魔王様♀は推したち♂の部屋の壁になりたいそうです

風嵐むげん

第一話 今日も魔王様は推したちを覗き見するので忙しい

 とある日の穏やかな昼下がり。国境沿いの国、フィリーシャ王国の片隅で、少々穏やかではない光景が広がっていた。


「ふっふっふ、また私の勝ちだねぇ。まあお前もだいぶ腕を上げたけれど、まだまだ師匠としてのお株は奪わせないよ」

「ぐぬぬ……!」


 国と国の境目である黒の森に、積み重なる魔物の山。それも二つ。高さに違いはあれど、どちらもおびただしい量の死骸。この二人、制限時間内にどちらが魔物をより多く退治できるかを争っていたのだ。

 個人的には……見たくなかった光景である。


「今度の罰ゲームは何にしようかなぁ。激マズ野菜ジュースの一気飲みにしようかなぁ。でもそれはこの前やったし……その長い髪の毛を少女みたいにツインテールにするとか。あ、それならいっそ女装とかどうかな?」


 血なまぐさい風にさらりと揺れる金髪をかき上げて、海のような碧い瞳で相手を見下ろす。端正な顔面に、爽やかな笑顔を飾る白銀の鎧の騎士。

 彼の名前はレイ。彼の前を行く者はこの世に存在しないとまで言われる、王国一の騎士だ。アタシは勝手に白騎士って呼んでいる。


「じょ、女装⁉ 絶対に嫌だ! なんて悪趣味! レイは悪趣味だと旗に書いて国中を駆け巡ってやる!!」

「あっはは! それいいねぇ、今回の罰ゲームはそれにしよう。いやあ、ルーシェは本当に面白いなぁ。いいライバルを持てて幸せだよ」


 膝をついて落ち込んでいたかと思いきや、レイのとんでもない提案に飛び起きて灰色の瞳で睨みつける青年。

 背中まで届く黒髪を一つに纏め、女性でさえ嫉妬する美貌を屈辱に歪める漆黒の鎧の騎士。

 彼の名前はルーシェ。レイには及ばずとも優秀な騎士だ。アタシは黒騎士って呼んでいる。

 この二人、関係としては師弟。レイが師匠、ルーシェが弟子。しかし師匠とはいっても、彼らの年齢は五つしか離れていないので先輩と後輩の方が近い気がする。

 レイは意地悪だし、ルーシェもあまりレイのことを師匠扱いしていないもの。

 

「うう……どうして俺は、いつまでもレイに勝てないんだ。剣も、勉強も、全部負けている……身長しか勝てる要素がない」

「おっ、今煽った? 煽ったね?」


 そう、実は身長はルーシェの方が頭半分くらい勝っている。レイにとっては、そこだけがコンプレックスらしい。


「まあ、今は気分がいいから聞かなかったことにしてあげよう。そろそろ帰ろう、ルーシェ。まだまだ私たちには仕事が山積みだからね。具体的には、激マズ野菜ジュースを一気飲みしてから髪の毛をツインテールにして女装姿で私が悪趣味だと書いた旗を背負って国内を全力疾走するのだろう?」

「なんか色々増えてる!」

「あっはは! ほら、行くよ」


 嫌がるルーシェを引き摺るようにして、二人はその場を立ち去った。景色以外はいつも通り……いや、景色もわりといつも通りか。森に放した魔物は、彼らに勝てる程強くないし。

 まあ、魔物はいいや。また作ればいいし。でも、罰ゲームが気になる。

 激マズ野菜ジュースはこの前見たけど……。ルーシェが女装……しかも、ツインテール……メイド服かな? フィリーシャ王国のメイド服はフリルとレースが多めのフリッフリ仕様だから体形も隠れるし、ルーシェは陰気臭いけどイケメンなので意外と着こなすかもしれない。

 そんなルーシェに、レイはどんな反応をするかしら。確実に大笑いする。いや、意外とルーシェの美貌を思い知るかもしれない。

 そして、そして? そのあとは? レイはルーシェの嫌がることが大好きだから、よく観察するかも。

 どうやって? そりゃあ、ルーシェを押さえつけて……こう、押し倒すとか、ベッドに。


 ふーん、えっちじゃん。



「ふぁああ!! 何それ、何それ尊い! 美味しいんですけど!! 今すぐ彼らの部屋の壁になりたい!」

「やかましいですよ、陛下」

「んびゃふッ!」


 分厚い書類が、アタシの顔面を叩く。結構痛い。しかもアタシの魔法が途切れたからか、『物見の水晶玉』がぶつんと音を立てて沈黙してしまった。


「あ、ひどい! 今いいところだったのに!」

「知りません。まったく、これが魔族の長……希代の力を誇る麗しき魔王、ブリジット様の真の姿だと知ったら民は暴動を起こすでしょうね」


 書類をアタシの顔面にぶち当てたまま、はあ……とため息が投げつけられる。書類に遮られてるけど、不機嫌さを隠そうともしない無表情が見える。見えるぞ。

 ダークエルフの真顔ほど怖いものは無い。猫のような柔らかい紅い髪に、褐色の肌。翡翠のような澄んだ緑の瞳がアタシを蔑んでいる。


「なによう、ちゃんと魔王らしくこうして人間たちの様子を見張ってるんじゃないの」

「そうなんですか。僕が入ってきた時には奇声を上げながら床を転がっていたので、また白黒の騎士二人でいかがわしい妄想でもしてるのかと――」

「白黒! さっすがイーちゃん!! やっぱりこの場合は白騎士が左側よねっ。よっ、イーフォ大臣!」


 書類を跳ね除け立ち上がり、不機嫌丸だしな彼の肩をバシバシと叩く。

 さすが幼馴染。彼ならわかってくれると信じていた。


「年上攻……それも王子様みたいな顔していながら、意地悪で腹黒。強気で頑固な美少女受を、その偏差値高めの顔面で絆して美味しくいただくのよ!」

「無意味だとわかっていますが、レイとルーシェはどちらも男です」


 なんか念を押すように言われた。知ってるもん。


「ものの例えよ、例え。それで、イーちゃんは何しに来たの? 今日はお仕事休むって言ったじゃない」

「今日は、ではなく。今日も、ですが。そのことで、ヘルムート将軍が抗議をしに来ています」

「げ、マジで!?」

「マジです。だから、さっさと着替えて謁見の間へ急ぎましょう。あの人は待たせたら必要以上にうるさいですからね」


 お菓子やクッションで散らかった床はそのままに、私はドレッサーの前に座らせられた。

 緩やかなウェーブがかった紫の髪に、禍々しくも見るものの心を奪う深紅の瞳。禍々しい巻き角に、竜を思わせる牙、暗夜を切り裂く翼。

 そして傷一つない肌に、数多の欲望を滾らせる完璧な身体。まあ、今は髪の毛ボサボサだし、昼過ぎだというのに着古したパジャマなので我ながら色々と残念だが。

 そう、アタシは魔王。魔王ブリジット。美しくも恐ろしい魔の支配者である。


「ところで話は戻りますが、また例の白と黒の騎士を覗き見していたんですよね。どのような様子でしたか?」

「黒の森の魔物が増えすぎたからか、今日は魔物退治で勝負していたわよ」

「そうですか。とりあえず仕事はしてますよ、という体裁のために量産した魔物が呆気なく掃除されたんですね」

「そうなのよ、悲しいわ。百匹作るのに三分もかかったのに」


 くすん、と鼻を鳴らしてみる。しかしイーちゃんは同情してくれることなく、アタシの髪を淡々とクシで梳かしている。


「あの騎士二人……このまま競い合い続けてくれれば、お互い平穏に過ごせますね」

「そうねぇ……それをよしとしない頑固者も居るけどね」


 本来の艶を取り戻していく髪を眺めながら、アタシはこれから面会するであろう将軍の厳つい姿にうんざりするしかなかった。

 


 

 

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