お題に答えて/6

 どうしてこの回答なのかわかって、隣に座っていた光命が神経質な手の甲を唇につけて、くすくす笑い出した。


「おかしな人ですね、蓮は」


 他の夫たちはわからず、毒気を抜かれた顔になった。


「????」


 だが、わかっている夫はもう一人いた。焉貴はボブ髪を大きくかき上げ、


「お前、それって、ひとつ抜けてんだけど……」

「どうして、それが出てきたんだ?」


 独健のひまわり色の髪が、颯茄と張飛を間に挟んで蓮をのぞき込んだ。


「…………」


 だが、当の本人の鋭利なスミレ色の瞳は右往左往するだけで、言葉は返ってこず。どうやら、本人もわかっていないようだった。焉貴から感性で飛び越した間の説明がやってきた。


「綺麗、からきたんでしょ?」


 ――好きなものが綺麗好き?


 初っ端止まっている時限爆弾。妻は首をかしげながら、


「その好きなものじゃなかったと思うんだけど……」


 もう一度夫の横顔を見上げようとしたが、刺し殺しそうなほど鋭利なスミレ色の瞳が、思いっきり上から目線で降り注いでいた。


「っ!」


 颯茄は慌てて顔をそむけ、ボソボソとつぶやき、「あ、あぁ。にらみで強行突破……」ちゃっちゃと先に促した。「じゃあ、光さん。今度は職業きちんと答えてください」


 ケーキは無事に進み出した。紺の髪を細い指先で、耳にかけた光命はうなずき、「えぇ、構いませんよ」今度はきちんと答え始めた。


「作曲家でもありピアニストです」


 今度はあっている。だが、孔明の間延びした声が引き止めた。


「それだけなの〜?」

「お前、違うでしょ」

「そうだったでしょうか〜?」


 焉貴も引き止めている隣で、月命が困った表情をして、人差し指をこめかみに当てていた。光命の紺の長い髪は、首を横に振ったことで、サラサラと揺れる。


「違ってなどいませんよ」

「あぁ? あんだけまわり巻き込んどいてよ。シラ切りやがって」


 明引呼の太いシルバーリングは、ジンのショットグラスにカツンとあたった。この話についていけていないのは、独健と張飛であった。


「どういうことだ? 俺にはさっぱりなんだが……」

「俺っちもよくわからないっす」

「光は昔から、人ごみを歩くと、全員振り返る」


 一番長く付き合いのある夕霧命が答えると、焉貴のハイテンションが入り込んできた。


「誰が見ても、本当綺麗だからね。光ってさ」


 この男、要注意なほど絶美。この世界は永遠。それなのに、ガラス細工のように壊れやすい儚げな美しさを持つ。だからこそ、人々は惹きつけられるのだ。しかも、雰囲気は中性的。ピアニストでなくても、ファンクラブがあるほどなのである。


 似たような雰囲気のある月命の、凛とした澄んだ丸みがある女性的な声が追加の言葉を告げた。


「そちらだけではありませんよ〜? 悪戯をしてきます〜」


 夫婦間で悪戯。お子さまこの上ない、この優雅な王子ときたら。だが、妻は全然違うところで引っかかった。


(あれ? 月さんもおかしい気がするなぁ〜? 話してくるなんて珍しいなぁ)


 颯茄の違和感は放置され、独健の鼻声が斜め前の夫の名前を口にした。


「それは、孔明も一緒だろ?」


 悪戯坊主、もう一人現る。間延びはしているが、クールなイメージの孔明までもと、妻があきれていると、貴増参の右手は胸に感慨深く寄せられたのだった。


「違います。僕は知ってしまったんです。策略をしてくるのは、光、焉貴、月、孔明の四人だと」


 特徴的な明智家であった。明引呼の手が貴増参のそれをバンと叩く。


「貴、てめぇもシラ切りやがって。てめぇも時々してくんだろうがよ」

「僕の名前は貴増参です。省略しないで――」


 夫の口癖が出そうになったが、まだ二人目であり、妻は大声でさえぎった。


「すみません。好きなものから遠ざかってます!」


 そして、光命は続きを答えたが、隣に座っている夫の名を口にした。


「夕霧です」


 ――好きなものが夕霧命。


 バイセクシャルだからこそ、あり得る回答。焉貴の手のひらがボブの前髪から、顔、シャツを通って、腰元へ悩ましげに落ちていった。


「また〜! もう、俺毎日見ちゃってんだけど、それ」


 ラブラブなのはいいのだが、今は詳しいことに構ってはいられない。まだ三人目だ。妻は大声で訂正を求めた。


「いやいや、ものです! 人じゃないです!」

「それでは、紅茶です」


 光命は優雅に微笑んで、ティーカップに中性的な唇を近づけた。急いでいる妻を思って、張飛が場を仕切る。


「じゃあ、次、夕霧」

「修業だ」


 武道家らしい内容だった。この時、夫たちの視線がなぜか忙しくなったが、妻のどこかずれているクルミ色の瞳は映らなかった。


 変な空気を読み取ったのは、独健だった。夫全員の視線が自分に集中していたのである。居心地が悪くなり、仕方なしに、


「あれは……言わなくていいのか?」

「何?」


 ペンダントヘッドをいじりながら、焉貴が短く聞き返した。ジャスミン茶の香りを楽しんだ孔明が可愛げに小首を傾げる。


「最初から、武道家じゃなかったんじゃなかったかなぁ〜?」


 十四年も通い続けた仕事。結婚してから、しばらくして様々な事情で、武術の道を歩むこととなった。


「前職は、国の環境整備である躾隊しつけたいだ」


 その経緯を知っている妻は、グラスの縁を指先でなぞって、極力小さな声で言った。


「なんかごちゃごちゃしちゃったなぁ……」


 どうにもうまく進まない、この時限爆弾つきのデータ収集は。そして、また別の一手がまだら模様の声で、夫から向かってきたのである。


「お前、その独り言聞こえてんだけど……」


 颯茄は頭をプルプルっと振って、イニシアチブを握る。


「あ、いや。焉貴さん、答えちゃってください!」

「フルーツです!」


 食後のお茶にフルーツジュースを飲んでいる夫。髪をツーッと引き伸ばしながら、孔明の聡明な瞳は手のひらを見ていた。


「好きだよね〜」

「特にマスカット」


 とにかくずっと食べているのだ、焉貴ときたら。


 料理を作っている身として、独健は意見があったが、途中から恥ずかしくなって、つっかえた。


「いつも食べてる、っていうか、俺が作ったチャーハンを全部残して、デザートばっかり食べて、どうなってるんだ? 夫夫ふうふのあ……愛が足りないのか?」


 そんなことをバイセクシャルの夫婦間で言ったら、どうなるか目に見えている。焉貴は右手をさっと上げて、最低限の筋肉しかついていない肌がシャツからのぞいた。


「じゃあ、今夜独健とセック○して、愛をはぐくんじゃいます!」

「なっ!」


 驚愕に染まった独健だったが、蚊帳かやの外の颯茄は適当に話を流した。


「はい、じゃあ、独健さんと焉貴さんの2Pができたところで、次です」

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