お題に答えて/8

 チャチャッと話をまとめて、


「勝手に進めやがって。それはオレの呼び方だろ、野郎どものよ」


 兄貴の文句もスルーして、ケーキを次の人へ強制的に回した。颯茄とは対照的に、落ち着いている貴増参はこほんと咳払いをし、


「職業はいいですね、先ほど言いましたから。僕の好きなものは車です」

「珍しく順調だ」


 ボケもなく笑いもなく、進んでゆく。ケーキは横滑りしたが、独健の鼻声でもたついた。


「俺は料理だな。あ、あと、サッカー。あ、あと……」


 まだ言おうとしている夫の前から、妻はケーキをかっさらって、


「いやいや、爆弾が爆発するので、次に回してください」


 張飛の前に強引に置かれた。彼は焦るでもなく、腕を胸の前で組んで、


「俺っちの好きなものは武術っす」

「あれ? 被ってるってこと?」


 妻は初耳である。


「被ってると言うか、夕霧に教えてもらってるっす」


 颯茄は斜め前に座っている武道家の夫をチラッと見て、


「え、そうなの? それは知らなかった。いいこと聞いた、よし!」


 夫たちは不思議そうな顔をした。妻はなぜ今ガッツポーズを取っているのだろうと。


 素早くポーズを解いて、妻は自分の元へとケーキを引き寄せる。焦ってはいるが、聞きたいのだ。まだまだ色々と。


「じゃあ、三周目です。次は苦手なものを答えてください」


 電光石火のごとくお題を決め、手に汗握るターンが始まった。


「私はお金かな?」

 

 だが、回答にツッコミが夫たちから返ってきてしまった。ペンダントをチャラチャラとシャツの上に落とした、焉貴からまずひとつ目。


「どういう意味で?」


 聡明な瑠璃紺色の瞳は自分の爪を見つめていて、孔明がふたつ目。


「人生いろいろあるからね。そういう時もあるってこと〜?」


 颯茄は真面目な顔をして首を横へ振る。


「いや、今だけじゃなくてずっとです。お金って制度がなければ、悩むこともなくなると思うんだよね。お金がないって。お金のために目の色変える人もいなくなる。だから、お金が世の中から消えてほしい」


 妻は言い終えると、夫たちは感慨深そうに言った。


「なるほど」


 しかし、それ以上は追及されず、ササッと蓮の前にケーキが回った。


「汚れることだ」


 奥行きのある少し低めの声で、すぐさま返ってきたが、また焉貴と孔明が止める。


「さっきの逆でしょ? それって」

「蓮って、ある意味、まっすぐかも〜?」


 超不機嫌俺さま夫はまた火山噴火をさせた。テーブルを力任せに叩き、衝動でケーキが数センチ上にポーン飛び上がる。


「お前ら、俺に構っていないで、先に進ませろ。俺のところで爆弾が爆発するのは、絶対に許せない! 服が汚れる」


 無事ケーキがテーブルに着地し、どこかボケている蓮に全員が物言いをした。


「惑星が崩壊するんだから、心配する範囲が間違っている……」


 二番目に結婚した光命が、自分でケーキを引き寄せて、夫として、妻にこんな言葉を贈った。


「それでは、私の苦手なものは、颯が悲しい顔をすることです」

「うほっ、言っちゃった!」


 焉貴はフルーツジュースを頭の上からザバーッとかぶり、ずぶ濡れになっているボブ髪を子供みたいに左右に揺らした。


「俺も、や〜」


 夕霧命、独健、月命、貴増参、明引呼、孔明、張飛から、順に同意の声が上がった。


「俺もだ」

「僕もです」

「オレもだ」

「ボクも〜」

「俺っちもっす」


 蓮はなし。だが、妻はそれどころではなく、適当にお礼を返した。


「あ、あぁ、ありがとうございます」


 落ち着いている夫たちは、妻からの再度冷めた対応に、ため息をつく。


「反応、うすっ!」


 妻としては早く進めてほしい。せっかくお題を振ったのだから。


「はいはい! 次です。夕霧さん」


 そして、地鳴りのような低い声で、似たようなものが出てきた。


「光が悲しい顔をすることだ」


 二周目、三周目で、どっちもどっちの回答をしている、光命と夕霧命。


「うほっ、また来ちゃった〜! ラブラブ〜!」


 カラのグラスを天井に向かって投げ、ハイテンション絶好調の焉貴の頭上で、グラスはすっと消え去った。夫二人の熱々ぶりに、妻は先に進めるのも忘れて、納得の声を上げた。


「本当ですよね〜。毎日、いやどこでも、いつでも……。夕霧〜、光〜! ですもんね……」


 廊下で、玄関で、寝る時、起きる時、どんな時でも。冷静な水色の瞳と無感情、無動のはしばみ色の瞳は出会ってしまえば、世界で一番美しいお互いの名前を呼び合って、ラブロマンスという二人きりの世界で、すっと目を閉じるのである。


 焉貴先生の元へ、時限爆弾ケーキはやってきた。


「じゃあ、俺〜? そうね? 子供が悲しい顔するの」

「おや? 先に言われてしまいましたか〜」


 困った顔をして、こめかみに人差し指を突き立てている、小学校の歴史教師。ここは教師が横並び。


「月、お前もね」

「えぇ、僕たちは教師ですからね。子供の心だけでも守りたいと思いますよ」


 同意見なら、ケーキは大きく動く。妻は勢いよく、マゼンダ色の長い髪を通り越して、漆黒の髪の持ち主へ振った。


「じゃあ、飛ばして、孔明さん!」


 後れ毛をすく手を、塾の講師はのんびりと目で追いかける。


「ゼリーとか形が崩れるもの〜」


 食べ物が出てきた。当然、料理の得意な独健が反応した。


「好きじゃなかったのか? どおりで残してると思ったら……」


 焉貴がペンダントを手ですくい上げながら、話を伸ばしてきた。


「独健、知らなかったの?」

「何をだ?」

「孔明、デジタル仕様でしょ?」

「あぁ、俺とは違う考え方してるのは、何度も説明されたが……よくわからない――」


 引き延ばすのは絶対に阻止してやるである。あと四人残っているのだ。


「ここはまた後日……ということで! 次お願いします!」


 妻は強引に進ませた。藤色の長めの短髪の前で、ケーキは立ち止まる。そこには、時限爆弾とかそういう問題ではなく、もっと深刻でシリアスな話が、明引呼の程よい厚みのある唇から出てきた。


「オレは、悪だな」


 兄貴は許せなかった。だが、従うしかない毎日だった。颯茄も妙にしんみりとうなずく。


「そうですね……」

「俺っちもそうっす。悪がなければ、みんな笑顔なんす」


 張飛が同意すると、焉貴が山吹色のボブ髪を気だるくかき上げて、


「アッキーとか、マジでその世代だからね」


 食堂の空気がビリビリとした畏敬を感じさせるものに様変わりした。前職が軍師だった孔明から、陽だまりみたいな穏やかさは一気に消え、瞬間凍結するほど冷たい雰囲気になって、こんなことを言いった。


「俺もお前の意見に賛成だな」


 巧妙に言葉がすり替わっていた。油断も隙もない。妻が即行ツッコミ。


「いやいや、孔明さん策略的に、性格変わってるんですけど……」


 デジタル頭脳で、PCの画面をワンクリックで切り替えるように、好青年で陽だまりみたいな穏やかな笑みに戻り、間延びした話し方に戻った。


「そう〜? じゃあ、ボクも賛成かも〜?」

「僕も明引呼と同じですね」


 貴増参も、あの日々を思うと、滅多なことでは怒らない自分も憤りを感じるのだ。焉貴は椅子の上から足を下ろして、大理石の冷たさが裸足に広がる。


「貴もね。その世代だから。独健はどうなの? お前も同じだよね?」

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