08話.[1番安心できる]
10月になった。
9月にあったことはしのぶが無事、応募した会社に内定を貰えたこと、それぐらいだけ。
まきが甘えてくれることはないまま1ヶ月が経過。
いまは中間テストのテスト週間に入っているため、また居残ることが増えていた。
いや、9月の最初から居残って掃除はしていたんだけどね。
「きえ、私は帰るわね」
「うん、気をつけてね」
一緒にやってくれていたさゆみが帰ってひとりになる。
まきは絶対に学校ではやったりはしないから基本的にひとりだ。
「やっほー」
「しのぶもお勉強やる?」
「やらないわ!」
でしょうねという感じの答えだった。
あまりにももやもやしすぎて馬鹿なことを聞いてしまって後悔。
「あんたさ、まきとやっぱりなんかあったんでしょ?」
「なにもないよ?」
良くも悪くも。
「もしかして、好きって言ったのに断られたとか?」
「ないって、それに私がまきを好きになったら甘えられなくなっちゃうよ?」
「いいわよ、散々甘えさせてもらってきたからね、可愛い後輩が幸せそうならそれでいいわよ」
むぅ、こういうときばっかり可愛い後輩とか言っちゃって。
うーむ、それでもこの感情はもしかしたら所謂、ってやつなのかもしれない。
だって寂しいもん、しのぶやさゆみがいままで通り接してきてもなんとも思わないのに……。
「あんたいまメスの顔をしてるわよ?」
「う、うるさい……お勉強をしないなら帰って、それでやらないでいてさゆみに怒られなさい」
「いまならもう大丈夫よー、じゃねー」
集中集中、別になんら心配はないけど集中だ。
家ではどうせ寂しさに押し潰されそうになるからいま頑張っておかないと。
「木村ー」
「あ、高田先生」
先生もあくまで通常通り。
当たり前だけどね、私達の間にはなんにもないんだから。
私とまきの間にだって……少なくともあの子からすればなんにもないんだろうな。
「ひとりでやっているのか? 横田や三浦と一緒にやればいいだろう?」
「それが帰ってしまいまして、それと私はあまり早く帰りたくないので仕方がないんです」
「家が近いのは知っているが夏と同じように考えるなよ? すぐに暗くなるからな」
「はい、ありがとうございます、本当に高田先生が担任の先生で良かったです」
「木村がいてくれて私も良かったよ」
先生は格好良く片手を上げて教室から出ていった。
将来はあそこまでにはなれなくても、多少ぐらいは格好いい人間になりたい。
少数からだけでも尊敬されるようなそんな人間に、……いまの私にはできなさそうだけど。
「これぐらいでいいかな」
少し早く、19時半になったら終わらせて帰ることにした。
梅雨季や夏季とは違い、なんとも言えない気温が私を迎えた。
で、当然のように彼女が待っているということもなく、ひとり寂しい家にひとりで帰宅。
「メッセージはきてないし、電話もかかってきてない……」
そのとき気づいた、これは完全に恋する乙女の行為だと。
数分ごとにチェックをして、音が鳴ったらばっと取ったりして。
なんだか自分が恥ずかしい、こんなの外でやったら笑われちゃうよ。
しかも……、
「どうせまきは友達としか思ってないもん」
これ、こうとしか言えない。
だから動けない、私はこれからずっとこの曖昧な状態でいなければならないんだ。
でも、まきが悪いわけじゃないんだ、いつの間にかこうなっていた私が完全に悪い。
だったら八つ当たりをするのは違うよね、自業自得だから抱えているのが正解だろう。
「いまはテスト」
自業自得だとか考えておきながらついつい独り言が増えてしまう。
変な人間にならないようにしっかり意識して気をつけておこうと決めた。
だらだらと生きていたらもう10月の終わり頃だった。
それはつまりテストどころか文化祭すら終わってしまったことを意味しているわけだけど、どうでもいいね。
「きえ、一緒に帰りましょう」
「うん、帰ろっか」
さゆみはいつも通りで安心する。
私もいつも通りの態度というやつを演じておけばいいから疲れなくていい。
「きえ、あなたまきが好きなのでしょう?」
「違うよ、もしかして見てた?」
「ええ、思いきり、もしそうなら応援するわ」
「でも、そうしたら甘えられなくなっちゃうよ? さすがに恋人ができたらね」
「それでもいいわよ、けれどあの約束は守ってもらうけれど」
寧ろこっちの方が守ってもらいたいよ。
それになにより、鈍感のまきが私のこれに気づくわけもない。
つまりまあいつまでも甘えさせたままでもいいわけだ。
じゃあ堂々とそれをできるように今日言ってしまおう。
「いまから告白してくる」
「ええ、頑張りなさい」
「振られたら慰めてね」
「任せなさい、しのぶと一緒に癒やしてあげるわ」
家に行ったらお母さんしかいなくてリビングで待つことになった。
「きえちゃん、私はお仕事があるから」
「あ、じゃあ……出た方がいいですよね?」
「大丈夫よ、まきはそろそろ帰ってくるみたいだからこのままいてくれれば」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「いちいちお礼の言葉なんていいわよ、それじゃあ行ってくるわね」
行ってらっしゃいと口にして床の上に正座をした。
完全にふたりきりの状態で言わなければならないのは当然だけど、1階にも誰もいないというのは……。
「ただい――うわあ!?」
「お、おかえりなさい」
家に帰ったら友達とはいえ他所様の人間がいたら確かに驚く。
それこそうわあ!? となりかねない、意外と冷静に対応できる可能性も……あるかな?
「な、なんできえちゃんがいるの? あ、お姉ちゃんに用があるの?」
「うん、好きだって言うためにね」
「え゛」
やっぱりなおくん的にも反対だよね。
お姉ちゃんを取られたくなくて私の家に突撃してくるぐらいだもん。
……無理だ、私にはできない、お昼ご飯も食べていなくてお腹が空いたからもう帰ろう。
「「あ」」
扉を開けたタイミングで彼女は帰ってきた。
それじゃあねと口にして、既に暗くなった中歩いていく。
「なおに用でもあったのか?」
「違うよ」
付いてくるのはいつものことだから気にしなくていい。
この状態であれば勘づかれることもないはずだ。
別に泣いていたわけじゃない、私はあくまで普通に横田家から帰ろうとしているだけ。
「そういえば今日はなおが友達の家に泊まりに行くって言っててさ」
「そうなの? じゃあいまから行くんだね」
先程のあれは完全になおくんのことを計算していなかったから元々駄目だったね。
歩みを止めているわけではないからどんどん横田家から高校の方に移動している。
なのに彼女は当たり前のように家まで付いてきた、途中で何事もなかったと判断して帰るかと考えていたからかなり驚いた。
「まきにそういうつもりはなくても、送ってくれてありがと」
「もう1回来るけどな」
「あ、さっきのそういうつもりだったんだ、それならご飯を作って待ってるね」
もう時間も経っているから彼女の大好きなオムライスを用意して。
あくまで友達らしくいればいい、あからさまに避けたりしたらなにかがあると言っているようなものだから。
で、彼女はちょうど、もう出来上がるというところで家にやって来た。
「おっ、いいなっ」
「うん、スープもあるからね、それに足りなければまた作るから」
「って、きえのは?」
「私は今日お弁当を残したからそれを食べるよ」
テストや文化祭が終わってしまうぐらいぼうっとしていたんだからそりゃお弁当ぐらい食べ逃がすよなと、まあこのお弁当だってご飯と卵焼きだけしか入っていないんだけど。
「「いただきます」」
うん、ご飯にかけておいたふりかけが普通に美味しい。
これ単品だけでもお腹は膨れる、なんならこれがおかずみたいな感じだ。
「美味しい、これをあのとき作ってくれれば圧勝だったぞ」
「そんなこと言わないであげて、お姉ちゃんのために一生懸命作っていたんだから」
「まあ……お姉ちゃんって甘えてくれるのはなおがいくつになっても嬉しいけどな」
そりゃそうだ、なおくんみたいな弟や妹がいたらすっごく可愛がったのになあ。
「で? なおに用がないならなんで家に来たんだ?」
「……お風呂ためてくる」
しっかり栓をして、機械の電源が入っているかどうかを確認してから自動ボタンを押した。
機械音が流れて水が出始めて、戻る気にもなれないからそれを眺めてた。
「きえ、なにやってるんだよ」
「これを見てると落ち着いてね」
立ち上がってリビングに戻ろうとしたら故意ではなく彼女の胸に顔がぶつかって止まる。
「通してよ」
「最近、きえはおかしいよな、ずっとぼうっとしててさ」
「ちゃんと授業とかは受けてたよ、だからテストも問題なかったでしょ」
ずる休みだってしてないよ、風邪だって引いてないから入学してからずっと皆勤でいられて嬉しいぐらい。
「もう1度聞く、なんのためにわたしの家に来たんだ?」
「……まきに会いたかったの」
「悪い、しのぶと遊びに行っててな、帰りはさゆみと帰ってきたのか?」
「うん、そうだよ」
遊びに行きたくもなるよね、しのぶなんかは特にそう。
……私がこれを自分勝手にぶつけてしまったら行動を縛ることになってしまう。
「どうした?」
「……まばたきを忘れていたみたいで目が乾いてね」
意図的ではないけど、こういう気の引き方はずるくて嫌いだ。
相手を確実に引っ張ってしまう行為、よほどの冷たい人でなければどうした? って聞いてしまうもの。
「わたしには言えないことなのか?」
「……まきにしか言えないことだよ」
「ゆっくりでいいから言ってくれ、このまま放置はしたくない」
「でもさ、これから毎日一緒に帰るって言ってくれたけど……守ってくれてないもん」
そりゃ人としては申し訳ないからって断るのは普通だ。
でも、変わらずにしてくれればまきがしたいならって最強の言い訳をできるわけで。
が、まきはそうしてくれなかった、本当にたまにだけ一緒に帰ることができただけだった。
ま、彼女の自由なんだから仕方がない、進んで残っていたのは私だから。
「とりあえず、わたしにだけしか言えないことを言ってくれ」
「いいよ、困らせるだけだから」
「聞かなきゃそんなの分からないだろ」
さっさと言って傷つくことになったとしてもいいから楽になってしまおう。
「好き……って言われても困るでしょ?」
「なるほど、そういうことだったのか」
「いいよ振ってくれても、そうしたらさゆみとしのぶに甘え――」
無理やり頭を抱かれて続きは言えなかった。
彼女はその状態のまま「振るなんて言ってないだろ」と小さく、けど確かに聞こえるぐらいの大きさで言ってきた。
「まさか、わたしを選んでくれるなんてな」
「……やっぱりまきの側にいることが1番安心できるから」
「寧ろわたしが好きじゃないとでも思ったか?」
「思った……だって甘えてくれなかったもん」
「それはきえがしのぶにばかり甘やかしていたからだ、それが終わったら今度はさゆみでな、あんな状態じゃ甘えづらいだろうが」
あのふたりが私に甘えてくれるということが嬉しくてしていた。
後悔はしていない、逆に自覚していないときに変に壁を作っている方がおかしいから。
「好きだぞ、小さい頃からずっと。甘えてくれるのが本当に嬉しかった、わたしにだけ甘えてくれるのが嬉しかった。まあそれも段々と変化していったけど、きえは変わらずわたしに甘えてくれたからな」
「三浦姉妹は私に甘えて、私はまきに甘えるというのが常のことだったから」
「そうだな、もちろんそれだけじゃないけどな」
私も色々なことがありすぎて上手く言えないな、語彙がないからなあ。
「好きだよ……好き」
「わたしも好きだ」
今度はこちらから抱きしめてちゃんと伝えておいた。
彼女もそれに応えてくれて、それが本当に嬉しかった。
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