06話.[そう言ってたよ]

「え、なおくんに彼女みたいな子が?」

「ああ、なんかこそこそしていてな」


 翌日、私達は約束通り集まっていた。

 まきはあくまで手元に意識を向けながらも興味深い話をしてくれている。

 まあでも高身長というだけで魅力的に見えるもの、そういう関係の子があの子の側にいてもなんら違和感というものはない。


「それは気になりますなあ」

「だろ? だから今度の祭りの日に警戒しておこうと思ってな」

「あ、一緒に行きそうだよね」


 それで浴衣姿の彼女にドキドキ、暗く人がいないところで◯◯さん! と迫り、なんて。

 なおくんも男の子だからやるときはやるんだ、多分だけど。


「それなら今度のお祭りのときに一応意識しておかないとね」


 恐らく軍資金は2000円ぐらいだろうからそんなに買って食べる、なんてこともできない。

 それなら後はなにを楽しむのかと言えば、来ている人達を見て過ごすことだろう。

 花火は20時からだから余計にそう、遅く行けばいい話なんだけどさ。


「よし終わった」

「お疲れさま」


 昔、最終日付近に大慌てすることになったからそうならないように心がけていたんだろう、意外と彼女はすぐに終わらせていた。


「ま、なおの話はこれで終わせるとして」


 彼女はベッドに座っていた私の方にやって来て当たり前のようにこちらの両手首をリボンで結んできた、こうされると自分が贈り物になった気分になってちょっと不思議な感じがする。


「今日は全部わたしに任せてくれ」

「まきはご飯作れたっけ?」

「ああ、なおとふたりきりのときが多いからな」


 それなら安心して任せておこう。

 ただこれは少し腕が窮屈なんだよなあ、転んだ場合は胸の上に乗っけておかないといけない。

 まあ平らだから楽だけどね、今回ばかりは膨らみがなくて良かったと思うよ。


「少し休む、勉強をして疲れた……」

「うん」


 これまた当たり前のように横に寝転んで目を閉じた。

 こちらは側面にくっついておく、縛られたままだからかなりきつい体勢だけど。


「ふたりを甘えさせてもいいけど、甘えるのはわたしにしてくれ」

「これが普通だったもんね」


 最初はさゆみには恥ずかしくて甘えられなかっただけだった。

 だけど、まきはなんかお父さんみたいで安心できたんだ。


「きえ」

「なーに?」


 家はあんまり暑くないから汗の件は大丈夫だけど、今度はベッドが気になってくる。

 気づいていないだけで寝汗とかもかいているだろうから……臭わないだろうか?


「いつもありがとな」

「それはこっちのセリフだよ、いつもありがと」


 こっちに触れようとしてきた手を頑張って掴んでおいた。


「触るのはだめー」

「なんでだよ」

「嘘だよ、みんな好きだね」


 彼女はこちらの頬に触れて柔らかい表情を浮かべていた。

 あ、なんだろう、なんか乙女みたいな感じがする。

 普段は男の子とがはがはと盛り上がっている子だから珍しい。


「まきも私に甘えたいの?」

「ああ」

「そっか、じゃあいいよ」


 多少、他の人達よりは距離が近い気がする。

 間違えたら一線を越えてしまうような感じ。

 いまはまだなにもないけど、そういうのが絶対に出てこないとは限らない。


「私達の距離感っておかしいかな?」

「別に普通だろ」

「そっか」


 求めてくれる限りはやめるつもりはないから意味のない問いだった。

 やめるときがくるとすれば誰か特別な子ができたときだ。

 まあでも、欲を言わさせてもらえば関わってくれている子の中からがいいなあ。

 相手は同性だけどそんなのは意味のない話だ。


「ね、もし私がさゆみかしのぶと付き合ったらどう思う?」

「他の全く関係ない人間と付き合うよりは現実味があるな」

「向こうが求めてくる可能性は低いけど、なんか恋人同士って感じがあんまりしなさそう」


 まきと付き合ったらどう思う? だなんて聞けなかった。

 やっぱり真っ直ぐに否定されると堪えるから仕方がない。


「大丈夫だろ」

「そうかな?」

「ああ」


 いや、これだと候補にすら入っていないように感じる。

 私がそう相手から聞かれたとしたら確実に傷つくから聞いてみることにした。


「じゃあ……まきは?」

「わたしときえのこれまでを思い出せ、全然余裕だろ」

「そっかっ」


 そもそも釣り合うとか釣り合わないとかって自分で考えることじゃないか。

 大切なのは好きだという気持ち、相手も自分も好きなら問題はない。

 相手の家が物凄く高貴な家だとかでなければ、うん、そうなるね。


「てっきり仲間外れかと思ったけどな」

「ちょっと気恥ずかしかったの、だって目の前にいるんだから」

「はは、そうか」


 心臓に悪いからあまり聞かないようにしようと決めた。

 そうしないと駄目だ、悪い返事だったとしたら確実にぎこちなくなるし。


「ありがとっ」

「おう」


 彼女はいつでも私を支えてくれる。

 だからなにか彼女のためにしてあげたかったけど……。


「ね、なにかしてほしいことってある?」

「ある、夏祭りに一緒に行ってほしい」

「あはは、どれだけ行きたいのさ」


 彼女らしいなということしか言ってくれなかった。

 両手首を依然として縛られたままでもやもやがすごくなっていた。




 私達は約束通りお祭りに来ていた。

 もう辺りは結構暗くなっており、雰囲気も悪くはない。

 沢山の人もいる、どちらかと言えば子どもの方が多いかな?


「焼きそば7個で」

「あいよー」

 

 ちなみにこれ、彼女が全部自分で食べる分だ。

 私的にはひとつあたりの量を減らして複数楽しむべきだと思うものの、焼きそばを受け取った彼女が嬉しそうな顔をしていたから水を差すようなことはしなかった。


「ほら」

「え、悪いよ」

「いいから」

「ありがと……」


 このまま持ち歩くつもりはないようで彼女は空いていたベンチに座って食べ始める。

 突っ立っていたって邪魔なだけだからとこちらも座って食べさせてもらうことに。


「さゆみとしのぶは花火の時間から来るんだよな?」

「うん、そう言ってたよ」

「じゃあそれまでは沢山食べておくか」


 いや、それよりもなおくんの監視はどうなっているのだろうか。

 若いのだからそっとしておいてあげようということならそうするけど、本音を言わせてもらえばなおくんが気になっている女の子が気になっていた。

 想像通り大人しそうな子ならともかくとして、ギャルみたいな子だったら新鮮だし。


「なおくんはいいの?」

「いい、姉が邪魔するべきじゃないからな」

「そう……だね、じゃあそうしようか」


 お姉ちゃんであるまきがそう言ったらもうなにもできないじゃん。

 本来はするべきじゃないけど……なおくんと関わる機会も多かったから気になるじゃん?


「人が多いところは好きだ」

「私はちょっと苦手かな、止まったら迷惑をかけちゃうから」


 まるで人生みたいなもの。

 足を止めたら両親が悲しむ、多分だけどまき達も悲しむと思う。

 天珠を全うできるまで前に進み続けるしかないんだ、様々なことを失敗しながらでも。


「なら、あっちの方にいるか?」

「いいよ、それじゃあまきに悪いもん、わざわざ来るの面倒くさいでしょ?」

「いや、無理されている方が嫌なんだけど」


 無理はしていないから大丈夫だと答えておく。

 そこまで空気の読めない人間ではない。

 無茶な要求以外はある程度受け入れるつもりだ、多少の我慢ぐらい普段からしているし。

 それになにより、一緒に来てくれた彼女と一緒に見て回りたかった。

 相方が例え、食べ物の屋台を見るごとに5個とか買っているのだとしても。


「あ、いた……って、どんだけ買ってんのよ」

「はは、わたしらしいだろ?」

「まあそうね」


 やって来たのはどうやらしのぶだけらしいと思っていたら奥の方にぜえはあと既に疲れ気味のさゆみもいて頬が緩んだ。


「さゆみが来たからってそういう顔はどうかと思うけど?」

「みんなで花火を見たかったから」

「ふーん、まあそれはあたしもそうだからいいけど」


 良かった、しのぶの方もバーベキューの日みたいに暗くはない。

 とりあえずは疲弊しているお姫様を迎えに行くとしよう。


「あ、ありえないわ……この数はおかしい」

「ちょっと人がいない方に行こうか」

「……ん? ああ、きえだったのね……」


 って、私が来たから呟いたわけじゃないんだ……。

 せっかく綺麗なのにもったいない顔をしているから陰の方へ行くことに。

 もちろんこうする前にまきとしのぶには事情を説明しておいたから大丈夫。

 一緒に見て回りたいけど放置はできないから。


「私のことはいいわよ、一緒に行ってきなさい」

「私もあんまり人が多いのは得意じゃないし、さゆみのことが心配だから」


 そういうつもりじゃなくても形だけを見れば仲間はずれみたいになるのも嫌だった。

 自分と彼女を同じ土台で扱ってはいけないけど、もしひとり残るようなことになったらさっさと家に帰りかねないから。

 というか、いまの彼女からはそういう雰囲気がひしひしと感じられるためにその対策ということでもあったのだ。


「結構早く来たね、しのぶが急かしたとか?」

「ええ、行きたい行きたいって言われたから仕方がなくよ」

「高校最後の夏休みだから楽しみたいんだろうね」


 お昼は忙しかったりするかもしれないから夜ぐらいはという考えなんだろう。

 ある意味大学に進学する人の方が落ち着いていられるかもしれない。

 そっちの方は勉強を頑張っておけばなんとかなる方が多いから。

 ま、これはあくまで私個人の想像にすぎないし、実際は大変ななにかがあるのかもしれないけど、大雑把にしか知らないのだから仕方がないかと許してほしかった。


「花火は私も見たかったのよ、これまでずっと一緒に見てきたから」

「そうだね、行くって言ってくれて嬉しかったよ」


 行けたら行くという最強の保険をかけていただけかもしれないから少し不安もあったのだ。


「なにか食べたの?」

「うん、まきが焼きそばをくれた」

「お腹減ったわね……」

「欲しい物があるなら買ってくるよ? 行けないというわけじゃないから」


 人間、やる気さえあれば苦手なことでもなんとでもなる。

 人生はある程度は安定した生活を送れるようになっているから。


「……それならお好み焼きを買ってきてくれる?」

「任せてっ」


 お金を渡してこようとしたけどこれを拒否、わーと行って、わーっと買って戻ってきた。


「はいっ、いつもお世話になっているお礼!」

「ありがとう」


 見られていたら食べづらいだろうから違うところを見ていることに。

 ここからでも人が沢山通っているのが見える。

 やっぱり若い子達が多いみたいだ、何気に男の子とふたりきりの女の子も多い。

 多様性が認められてきているとはいえ、好きな異性と付き合うべきだというのが所謂普通だ。

 こればかりは変わることはない、それが標準的だから。

 でもまあ、個人で好き勝手にやる分なら、相手が自分のことを好きでいてくれているのなら自由だと思うんだよね、だからさゆみやしのぶ、まきが相手でも、うん。


「んんっ」

「ん? どうしたの?」

「……これで縛って」

「え、ここ外だよ?」


 ま、まさか……いままで出してこなかっただけでMだったとか?

 いやでもまあ、だからって嫌うとかしないけど。

 恐らくこの前のあれが完全に扉を開かせてしまったということなんだろう。


「し、縛るよ?」

「ええ……」


 やばいやばい、なんかゾクゾクする。

 普段からSの人はMの人を苛めてこういうのを味わっているのだろうか。

 だからって痛いことをしたりはしないけどさ、そうしたらこっちが傷つくし。


「あなたに縛られればあなたのものだもの」


 と、結構やばい思考をしているのをスルーし、責任を取らなければならないということでそのままにしておく。

 自分で余裕で解けるぐらいだから痛くもないから恐らく大丈夫っ。


「はぁ……まきに付き合っていると疲れるわ」

「お疲れさまー」

「ん? なんでわざわざさゆみの前に立つの?」

「あー、いまは疲れて複雑な顔になって、ああ!?」


 何度も言うけど私は非力だ、彼女が無理やり引っ張ったりすればあっさり動くことになる。

 で、外でマニアックなプレイをしているのが見られてしまった。

 そこにまきもやって来て、無言のまま立っているだけの彼女の横で足を止める。


「あ、あれ? いつの間にかさゆみの手首が縛られてるよ~」


 少しふざけて言ってみたもののみんな無言でその場にいるだけだった。

 が、数分後、


「あ、あのー……これはどういう状況?」


 二人三脚みたいにお互いの両手首を縛って……。

 というか、このリボン何本持ってきているんだ……。


「これじゃあ私だけが仲間はずれじゃない」

「さゆみはいいだろ、縛られて興奮している変態娘が」


 これは横一直線に並ぶことになるから迷惑になる。

 人に迷惑をかけてしまった時点で自由ではいられなくなるからやめようと言ったものの、まきとしのぶが聞いてくれることはなく。


「まき、そろそろ花火が始まるわよ」

「よし、それなら行くか」

「その状態で行くの? その方が変態じゃないかしら」


 うんうん、さゆみの言う通りだよ本当に。

 このまま出たら変態プレイをしているということで追い出されるかもしれない。

 お祭りに来て怒られるのだけは嫌だ、ここはと何度も説得を試みる。

 その結果、怒られるようなことにはなりたくなかったのか言うことを聞いてくれた。

 ……帰ったらまたするという約束つきで。


「綺麗ね」

「そうだな」


 私の複雑さとは裏腹に確かに綺麗だ。

 しのぶがぼそりと呟いてしまうぐらいの魅力がある。

 ちなみに横にいる子、さゆみの両手首はまだ縛られたまま。

 私がそれを隠すかのように掴んでいるというのが現状だった。


「もう少し大規模にやってくれてもいいんだけどな」

「それは無理よ、近くに木とかもあるし狭いし」


 寧ろこんなに狭いところで手持ち花火なんかより立派な花火を見られるのがいい。

 やっぱり手持ち花火もいいけど夏と言えば大きな花火を見たくなるものだから。


「終わりは早いわね」

「それは仕方がないな」

「むかつく」


 花火が終わってしまえばお祭りも終わりだからもう帰るしかない。

 家からはものすごい近い場所だからなんとなくいたい気持ちが多かった。


「私、もう少し残るよ」

「は? なんでよ?」

「なんかすぐに帰るのは寂しいじゃん?」

「あたしは先に帰るわ」

「気をつけて」


 まきも帰りたそうにしていたので鍵を渡しておく。

 あんまり遅くならなければ例えひとりでも問題はない。


「って、さゆみは残るの?」

「あなたが残るのなら私も残るわ」

「そっか、じゃあさっきのところにまた座ろ」


 大体30分もしない内に屋台を片付けたりする大人の人達だけになった。

 まあなんにもないのに残っていたって仕方がないもんね、普通の権利だ。

 でも、やっぱりこの終わった後にのんびりするのが好きだった。


「きえ、後でしのぶの相手をしてあげて、また不安になってしまっているようなのよ」

「分かった」


 そりゃ、不安にもなるよなあ。

 だってもう8月の真ん中まできてしまっているし、9月から上手くいかなければ卒業まで他が内定決まった中で頑張る必要が出てくるから。

 そういうマイナスなイメージだけはよくできてしまうんだよなあ。


「さゆみは大丈夫なの?」

「ええ、いま残ったのはあなたひとりだと不安だからよ」

「攻められたいからじゃなくて?」

「……Mというわけではないわ」

「冗談だよ、残ってくれてありがと」


 あ、両親のために焼きそばでも買っておけば良かったと後悔した。

 色々考えが足りないなあ、こんなんで不安な人を安心させることができるのかな?


「ふたりを待たせてもあれだからもう帰ろうか」

「あなたがそう言うなら」


 それでも、最初から私には無理だと片付けないで向き合いたい。

 少しでも力になれるのであればそれに越したことはないからだ。

 と言うより、単純に求められたいという汚い心がある。


「少しでも力になれたらいいけど」

「大丈夫よ、あなたがいてくれればしのぶだって安心するでしょう」

「さゆみは?」

「安心できないのであれば進んでふたりきりになったりはしないわ」


 そりゃそうか、私も緊張する相手と長時間いたいとは思わないしな。

 それなら自信を持っていることにしよう。

 不安がっていると移してしまう、それだと逆効果にしかならないから。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 あれ、だけど家に帰ったらまた特殊プレイをするという話だったか。

 ここは上手く逸らしてあくまで健全な時間を過ごすことにしよう。

 マニアックなのはいらない、普通にして彼女達といたいから。

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