お題に答えて/5
あまり効果のなかった情報収集で、妻は水をガブッと飲み、気持ちを新たにした。
「爆発してないので、もう一周いきます! じゃあ、好きなものを答えてください。さっき、本当の職業を答えなかった人は、それも答えてから、次の人に回してください」
今度こそ逃してなるものか――。
「じゃあ、私から……」
「ちょっ、待って。お前も
焉貴に捕まってしまって、妻は思わず息を詰まらせた。
「うぐっ……!」
「言って」
「はい。小説家とシンガーソングライターです」
先に進めると思った矢先、孔明が待ったの声をかけた。
「最近、調子はどうなの〜?」
「え……?」
こめかみに冷たいものが伝ってゆく。時限爆弾は今まさに目の前にあり、ヘビメタを演奏しているように心臓がバクバクとうるさい。
「みんな、あなたの仕事のことは心配しているのです」
光命に言われて、妻は自分の気持ちを恥じた。
「ありがとうございます」と言って、彼女は一呼吸置いて、正直に話し始めた。
「ひらめきという電話が神様からかかってこない限り、進まない職業です。さっぱりな日もありますが、今はぼちぼち進んでます。これは神様とみんなのお陰です」
和んだ空気が一瞬漂ったが、妻は気持ちを切り替え、ケーキを両手で軽く囲んでのんきに考え始めた。
「ん〜〜、好きなもの? 何だろう?」
どこかずれている記憶の引き出しを引っかき回しているのだが、颯茄には答えが出てこなかった。止まっている時限爆弾ケーキ。それを見つめて、夫たちはため息をついた。
「うちの奥さんは感覚だ……。後先考えずに物事進めて……」
自分からだと振ったのに、答えられないという。しかも、惑星が吹っ飛ぶケーキをのんきに抱え込んで思案中。妻は戦いが起きたら、真っ先に死ぬタイプだった。
そんな妻だったが、個性的なものを口にした。
「ミニシガリロ!」
マニアックなチョイスをした。焉貴がネックレスのチェーンから手を離して、人差し指を向けてくる。
「渋いとこいったね」
「それって、タバコサイズの葉巻のことことでしょ?」
爪を見つめている孔明からの問いかけに、颯茄はノリノリで話し出そうとした。
「はい、そうなんです。これがなかなか――」
ケーキが止まったままであり、隣にいる蓮はイライラして、テーブルを手でバシンと叩き、
「いいから、お前早く俺に回せ」
我に返った妻は、おずおずとケーキを横滑りさせた。
「はい……」
無事に自分の番がきた蓮は、針のような銀の前髪をシャンデリアの下で光らせながら、鋭利なスミレ色の瞳は一点を見つめたまま、
「俺は……????」
それっきり何も言わなくなった。そして、独健を中心として、驚き声が上がる。
「お前も考えてなかったっ?!」
颯茄と同じ間違い――戦地で真っ先に死ぬ夫がここにもいた。マジボケしている、人気絶頂中のR&Bミュージシャンを前にして、孔明は陽だまりみたいに微笑んで、なぜこんなことをやらかしているのか告げた。
「蓮、感覚っていうか、感性だよね〜」
「似た者同士っす。蓮と颯茄さんは仲がいいっす」
張飛は微笑ましげに二人の顔をのぞき込んだ。ジンのお代わりが勝手に注がれたショットグラスをあおり、明引呼のしゃがれた声が同意する。
「だな」
未だ考え続けている蓮の鋭利なスミレ色の瞳は、今や我が家を細かく切り刻みそうなほど鋭くなっていた。優しい独健が助け舟を出す。
「音楽でいいんじゃないのか?」
次の番の光命が、手の甲を頬に当てながら頬杖をついた。
「ヴァイオリンっていう手もあります」
よこせと言われて渡したのに、未だ止めている夫。妻の鉄槌が下った。
「全裸で走るもあります」
公然わいせつ罪みたいなのが出てきた。夫たちのほとんどが顔を見合わせたが、
「何それ?」
知っている夫がいた。それは光命である。彼の遊線が螺旋を描く優雅な声が、真実の扉を叩いた。
「以前走っていましたよ。スーパーへ行った時に」
みたいではなく、本当に、公然わいせつ罪だった。すらっと背が高く、まず笑わない人気絶頂中のアーティスト蓮。落ち着いていて洗練されていて、口数も少ない。それなのに、
全裸でスーパーを走る――
漆黒の長い髪をスースーと指先ですいた孔明が、間延びした感じで言ってきた。
「ハレンチ蓮だぁ〜」
「俺も服着たくないけど、さすがに全裸はないね」
大人のワードを平然と口にする夫、焉貴。彼の服はいつもはだけていて、袖口のボタンも全開。襟からは鎖骨が常に見えていて、裸足でピタピタと歩き回る。だが、蓮のようなことはしない。
「涼しい顔して、何やってんだよ?」
ずっと固まったままの蓮に、明引呼の鋭いアッシュグレーの眼光が向けられた。光命を挟んで隣に座っていた夕霧命が、拳を口元に当てて、噛みしめるように笑う。
「くくく……」
「夕霧が珍しく笑っている」
遅れに遅れて、反応した絶対不動の武術夫に、全員の視線が集中した。そして、さらに遅れて、羽布団みたいな柔らかさで低い声がピピーッと違反の笛を鳴らすように言った。
「国家の治安維持、
「今ごろ、
明引呼は椅子を後ろに引いて、テーブルの上にウェスタンブーツの足を投げ置いた。カーキ色のくせ毛の持ち主は気にした様子もなく、ふんわりと微笑む。
「僕の名前は貴増参です。ですから、省略しないで呼んでくださいね♪」
焉貴先生から、ミュージシャンに教育的指導が入った。
「お前、何やってたの?」
蓮の鋭利なスミレ色の瞳は微動打にせずだったが、
「光……」
隣に座る夫の名前を口にした。だが、それきりで何も言ってこない。しかし、焉貴先生はよくわかっていた。
「光とやって、そのあと気分がよかったから、そのまま走ったってことね」
世界の全てを切り刻みそうな鋭利なスミレ色の瞳。綺麗な唇は一ミリも動かない。
「…………」
颯茄と焉貴の声が重なった。
「ノーリアクション、返事なし、すなわち、図星!」
全裸で公共の場を走る夫。それを知っていた妻。当然、みんな聞き返してきた。
「注意しなかったの?」
「しましたよ」
「何て?」
「その前でプラプラさせてるものは、服の中にしまってくださいって」
さすが、逆ハーレムをしているだけあって、颯茄は強かった。
「あははははっ……!」
ケーキは未だ、蓮の前から動かない。そして、この夫の特技が出た。テーブルをバンッと叩き、
「俺の番だ。俺に発言権を与えないとは、お前らどういうつもりだ!」
グツグツと煮立つ活火山のマグマが、山頂から天に突き抜けるように上がり、地面に降り注いだようだった。焉貴のまだら模様が、この現象を綺麗にまとめ上げる。
「あぁ〜、火山噴火しちゃったね」
「じゃあ、答えてください」
妻は少しだけ微笑み、仕切り直した。そして、蓮の綺麗な唇から出てきた言葉は、
「潔癖症だ」
であった。意味不明である。颯茄は隣に座っている蓮の横顔をじっと見つめた。
「あれ、好きなものだったよね?」
――好きなものが潔癖症?
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