と魔族が居て、お互い相容れない種族だと認識している。

 時代によっては戦争をしていたこともあったが、今はお互いに不干渉。黒の森を境に、それぞれがそれぞれの生活を送っている。

 アタシやイーちゃん……イーフォ大臣も人間たちとは関わりあいたくない派――水晶越しに見るのは好きだけど――なので、アタシが魔王で居る限りは人間との戦争は起こさないつもり。


 ……だったのだが、


「魔族の中には、日和見主義の陛下に不信感を抱いている者が少なくありません」


 髪とメイクをばっちり整え、パジャマからドレスに着替え終えたアタシはバッキバキの魔王モードで玉座に君臨した。

 控える兵の中には大粒の汗を流して震えあがっている者も居るというのに、アタシに抗議しに来たこの男は苛立ちを隠そうともしない。


「我は人間たちを常に監視している。不穏な動きがあれば、すぐに人間たちを焼き払い根絶やしにしてやるとも。ヘルムート、貴様が瞬きする間には全てが無に消えていよう」


 そう言いながら睨みつければ、ヘルムートが僅かに震えたように見えた。でも、彼はリザードマンなので表情がわかりにくい。

 あと、腹立つくらい身体が大きい。三段くらい高い位置にある玉座に座っても尚、彼が見下ろしてくるとはどういうことなの。

 アタシも立とうかしら。


「陛下のお力の強大さは存じております。しかし、それも使わなければ無意味では?」

「何が言いたい」

「陛下……ブリジット様、あなたのお力があれば、この世界の全てを支配することが可能でしょう。そしてそれは、我々魔族の悲願であるはず」


 ヘルムートが真っ直ぐにアタシを見てくる。確かに、昔から魔族というのは何かと支配欲が強くて血の気が多かった。過去に起こった戦争も、大体が魔族が仕掛けたものだし。

 悲願かどうかは知らないけど。お互い関わらなければ、誰も傷つかないし。別に領土が足りないわけでもないので、日和見と言われようが猫に小判と言われようが自分のスタンスを変えるつもりはない。


「話はそれだけか? くだらん。我は忙しい。次に我の邪魔をした時は、相応の苦痛を味わわせてやる。肝に命じておけ」


 アタシは白黒の日常を眺めながら、甘美な妄想を繰り広げるので忙しいのよ! そんな本音をそっと隠しつつ、まだ何か言いたげなヘルムートを無理矢理帰らせた。



 で、事件が起きた。


「うっふふーん。いいお湯だったわーん。今日はよく働いたし、言うことなしの一日だったわねぇ」


 お風呂から上がって、愛用のパジャマに着替えて水晶玉を抱き込みベッドへとダイブする。

 時刻は真夜中。魔族も人間も寝静まっている頃。つまり何かっていうと、お休み前の推し成分補充タイムである。


「皆が寝静まった静かな夜は、秘密を隠すには絶好の時間。昼間はいがみ合う二人でも、誰も見ていない今はお互いの本音を肌ごと素直にさらけ出すのよ!」


 うん、わかってる。白騎士と黒騎士が全くそういう関係じゃないって。でも、だからこそ妄想だけが盛り上がってしまう。

 普段は纏めている黒髪をシーツ散らばせて、綺麗な顔を真っ赤にするルーシェ。そしてそんな彼を組み敷くレイ。いつもは爽やかな王子様な彼も、今だけはそんな仮面を捨て去り本性はケダモノで……


「ふぁああ……いい、いいわ。一回でいいから見てみたい……お願いします神様仏様騎士様方、そんな感じの濃厚な絡みを見せてください母が危篤なんです嘘ですとっくの昔に死にました」


 水晶玉に念を込め、いつものように映像を映し出す。まあ、結果なんてわかってるけどね。

 どうせ今夜も同じように、二人はそれぞれの部屋で眠っていることだろう。レイは寝相が悪く、ルーシェは寝言がひどい。そんな二人の寝姿に落胆しつつ、アタシも昼まで寝る。

 そういう、いつも通りの夜だと思っていたのに。


「え……なに、これ」


 思わず飛び起きて、目を擦る。見間違いかと思った。

 でも、違う。見間違いなんかではなかった。


『ルーシェ!? しっかりしろ、ルーシェ!!』


 悲痛な叫び。その場に居ないアタシでも、思わず口元を手で覆ってしまう程の凄惨な光景。

 ――血まみれで倒れたルーシェ。そしてそんな彼をなんとか助けようと、いつもの冷静さをかなぐり捨てたレイが、何度も名前を叫び続けている姿が映っていた。

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