07話.[泊まってもらう]
夏祭りから1週間が経過したときのこと。
「夏休みが終わるまでずっと泊まる」
いきなりやって来たまきは急にそんなことを言ってきた。
別に私としては構わないものの、理由はちゃんと聞いておかなければならない。
「ね、どうして家出みたいなことを?」
「……泊めさせてくれ」
「それはいいけど、ちゃんと言ってほしいなあって」
それでも彼女は俯いてしまっただけだった。
こうなったら仕方がない、後でしっかり話をしに行こう。
心配だってするだろうからしっかりと、少なくとも彼女のご両親にだけはね。
信用してくれているだろうからいいというわけではないのだ。
「はい、温かいよ」
「ありがと……」
なかなか繊細な子が私の周りには複数いる。
まきがこうなるのはかなり珍しいけど。
「少し寝たい、ベッド借りていいか?」
「いいよ」
昔のままなら彼女は母は専業主婦のはず。
いまの内に行ってしまおう、例えそれでまきに怒られても大事なことだから。
「あら、珍しいわね」
「よしこさんは知っていますか?」
「まきのこと? ええ、『きえの家に泊まるから!』って出ていったもの」
「もしかして……喧嘩、ですか?」
「あ、私とじゃないわよ? なおと喧嘩して出ていった感じになるわね」
なおくんと? それはまた珍しいことをしたものだ。
嘘を言っているような感じはない、怒りよりも心配の気持ちが全面に出ている。
「きえちゃん、申し訳ないけれどまきのこと……」
「はい、私の家は大丈夫ですから」
母からは寂しかったらまきやさゆみ、しのぶを住ませてもいいと言われていた。
もちろん、住みたいまでとは思えないから彼女達に言ったりはしていないけど。
「ありがとう、私は私でなおと話し合ってみるから」
「私も落ち着いたらまきから聞いてみることにします、ありがとうございました」
ふぅ、これでとりあえずは安心かな。
あとはまきがとにかくなおくんと仲直りしたいって自分から思ってくれればいい。
急かしたりしないように今日と明日はなにも聞かないようにすると決めて家へ。
「……どこ行ってたんだよ?」
「お母さんに話を聞きにね、さすがにどちらからか許可を貰えなければ泊めさせられないから」
これは彼女達のためだった。
不安にさせればさせるほど、後でどかんと爆発し降りかかる。
そうなればどっちにとってもメリットはない、勢いだけで行動してはならないのだ。
「……悪い」
「ううん、許可を貰えたから泊まってくれたらいいからね」
「ありがと」
不安にさせないように部屋で過ごすことにした。
彼女は私のベッドに転んで寝るための準備をしている。
「悪いけど手を握っていてくれないか」
「いいよ」
ちゃんとトイレにも行ったから途中で尿意に襲われ困るということもないだろう。
彼女の手はとても中途半端な感じだった、温かくも冷たくもないそんな感じ。
「……迷惑をかけることになるな」
「大丈夫だよ、お母さんはずっと連れてきてって言ってくるし」
「いつも、ひとりなんだよな?」
「そうだね、それが寂しくて放課後にお掃除をしているけど」
ごちゃごちゃとした感情を整理するのに1番いい行為だ。
怒られることだってない、褒められることだってほとんどないが問題はない。
「先に帰って悪い……」
「いいんだよ、私の家なんかすぐ目の前って言ってもいいぐらいなんだから」
「これからは残る、きえといたい」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
誰かと楽しく話しながら大好きな掃除をやるというのが理想。
だからといって、毎日毎日付き合わせるというのも申し訳ない話だ。
「とりあえず寝なよ、それはまた今度考えればいいんだから」
「だったらきえも転んでくれ」
「分かった、それでまきが寝られるのならいいよ」
結局のところ、一緒にいてあげることだけが私にできることだから。
もっと甘えてくれたらいいんだけどなあ、だってそうしないと相手のために動けない。
精神的に疲れていたのかまきは割とすぐに寝てしまった。
手は握ったままだからこちらの自由はあまりないが、まあ気にする必要はないだろう。
それと寝転んでいたらどうしたって眠くなるのが人間というもの、馬鹿みたいに20時過ぎまで寝てしまったという微妙な結果に。
「おはよ」
「ごめん……寝すぎた」
「気にしなくていい」
ご飯を作らないと、さすがにお腹空いたから。
1階に移動して調理していたらまきも下りてきた。
あくまで家族みたいにソファに座ってゆっくりしているだけだったけど、こういうほのぼのとした時間が好きだからとてもいい。
誰かのために作って、自分がいるところでそれを食べてもらえるというのは幸せなことなんだと再度分かった。
「ん、ちょっと出てくるね」
「おう」
こんな時間に誰だろうか。
一応、チェーンをしてから扉を開けると、
「きえちゃんっ」
「あ、なおくんっ」
まきがここに来た理由であるなおくんがそこにいてチェーンを外す。
「きえちゃん、ここにお姉ちゃんは……」
「いるよリビングに、私は夜ご飯を作るから一緒にいてね」
もしかしたら今日で終わっちゃうかもしれないけど仲良しの方がいい。
喧嘩したままを望むのは性格が悪いので、できることなら早く仲直りしてほしかった。
「わたしは帰らないからな」
「悪かったから……だから戻ってきてよ」
「無理だ、わたしはきえといたいんだよ」
なおくんの方は先程からずっと謝っているが、まきが私の家に泊まりたいと言って聞かない。
私としても仲直りできたのであればいてほしいから口を挟まずご飯作りを終える。
まだまだ長引きそうだからとお風呂をためようと洗面所に行ったら……。
「きえちゃんっ、お姉ちゃんを説得してよっ」
どばんっと入り口の扉が壊れそうなぐらいの勢いで開けられびくりとした。
「結局、なにが理由でこんなことになっているの?」
「それは……最近、お姉ちゃんはきえちゃんしか相手にしないからだよ……」
中学3年生になってもなお、お姉ちゃんっ子ということか。
つまり私に嫉妬しているということになる。
確かにお祭りまでもまきはよく来ていたからなあ。
「なおくん、悪いけど私もまきといたいんだよ、分かってくれるかな?」
「嫌だっ、お姉ちゃんの家はここじゃないんだから帰るべきだっ」
普通に正論だから困る、だからって譲るわけにはいかない。
「ならこうしよう、ご飯をふたりで作ってどっちが美味しいか勝負するんだよ」
「無理だよ……僕はご飯を作ったこととか調理実習でしかないから……」
「へえ、男の子なのに、大好きなお姉ちゃんのことなのにやる前から諦めるんだ?」
「なっ!? 無理かもしれないけど頑張るって言おうとしたんだよ!」
仮に家に帰らすのだとしてもただでは帰させない。
家に帰らせるということは寂しさを抱えることになるわけだ、それ相応の態度を見せてもらわないと納得はできない。
というか自由に泊まらさせてあげてよ、相手である私がいいって言ってるんだからいいじゃんか、なおくんは弟なんだから毎日家の中で会えるんだからさあ。
「あははっ、じゃあ勝負ね、私が勝ったら夏休み最終日までまきには泊まってもらう」
「それなら僕が勝ったらお姉ちゃんには帰ってきてもらうから!」
本気で勝負するふりをして、8割ぐらいの感じでやらないとね。
大人しく負けて、家に帰りやすい雰囲気を出さなければならない。
しかもこれは勝負だ、負けたのなら言うことを聞くしかないのだから。
これまで作っていた分は明日の朝に食べることにして、いまから新たに作ることに。
「できたよ」
「こ、こっちも」
あからさまに下手に作ったりはしなかった。
そんなことをしたらまず間違いなくなおくんが機嫌を悪くする。
私達の間で喧嘩になっても面倒だから普段の8割を心がけた。
「じゃあ、先になおのを食べるかな」
なおくんが作ったのはオムライス。
実はこれ、まきの大好きな料理だったりする。
この時点でほっとした、泊まってほしいけど家族と不仲になってほしくはないからね。
「うん、ところどころ焦げているけど美味いぞ」
「よしっ」
「きえのは鮭と味噌汁か、和食だな」
あとはほうれん草のおひたしなどもある。
鮭も美味しいけど、大好きなオムライスに比べたらいさかか普通だ。
「うぇ、これわたしの嫌いな椎茸が入ってるぞ……」
「自分も食べるつもりだったから狙ったわけじゃないよ?」
「大減点だなあ……わたしに食べさせる勝負で嫌いな物を入れるのは違うだろ」
「いや、あんまり食べられないから複数作るのは違うと思ってね」
「なおが作ったオムライスが私の大好きな料理という時点で駄目だな、なおの勝ちだ」
こういうとき、泊まりたいからと言って擁護したりしないのが彼女のいいところだ。
そういうところを好きでいるからこれからもずっと続けてほしい。
「え……き、きえちゃんに勝ったってこと?」
「そうだよ、だからまきはちゃんと家に帰らせるから」
「や、やった! やったやった!」
可愛いやつめ……まきだって柔らかい表情を浮かべて見ているだけだしね。
「仕方ない、そういう条件だったんだから大人しく帰ろう」
「うんっ、いますぐに帰ろう!」
「わ、分かったから出ておけ」
「了解!」
彼女さん候補にこれだけ一生懸命になれればいいと思う。
「悪いな、そういうことだから」
「うん、……でも、やっぱり寂しいな」
「連絡する」
「それでも今度は拗ねられない程度にね、私達は学校が始まってからも一緒だから」
あー……寂しいよお! 一緒にいたいよお! 抱きしめてもらいたいよお!
でも、仕方がないよなあ、私は負けてしまったんだから呑むしかない。
彼女は出ていく前にこちらの頭を撫でてから笑って出ていった。
「……そういうことされたら余計に寂しくなるじゃん」
まきのばか……ちゃんとしているところは偉いけど、少しは悩んだりしてよ。
そこを私が勝負で負けたからって折れるまでがワンセットでしょうが。
「いかん……涙が出てきた」
少なくとも今日ぐらいは泊まってほしかった。
いくら言ったって変わらないけど、どうしても言わないということはできなかった。
夏休み最終日もひとり寂しく過ごしていた。
なんで両親はこんなに激務なんだろう、両親がいてくれればマシなのに。
「はぁ……」
なおくんと喧嘩にならなかったのはいいかもしれないけどさ、あの場面だったら大人気なくまきに残ってもらうために動くのが正解だったのかもしれない。
少なくとも自分に正直に、はできなかったから。
わざと嫌いな物を入れたのもそうだ。
あの子がお姉ちゃんの大好きなオムライスを作ったのを見て敢えて言い方は悪くなるけど日によってはそういう気分じゃないって言われるかもしれない和食を選んだのもそう。
結局のところそれが当たり前だって考えて勝負を放棄したんだ。
ばれなかったのは不幸中の幸いだけど……。
「いや、幸いじゃないよ……」
おかげであれからずっともやもやとしてしまっているんだから。
不幸だよ不幸、あれから連絡だってひとつも寄越さないんだから。
結局はなにかがあった際の逃げ場所として利用されているだけなんじゃないかって悪い想像が出てきては消えて。
なんで自分の欲をもっと優先しなかったのか、勝負だなんてこっちから言うべきじゃなかったんだよ。
なおくんからであれば受けてあげるかわりにこちらにはなんら不利にならない形で動けたのにさあ。
「誰だろ……」
多分、さゆみかしのぶかってところか。
ここでまきが来るような甘い現実ではない。
「はーい」
「こんにちは」
「あ、お久しぶりです」
未だに名字すら知らない女の人。
どうやら私の家はしのぶに聞いたらしい。
「上がりますか?」
「いえ、ここでいいです、しのぶさんのことなんですけど」
なんか公園でひとり寂しくブランコに乗っていたらしい。
会社に見学に行ったことはさゆみから聞いていたけど、就職活動関連のことだろうか?
「分かりました、行ってみますね」
「はい、私よりもあなたの方がいいでしょうから」
家でぼけーっとしているよりはよっぽどいいや。
利用させてもらうみたいで悪いけど、無駄にするよりはやっぱりいいから。
「しーのぶっ」
「……来たのね」
「どうしたの? まだまだ暑いのに外にいたら水分不足になっちゃうよ?」
彼女は普段サイドでまとめている髪をほどいて垂らしていた。
そうすると長い前髪が珍しくそこに存在していて、なんか違う子に見えてくる。
「もう応募して就職試験になるじゃない? それで不安になって、さゆみに八つ当たりしてしまったのよ……」
「そうだったんだ」
私のは全然レベルが違うから気持ちが分かるよなんて言うべきではない。
私も不安とか寂しさでまきに八つ当たりをしそうになってしまったからなんにも言ってあげられないというのが現状だった。
「もし良かったらだけど私の家に来る? ご飯ぐらいなら作ってあげられるよ?」
「そうね、あんたがいいなら行かせてもらうわ」
「うん、行こう」
なんか引っかかるけどいいや、これは自分のためではなくしのぶのため。
「お、またいつもの組み合わせだな」
「あんたどうしたの?」
「今日はこれから買い物に行こうと思ってな」
買い物とかそういうやらなければならないことがあれば良かったんだけどなあ。
あとは単純にタイミングが悪い、なんで他の誰かが来るってなったときだけ来るの。
「へえ、気をつけなさいよ?」
「ああ。きえ――」
「お買い物に行くなら気をつけて、それじゃ」
どうせこっちのところになんか来る気がなかったんだからどうでもいい。
いまの私は不安になったしのぶを家に連れてゆっくりすることが優先だ。
「あんたまきに冷たくない?」
「そんなことないよ、それよりしのぶは自分のことに集中しなさい」
「あはは、これは痛いところを突かれたわね」
そんな感じで家まであと20メートルぐらいのところになったときだった。
「待て」
「……なんで付いてきてるの」
後ろから話しかけられてかなり困惑しつつも、あくまでなんでと突きつけるのは変えない。
「あ、用事を思い出したから帰るわ」
「ちょ、しのぶっ?」
「さゆみと仲直りしなくちゃ、いま喧嘩しているような余裕はないのよっ」
なんじゃそれ……ま、仲直りしようと行動できるのはいいか、例えそれの原因が自分であったとしてもね。
「きえ、なんか冷たくないか?」
「もういいよ、お買い物に行くんでしょ? 一緒に行かせてよ」
「いいのか? それなら行くか」
馬鹿だ、この状態で冷たくするのは逆効果でしかないといままで分からなかった。
そりゃ相手は自分じゃないんだから来てほしいというときに上手く行けるわけないよな。
「まき……寂しかった」
「悪い」
「でも……いまはお買い物に行こう」
もしかしたら時間はないかもしれないけど少なくとも悪い印象は抱かないはず。
もう便利屋とかの扱いでもいいから一緒にいたいんだ、理想とは違うかもしれないけどね。
「これぐらいかな」
「え、これだけでいいの?」
「ああ、明日からは母さんがやってくれるって言うから」
「あれ、もしかして専業主婦から変わっているの?」
「ああ、夜にスーパーでバイト? いや、パートを始めてな」
それはそうか、そうでもなければふたりきりになる可能性は低いしね。
経済的な理由と言うより、ふたりが大きくなって時間を持て余してしまっているからかな?
そういうやりくりとか上手そうだし、なにより無駄遣いをするような人ではないから余計にそう思う。
「半分持つよ」
「ありがと」
「でも、置いたらさ……」
「分かってる、泊まらなければなおも拗ねないからな、それに今日は遊びに行っているから」
私の家ではなく彼女の家で甘えさせてもらうことにした。
また争いになっても嫌だし、自宅じゃないとできないというわけでもない。
「はは、どれだけ寂しかったんだよ」
「……あっさり帰るからだよ」
「そういう条件で勝負を仕掛けたのはきえだろ、わざと私が嫌いな椎茸とか入れやがって」
「だって……なおくんが言っていたことは正しかったから」
年上の私がわがままを言うわけにはいかなかったんだ。
うん、自分勝手になっておけば良かったとか考えていた私だったけど、やっぱり間違ってはいなかった。
潔かった、別にわざと手抜きしたとかではないわけだし。
「今日はずっとこうしておくから」
「好きにしろ」
またまきの方から求めてはくれないのかな?
そういえば……まきだけは甘えてきてくれていない気がする。
こうして本人といられているのにそれが逆に自分をもどかしくさせる原因となるとは思わなかった。
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