お題に答えて/7

 そこで、勘の鋭い独健が今度は違和感を抱いた。


「何だか、いつもの流れに話がいってるような気がするんだが、気のせいか?」


 だが、独り言さえも、あのニコニコの天使みたいな笑みなのに、悪魔みたいなことをしてくる夫――月命のうふふふっという含み笑いでさえぎられた。


「独健は黙っていてください。僕の番です〜。職業は、歴史の小学校教諭です〜。僕の好みは、魚料理です〜」


 帝国は教育にも力を入れていて、小学生から教科ごとに先生が違うのだ。同じ教師の焉貴から質問が飛んできた。


「お前、好きなの、子供じゃないの?」


 光命の時と一緒になりそうだったが、颯茄が素早く両手を頭の上で揺らしながら阻止した。


「いやいや、だから、ものです! 人じゃないです!」


 だが、違和感がやはりあった。妻は表情をできるだけ崩さず、心の中で自問自答する。


(あれ? 焉貴さんもおかしい気がするなぁ〜。正解言ってるんだから、スルーしてくよね? 気のせいかな? まあ……)


 イチゴと生クリームはまだ五人目の夫――月命のマゼンダ色をした髪の前で止まっている。聞きたいのだ。全員の好きなものを。とにかく進めなくては、その気持ちに駆り立てられて、颯茄は言葉を口にしようとしたが、


「じゃあ、次――」


 今からケーキが回るはずの、孔明が止めに入ってきた。


「あれあれあれ〜?」


 爆発するのである。自分の前で止めたら、自身も被害をこうむるはずなのだ。それなのに、焉貴のまだら模様の声が平然と拾った。


「何?」

「月も言わなくていいの〜?」


 のんびり自分の爪を眺めていた隣から、明引呼のしゃがれた声が便乗してきた。 


「あれってか?」


 意味ありげな会話。暗黙の了解。


「レジェンド オブ ルナスです」

「そうらしいな」


 貴増参が言うと、独健は大きくうなずいた。すると当の本人――月命が否定してきた。


「そちらに関しては、僕は知りませんよ〜」

「お前の知らないとこで起きてたんでしょ? それって」


 焉貴はテーブルに身を乗り出して、ペンダントのチェーンをチャラチャラと鳴らした。光命はあごに神経質な指を当てながら、夫の秘密に手をかけた。


「私は結婚するまで、そちらの話は知りませんでしたよ」

「ルナスマジックとやらを教えてくれっす」


 張飛はこう言って、テーブルに肘をつけて、組んだ手の甲にあごを乗せ、聞く体勢バッチリで待ち構えた。


 月命はおどけた感じで「仕方がありませんね~」と言い、 それは本当なのかと耳を疑いたくなるような話をし出した。


「陛下の元を訪れた女性が、全員、僕と結婚したいと申し出ていたそうなんです〜」


 今でこそ、結婚したから収まったものの。当時大変だったのである。このマゼンダ色の髪を持ち貴族的でありながら、邪悪な男のまわりでは。


「モテモテ〜!」


 焉貴のスーパーハイテンションが食卓の上にはじけ飛んだ。颯茄は黙ったまま、話の真意を確かめ、


(陛下はいるから、ここはオッケー。やっぱり気のせいだったんだ)


 彼女から違和感は完全に消え去ったのだ。


 月命は表情を曇らせて、人差し指をこめかみに突き立てた。


「僕は少々困っていたんです〜」

「どう困っちゃったの?」


 歴史と数学の教師で話が進んでゆく。


「僕は罠を仕掛けてもいませんし、彼女たちに対して特別な感情も抱いていません。ですが、なぜか会ったこともない彼女たちが、勝手に僕にプロポーズしてくるんです〜」


 まだ月命に被害が出ないように、陛下の元で止められていたからいいものの。直接きたなら、大混乱になっていただろう。


 媚薬の魔法でも使ったように、女たちがわんさか押し寄せていたのである。本人も頭が痛い限りだ、原因がわからないのだから。


 独健が麦茶を飲み干して、


「それだけじゃないって、聞いたが?」


 月命は短くうなずくが、ギャグとしか言いようのない内容が出てきた。


「えぇ、そうなんです。プロポーズをしてこない女性は、気絶するんです〜」


 月命といったら、女といっても過言ではなかった。ニコニコのまぶたから珍しく顔をのぞかせているヴァイオレットの邪悪な瞳を、張飛が人懐っこそうな瞳で見つめた。


「すごいっすね、ルナスマジック」


 女に関しての珍事は、結婚したと同時になくなった。だが、月命という男は未だ旋風を巻き起こし続けているのである。


 明引呼は指先を、イチゴと生クリームという仮面をかぶった時限爆弾に向けた。


「でよ、その名残が、ケーキってか?」

「どうなんでしょう? 僕が歩くと、知らない方がプレゼントを持ってくるんです~。僕が何かをしようとすると、代わりにやってくださるという方が必ずいらっしゃるんです~」


 強運の持ち主だった、月命は。欲しいものは勝手に向こうからやってくるのだ。おかしい限りで、妻は首を傾げた。


「どうしてそうなるんだろう?」


 だが、説明のできる夫がいた。地鳴りのような低い声が専門用語を交えて、


「その気の流れではそうなる」

「えっ!?」


 全員の視線が、夕霧命に集中した。


 だが、ここで詳細を言われては、進まないのである。妻はささっと仕切り直し。


「それは、後日聞きます! 次お願いします」


 ずいぶんと月命の前で止まっていたケーキは、やっと進み始めた。


「じゃあ、ボク〜?」

「はい、孔明、答えちゃってください!」


 焉貴が言うと、孔明は今度は真面目に答え出した。


「職業は、ビジネス戦略などをはじめとする私塾の講師〜。好きなものは青空」

「確かに、よく空見てる」


 納得の声が全員から上がると、すぐさまケーキは漆黒の髪の前から消え失せ、テーブルの上に乗せられていた、明引呼のウェスタンブーツは一旦床に下された。


「アゲインでオレってか? 職業は農家だ」


 順調に進みそうだったが、明引呼の回答に、孔明が待ったの声をさっそくかけた。


「あれ〜? それだけじゃなかったと思うんだけどなぁ〜」

「ただの農家ではないでありませんか?」


 光命からも質問が飛び、月命の邪悪な視線が、鋭いアッシュグレーの眼光を侵食するように捉えた。


「デパートにしかおろしていないブランドの食肉農家ではないんですか〜?」

「まあな」


 明引呼は特に自惚うぬぼれるでもなく、ただただ肯定した。孔雀印くじゃくじるしの肉は皇室御用達なのである。だが、さっきのツケが回って、もうひとつ答えなくてはいけない。先に進ませようとしたが、


「好きなもんは……」


 焉貴のまだら模様の声が割って入り、


「男のロマンでしょ?」

「ボクもそう思うかも〜?」


 孔明が爪を見ながら同意する。違うものを言われて、明引呼は聞き返した。


「あぁ?」


 それはうだるような暑さの中で、熱風に吹かれ、どうしようもなく気だるいような声だった。貴増参が胸に手を当てて、誇り高く微笑む。


「男性に慕われちゃってる、僕の夫のひとりです」 

「慕われってかどうかは知らねぇけど、それは部下――」


 話が長くなりそうな予感が漂っていた。もう二周目の後半である。妻の鼓動は嫌でも早くなり、思っきりマキが入った。


「じゃあ、好きなものは、にしときます。はい、次お願いします」

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