05話.[分からなかった]
夏休みが始まった。
私はある約束を守るために汗だくになりながら山の方へと歩いていた。
正直に言って、人となにかをできるような清潔さがあるとは言えないけど。
「お疲れー!」
「お母さん……」
「んー?」
自分だけ車で先に行くとかおかしいでしょ……恨みでもあるの?
いつも家事ぐらいしかやらないから? 分からないけどなにかがありそうだ。
「あれ、すごい汗だね、飲み物飲んで」
「うん――ぶふぅっ!? な、なにこれっ」
もう全体的にマズすぎる。
これならまだ嫌いな椎茸を食べた方がマシなぐらい。
「え、ひじき味のお水だけど」
「い、いらないよこんなの!」
これ以上責めるのはやめてほしい。
私はまきやさゆみみたいに強いわけではないのだ。
「よし、それで今日ここに来てもらったのはね、バーベキューをするからです!」
「それならなんで別行動なの……」
まきやさゆみ、しのぶ達はちゃっかり車で運ばれているのに?
父なんかたまにしかない休みだからってもうお酒を飲んじゃってるし……。
「まあまあ、焼くのは全部私がやるから任せて!」
ふぅ、それなら私はとりあえず休もう。
ださいとかどうでもいいぐらい暑くて仕方がなかったから既に首に巻いていたタオルを使って拭っていく、……拭いても拭いても出てくるのは何故? 水分ちゃんと残ってくれてる?
「お疲れ様」
「ありがとう……」
やっぱり娘にだけ意地悪したのは納得できない。
これならまだ焼くのとかを全部任せてもらうかわりに車に乗せてもらえた方が良かった。
「これ飲みなさい、これはちゃんとした水だから」
「ありがと」
ふぅ、先程失ってしまった分まで摂取できた気がする。
特にやらなくてもいいみたいだからそれまで休憩することに。
ちなみにまきやしのぶはお肉にしか興味がないらしく、こっちに来ることはなかった。
ある程度の広さがあるから良かった、狭い場所だと自由に座ることすらできないから。
「課題はどれぐらいやったの?」
「もう8割ぐらいかな」
まだ夏休みが始まってから4日ぐらいしか経過していないから悪くない。
細々したものが残っているわけではなく大きなものが残っている形になるので、そう難しい話でもなかった、少なくとも夏休み最終日に泣きつくなんてことにはならなくて済む。
「お肉焼けたよー」
「はーい、さゆみ行こ」
「ええ」
どうせ来たからにはいっぱい食べたい。
でも待て、あんまり近寄ると臭ってしまうのでは?
なので遠慮をしてぎりぎりの範囲内に留まっておくことにした。
焼いてくれてるということならこの紙の皿に乗ってけてくれるまでがセットだろうから!
「なんでそんなに離れているのよ?」
あれ? だけど一向に乗っけられないよ?
馬鹿みたいに突っ立っているままだからそんな娘には厳しくしたいということか?
「いいから来なさい」
「く、臭くない?」
「大丈夫よ、体育の時間の後だって気にせずにいたでしょう?」
それは我慢してくれているだけという見方もできてしまうから難しい。
まあいい、ここまで来てなんにも食べられませんでしたで終わるわけにはいかないのだ。
他の誰よりも食べ……、
「よっしゃっ」
まきよりも食べ……、
「あんたには負けないわよ」
……白熱しているふたりを他所にちびちびと食べていた。
ウインナーが大変美味しい、これはまたいい物を買ってきたんだなあ。
いま食べているこのお肉だってそう、なんか見ただけで高そうだと分かるもん。
もし安いやつだとしても、お高いお肉と思いながら食べられていいと考えておく。
「さゆみちゃんもちゃんと食べてね」
「はい、ありがとうございます」
さゆみは少食さんだから割とどころかすぐにお腹いっぱいになってしまう。
まきは反対にどれだけ食べるの? って呆れたくなるぐらいに食べるタイプ、しのぶは負けじと食らいつこうとして、食べ終えた後に後悔するタイプだろうか。
「そういえばしのぶと仲直りしたの?」
「ええ、ついさっきに」
「良かったね、それと余計な不安を抱えてほしくないから」
プレッシャーになるからこのことを本人に言うことはしない。
しないけど、少しでも良くなるようにって願っている。
尿意を感じて少し抜けさせてもらった。
「汗ふきシートー」
で、体を拭きたかったのもある。
少なくともお腹とか首とかね、そういうところから臭ってくるものだから。
というか、いつこんなところを予約なんてしていたんだろう。
キャンプ道具なんかを持ってきていたりなんかするし本格的すぎる。
ま、私は食べ終わったらゆっくり帰るけどね、30分ぐらいで家には着くし。
「きえ、まだ行かないで」
「え」
いつの間に……足音だって聞こえていなかったのに。
別にそこまでがっついて食べたいというわけではないから大人しく従う。
「まきに全部食べられちゃうよ?」
「……いいから」
「ちょ、いま抱きついたら汗臭いって」
「いいから……」
さっきまであんなに盛り上がっていたのにどうしたんだろうか。
それでも、特に拒みたいとも思わなかったからなすがままになっておいた。
「まきちゃんとさゆみちゃんは車ね、分かった」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「はーい、きえとしのぶちゃんは気をつけてね」
「そっちこそ」
母はお酒を飲んだりしないのでこういうことができる。
父はせっかくのお休みをほとんど睡眠に使うことにしたらしくいまはもうぐーがーとテント内で寝ていた、ちゃんと食べているか? うん、食べてるよというやり取りが唯一したことだ。
「帰ろっか」
「そうね」
帰り道は下りだったけどそれがまた逆に体力を削っていく。
でも、行きと違って隣にはしのぶがいてくれるから断然マシだ。
「どうしたの? 甘えたがりのようだけど」
「……なんにも言わないで手だけ握らせて」
それならこれについても触れることはやめよう。
いま正に頑張っている人間の相手をするのは大変だ。
察しが悪いというのもある、もっとなにも言わずに相手の求めることができればいいけど。
「美味しかったね」
「そうね」
「結局、まきには誰も勝てないね」
食べ放題のお店に行って無謀にも勝負を仕掛けたことがあった。
その頃は自分も小さかったから仕方がない、あのさゆみだって戦っていたぐらいだし。
だからあれからは腹八分目ぐらいで終わらせておくのが1番だと考え直した。
美味しい食べ物を詰めれば詰めるほどいいというわけではないからね。
「……甘えていいのよね?」
「うん、そういう約束だからね」
車通りが全くないとまでとは言えないけど少なかったからだろうか、彼女はまたこの汗臭いかもしれない体に抱きついてきた。
なにか不安なことがあるのか、背中に回した腕や手をぐっとめり込むぐらいの力を込めて。
「苦しいよ」
「……いいじゃない、こうしていないとあんたは……」
この状況でまきやさゆみのところに行くなんて考えているのかな?
そんなの無理だ、あのふたりはあっさりと車で帰ることを選んだのだから。
「気に入ったの?」
手で触れてみても特に特別感はない耳だったけど。
これが彼女流の甘えということなら、いや、汗をかいた後だし汚れているだろうからなあ。
「落ち着いた、帰ろ」
「うん」
今度から念入りに耳は洗っておくことにしよう。
なんらかの病気とかになってしまったら後悔してもしきれないから。
雰囲気はなかなか悪くなかった、それどころか楽しくお喋りしながら帰れた。
楽しかったからなのか行きと違ってすぐに家に着いて。
「寄ってく」
「いいけど」
両親は明日のお昼頃に帰ってくるみたいだからいてくれると助かる。
だってまだ夕方頃だしね、ひとりでは寂しいよ。
「おかえり」「おかえりなさい」
「ただいまー」
どうやらお風呂をためていてくれたみたいだったので入らせてもらうことに。
「ふぃー」
合法的に服を脱げる場所、開放感が凄くていい。
ただ、さすがに最後というわけではないからちゃんと洗って入った。
「きえ」
「入る?」
「いいわ、ただあんたといたいだけ」
「分かった」
鼻歌を歌いながらゆっくりとする。
扉の向こうにしのぶがいるのだとしても気にならない。
私を求めてくれるのならそれでいい、もっと甘えてほしい。
おまけにここから出た後なら清潔だから抱きしめてくれればいいし。
「開けてていい?」
「うん、いいよ」
裸を見られたからっていまさら恥ずかしがったりはしない。
いやまあ、胸が全く成長していないのは気になるところだ。
家事をしてご飯を食べたりお風呂に入ったりしたら寝ることを中学生時代から心がけていたのになんでだろう。
単純にカルシュウムを上手く分解できないからだろうか?
あんまり食べていないからもっと食べれば違うのだろうか? 太ったことがないからどうなるのか分からない。
「実はまだ仲直りできていないのよ」
「え、さゆみは仲直りできたって言っていたけど」
「……あの子は納得していないのに分かったって言うことがあるから嫌なのよ」
確かにそういうところはあるかも。
後になって無理している感じが目立ってきて、実は◯◯だったのと言われることも多い。
私はあんまり言われる立場にはない、だけど見ていて不安になるのは私もそうだ。
「そうだったんだ」
分からなかった、仲直りできたという言葉だけですっかり信用してた。
いや、さゆみ的にはまた戻ったはずなんだ、けどお姉ちゃんの方は引っかかってしまっているというわけで。
「しのぶはどうしたいの?」
「……もう1度、あの子と話し合いたい」
「分かった」
とはいえ、その喧嘩の理由は私だって言っていたから変に動くのは違う。
彼女に構えば構うほど、自惚れかもしれないけどさゆみからしたら面白くないわけだから。
とりあえずは彼女と一緒にふたりが待つリビングに戻る。
「涼し~」
こちらが動く必要もなく、彼女自身がさゆみを連れてリビングから出ていった。
「よく歩いたな」
「うん、疲れたよ~」
当たり前のようにソファに座っている彼女の足の上に頭を乗させてもらった。
本来はこれが自然な形なんだ、私はまきに甘えてバランスを整えていたのだ。
夜になっても私達は一緒にいた。
お昼というか夕方寄りの時間にお肉などを沢山食べたから今日は食べないということにしてゆっくりしていた――ところにふたりが戻ってきた。
「お風呂に入らせてもらってもいいかしら?」
「どうぞ、冷めているだろうから追い焚きしてね」
「ええ、ありがとう」
妹の方が去り、姉の方はソファに背を預けて体操座りを始めてしまう。
どうやら解決には至らなかったようだ、だから特に聞くこともしないでおくことに。
「さゆみが出たらわたしも入ってくるわ」
「うん」
「それで、こいつはどうしたんだ?」
「色々あるんだよ、そっとしておいてあげよ」
逆に静かだと落ち着かないだろうから適度にまきと話しておくことにした。
「きえ、今度の祭り一緒に行こうぜ」
「うん、課題も終わらせたようなものだから行こう」
「は? おいおい……もう終わりそうなのか?」
「うん、そうしないと落ち着かないから」
両親が帰ってくる時間は私が夏休みだろうが当然のように関係ないから仕方がない。
朝からひとり寂しくてなにかをしていないとどうしようもなくなるからだ。
普段からやっているのもあって、こういうときに限って掃除しなければならない場所とかもないからね、だからって普段から疎かにしようだなんて考えないけど。
「明日持ってくるから見ておいてくれないか? 監視されないとやらないから……」
「いいよ、じゃあ家で待ってるね」
こういうのは案外、始めてしまえばなんにも苦ではない。
寧ろ溜め続ければ溜め続けるほど、その量の多さに辟易として負の悪循環に陥るだけ。
「こういう機会でもないときえとふたりきりでいられないからな、どこかの姉妹さん達のせいで困ってるよ本当に」
「来てくれればちゃんと相手をするよ」
「来てくれるのを望んでいるんだよ」
そういえば当たり前のように来てくれるからあんまりなかったな。
自分から動くのが気恥ずかしいというのも影響しているかもしれない。
「……あたしがきえを独占しているとでも?」
「それとさゆみな」
「あたしはただ、きえが甘えてくれればいいって言ってくれたから甘えているだけで……」
「別にきえがそう言っているならやめろなんて言わない、だけどそっちを優先するとわたしのところに来てくれなくなるから複雑なんだよ」
「独り占めしたいだなんて考えていないわ……」
「分かってる、ちょっと妬いていただけだ」
まきのこういうところ、本当にいいなあ。
お姉ちゃんみたいな感じ、いますぐにでも住んでほしいぐらいだよ。
「きえ、ありがとう、気持ち良かったわ」
「どういたしまして……って言うのはちょっと偉そうかな?」
「あなたの家なのだからいいじゃない。しのぶ、入らせてもらいなさい」
「そうね……まき、行くわよ」
「えぇ、まあいいけどよー」
というか、みんな着替えも持っているんだな。
私だけが知らなかっただけで元からそういうつもりだったのだろうか。
私が1番仲間外れにされるのは嫌だ。
だからそうならないようになにがあったかをきちんと相手に説明をする。
自分はしているのに相手にするななんて言うのは傲慢だからね。
そういうことを続けてきたからなのか私達はずっと幼稚園の頃からずっといられている。
「お風呂って気持ちいいよね」
「そうね、お風呂に入っているときだけはぼうっとしていられるもの」
どの季節に入っても同じく健全な意味で快感を得られるというのはいい。
「聞いてこないのね」
「変に口出ししてほしくないと思って」
「別にそこまで複雑な話というわけではないわよ、ただあなたが原因だけれど」
自惚れでもなくやはりあのとき聞いていた通りだったか。
「だからこそだよ、私になにかを言われても困るだけだろうから」
「あなた、しのぶにどんどんと甘くなっているわよね」
「甘えてくれると嬉しくてね、ついついああいう態度で接しちゃうんだ」
求めてくれるってすごい嬉しいことなんだ。
基本的に支えられる側だったから余計に。
私が作ったご飯が食べたいとか、一緒に寝たいとかそういうことをふたりはあんまり言ってくれないから尚更そう思っていた。
どんなことを言われても求めてきてくれる限りはやめるつもりはない。だからってふたりと一緒にいることもやめたくない、わがままだからなんでも欲しがる人間で。
「だから言って? そうしたら必ずさゆみのことを考えて行動するから」
「あなたは昔から変わらないわね」
「そう? このことに関してなら……褒められているんだよね? それなら嬉しいかな」
これはしのぶにもちゃんと言ったことだった。
相手が求めてくれれば私は必ず相手をする。
そのときだけはその子のことを考えて行動している……つもりだ。
「部屋に行きましょう、そうでもしないとあなたとふたりきりでいられないもの」
「それさっきまきからも言われた」
「あなたは贅沢者よね」
いや違う、私が仲良くできていないときはこちらが羨む側で。
ただ見ていることだけしかできない、自分から行くのは……怖いんだ。
だってそれで直接否定なんかされてみろ、あーってなってこのってなって色々な物を捨てたり消去しかねないから。
「ね、こうしても怒らない?」
「あの、なんで私は両腕を縛られているんでしょう?」
両腕は大袈裟すぎたか、両手首をリボンみたいなやつで結ばれているだけ。
彼女は私の上に跨ってそのまま抱きしめてきた。
彼女は身長に合った体重だけど、さすがにこの場合は単純に重い。
「いいわよね、さっきまではしのぶが独占していたんだから」
「せめて横に転んでくれない? そうしたら抱きしめてくれたっていいからさ」
何度も言うけど似ているのは話し方だけ。
それ以外はなにもかも違う、あ、ネガティブな思考に押し潰されそうになっているときだけは本当によく似た姉妹だけど。
「あなたが言ってくれたことを守れなかったわ……しのぶを不安にさせてしまった」
「でも、心があるから仕方がないよ、私だって逆効果なことをしているかもしれないし」
なにも力になれなくて無力感にさいなまれることだって多い。
いや、寧ろそればかりだ、ただいてあげることしかできないなら私でなくてもいいもん。
飲み物を用意することだって他の人でいい、私にしかできないことを見つけたいんだけどな。
「違うわね、私のことを縛ってちょうだい」
「そういう趣味は……ないのでね?」
「お願い……区切りをつけたいのよ」
彼女は「しのぶの今後のために」と口にした。
これがいまの私にしかできないことならばと言うことを聞くことにしたのだった。
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