お題に答えて/1

 気にせず、妻はケーキを引き寄せ、主導権をがっちりゲット。


「じゃあ、始めます! 私から時計回りで!」

「自分もするのか!」


 なぜか入っている妻の自己紹介。彼女は少しだけケーキを傾けて、時限爆弾のスイッチを、ドッキドキでオンにした。爆発までマジでカウントダウン開始である。


「はい、じゃあ。んんっ! 私から。明智 颯茄りょうかです。職業は……」少し間が空いたが、「逆ハーレム中です」と言い切った。


 しょっぱな違うところに飛ばしてきた颯茄。ボブ髪の夫がペンダントヘッドを下へ落としながら聞き返した。


「それって、どうなの?」

「職業〜?」


 人差し指を頭痛いみたいに突き当てている夫の隣で、爪を見ていた漆黒の髪を持つ夫がゆるっと語尾を伸ばす。自分の膝元から視線を上げた夫は、優雅に妻に味方した。


「よいではありませんか」


 妻が知らないだけで、夫婦、いやあえていうなら、夫夫ふうふの関係性はそれぞれできているわけで。この男が妻に言う時は、一にも二もなく全員賛成なのだ。


「お前が言うならいい」

「じゃあ、次」


 妻はまず一周目を無事突破し、隣にいる夫にケーキ――いや爆弾を滑らし渡した。


 針のような輝きを持つ銀の髪。襟足は一本の乱れもなく、前髪は右目だけを隠すように落ちている。左の瞳はスミレ色だが、鋭利さ極まりなく、今はビーム光線でも出して、ケーキを切り刻みそうな勢いだった。天使のようの可愛らしい顔立ちが、超不機嫌で台無しになっていた。


「俺はれんだ。ミュージシャンだ」


 奥行きがあり少し低めの声が急いで言ったが、ボブ髪の夫が即行待ったをかけた。


「お前、修飾語抜けすぎでしょ?」


 規模は大きくても、できるだけ自分のところでは爆発して欲しくないものである。それなのに、次々に話せと要求が突きつけられる。


「ボクもそう思うなぁ〜」

「てめえ、ただのミュージシャンじゃねえだろ」

「すごい人気っすからね」

「飛ぶ鳥を落としちゃうアーティストです」


 ボケが再び発生したが、鼻声の夫が即行撃破した。


「いやいや、わかりづらいだろう、それって」

「はい、蓮は追加して答えてください」


 妻に右隣から仕切られ、夫は吐き捨てるようにうなった。


「くそっ! んんっ! 人気絶頂中のR&Bのアーティストだ」


 バカ正直に答えすぎていたが、とにかく、爆発するケーキとはおさらばしたいのだ。これ以上突っ込んできてほしくないわけで、鋭利なスミレ色の瞳はガンを飛ばし、けん制した。


「ん」


 短い声とともに、左隣の夫へケーキは遠のいた。


 紺の髪は肩よりも少し長めで、瞳は冷静な水色。細面で神経質な視線が人々を捉えて離さない魅惑。声色は、こんな言葉は存在しないが、これしか見当たらない。遊線ゆうせん。それが螺旋らせんを描くのに芯のある声が、丁寧な物腰で言った。


「私は、明智 光命ひかりのみことと申します。優雅な王子です」


 夫であり、明智の分家であり、婿養子であり、ここは城ではない。どうもおかしい。


「お前、ボケてくんの?」

「珍しいな。ひかりがそういう冗談言うなんて」


 ボブ髪の夫と、お茶を配った夫からそれぞれ、違和感を誘う言葉が食卓に舞った。妻の颯茄は一抹の不安を抱いたのだった。


(あれ? 光さんが真面目に答えない? 何だかおかしいなぁ?)


 中性的な美しさを持つ光命から、もっともらしい理由が出てきた。


「よいではありませんか。自宅なのですから」

「じゃあ、次」


 颯茄は簡単に納得して、指示を出した。深緑の極力短い短髪。瞳は無感情、無動のはしばみ色。大地のように揺るぎのない夫。頬からあごにかけてのシャープなラインがドキっとさせる。


 今は違うが、普段ははかま姿。それを着ているこの夫の和装の色気ときたら、颯茄をボッコボコに悩殺するのだ。このまま襲われてもいいと思うほどなのである。


「明智 夕霧命ゆうぎりのみことだ。武道家だ」


 地鳴りのような低い声で、真面目に回答。ケーキを次へ回したいところだが、職業がどうにも気になるもので、他の夫から当たり前のように追求がやってきた。


「何のっすか?」


 少し離れたところにいた夫から追加の質問だったが、


合気あいき無住心剣流むじゅうしんけんりゅうだ」


 まっすぐで正直な答えは、わからない話に一気に飛んでしまった。フルーツジュースの前でボブ髪の夫のため息がもれる。


「あぁ〜、専門用語になっちゃったね」


 漆黒の髪を持つ夫は、自分の爪を眺めながら、


「その説明はするの〜?」


 時限爆弾を装った妻の思惑なのだ。武術の説明をされたら、最後の夫まで、情報収集できないのである。


「いやいや、長くなるので、それは後日でお願いします!」


 妻の言葉が合図で、ボブ髪の夫の前にケーキはやってきた。天を突き抜けそうなスーパーハイテンションで、右手を斜め上へ向かって持ち上げた。


「はい! じゃあ、言っちゃいます!」


 山吹色の髪の間には、宝石のように異様にキラキラと輝く黄緑色の瞳。それは一度見たら忘れられないような強烈な印象。


 声は言い表すのが非常に難しい。あえて言うなら、皇帝で天使で大人で子供で純真で猥褻わいせつで……とにかく、真逆の矛盾が潜む、まだら模様の響き。蓮と空似とよく言われるほど綺麗な顔立ちだった。


焉貴これたかです! 高校の数学教師で、セクハラ教えちゃいます!」


 まともに進みやしない。妻は飲もうとしていた水を慌ててテーブルに置いて、両手を頭の上で横に大きく振った。


「いやいや! それじゃ、もうクビになってます!」


 ジンのショットグラスがカツッとテーブルに置かれると、ふっと笑い声が上がった。


「セクハラじゃなくてよ。てめえが歩く17禁なだけだろ」


 変な異名を思いっきりつけられている焉貴。だが、言い過ぎではない。


「確かに歩いてる……」


 ことあるごとに言っている夫に、妻は珍しく頭痛いみたいな顔をした。

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