04話.[ちょっと寂しい]

「あの、少しいいですか?」

「え? あ、はい、分かりました」


 放課後の教室でテスト勉強をしていたらまきのことが気になっている人に話しかけられて中断することになった、あくまで柔らかい表情のまま「ありがとうございます」なんて言っている人が悪そうには見えないけど果たして。


「この前、私のことを見ていましたよね?」

「あ、ごめんなさい、三浦しのぶ先輩に教えてもらったので」

「気になるんですか?」

「まき、横田は親友ですからね、どんな人が近づいているのか気になりますよ」


 あの子は考えなしなところもたまにあるから心配になるのだ。

 それこそ抱きついて「行かないで……?」って上目遣いで言いたくなるぐらいの感じだった。

 どれぐらい効くのかは分からないが、少なくとも効果0というわけではなさそうなのはしのぶに抱きついてみた際に知れたので大きい。


「私は3年生です。余計な情報かもしれませんが大学に入学するために1年生の頃から頑張っています。スリーサイズは84――」

「いいですいいですっ、明らかに害悪な存在というわけでもないのなら止める権利なんてありませんから」


 いきなりスリーサイズを語ろうとするところは少し不安になるものの、こうして見ている限りでは悪い人ではなさそうだなーという感じの感想だった。


「横田さんに近づいた理由はこんな私にも優しくしてくれたからです」

「横田はみんなに優しいですからね」

「はい、それは彼女の周りを見ていれば分かります」


 先輩は「その証拠に、彼女の周りにいられる子はとても楽しそうです」と言う。

 あの子の周りにいるのはどちらかと言えば男の子が多いが、うん、一緒にいるときはとても楽しそうなので先輩の考えはなにも間違ってはいない。

 ところで、優しくしてくれたってまきはどういうことをしたのだろうか。

 毎回というわけではないものの、困っている人を見かけたら助けようと動けるタイプの人間だから色々なことをやっていそうだということは容易に想像できる。

 あとは結構格好いいことを平気で言ってしまえる人間なので、あまり表面化していないだけでモテているのかもしれない。

 高田先生が言うように、みんながみんなちゃんと自分の思っていることや考えていることを相手にぶつけられるわけではないから余計に。


「あ、横田なら帰ってしまいましたよ? あの子はすぐに学校を出るので」

「分かっていますよ、16時頃に挨拶をしましたから」

「じゃあなんで残っているんですか? お勉強ですか?」

「あなたが遅くまで残っていることを知っていたからです」


 それはまた無益な情報を得たものだ。

 さっさと捨ててしまった方がいいと思う。

 空き容量が無限というわけでもないし、大事なときに無駄なものが出るかもしれないし。


「陰から見られるというのは本当に怖いことなんですよ? びくってなりました」

「すみませんでした、もうしませんから」


 無駄に時間を消費させるわけにもいかないからこちらから動かないと。

 いま3年生の相手をするというのは結構気を使う必要が出てくるから大変だ。

 何気ない一言が相手を追い詰めることもあるし、怒らせることもある。

 余裕がないのだ、これからのことに不安な状態だから。


「用があったらこれからは堂々と来てくださいね」

「はい、そうさせてもらいます」


 先輩は出ていき、私はぐてぇっと机に張り付いた。

 勉強なんかする気がなくなった、人と話すだけで疲れるってなかなかないぞ。

 明日は土曜日だから今日は早く帰って、ご飯を食べたりお風呂に入ったりして寝よう。

 映画を見に行くってしのぶと約束しているんだから疲労したまま行くわけにもいかないのだ。


「梅雨ももう少しで終わりかあ」


 そうしたら雨ばかりの毎日から解放されていいな。

 雨が降らなければならないのは分かっているが、あまり好きではないから。

 小学生時代の頃、よく排水溝の上のグレーチング(いま調べた)というやつでつるって滑って擦り傷を負うなんてことが多かったからいいイメージがない。


「あ、そうか、今日はいつもより早いのか」


 家に入ったタイミングで20時だった。

 食事を終えたりお風呂に入ったりしたら大体は寝てしまうから両親とは全然話せていない。

 それでも作ったご飯はふたりとも食べてくれているみたいだから、少しぐらいは役に立てているのなら嬉しいかも。


「あ、もしもし?」

「明日の朝、あんたの家に行くから」

「え、現地集合でいいでしょ?」

「映画、借りてきたから」


 えぇ……どうせなら映画館で一緒に見たかったのに。

 確かに気を使わなくていいのはいいけど、そういうお出かけをしのぶとしたかった。


「隣同士で座れなかったら嫌だし、隣に変な人が来たら嫌だから」

「分かった、じゃあ待ってるね」

「うん」


 通話状態を終わらせて携帯を無意味に見つめる。

 ホラーじゃなければいいけど……。

 しのぶは意地悪なところもあるからもしかしたらそういう可能性もある、どころか高い。

 お願いだからほのぼのとした感じでお願いしますと、願い続けたのだった。




「きゃあああ!?」


 大きな効果音、血まみれの顔面ドアップ、ワンパターンのはずなのに私はもう5回ぐらい悲鳴を上げてしのぶに抱きついていた。

 雨が降っているのにカーテンを閉めたうえに照明も消してあるから真っ暗で。

 こういうことは全くしないので単純に目が痛いし、なによりしのぶの表情がにやついているようで嫌だった。


「お、終わっだぁ……」


 映画のチケットを予約しておけば良かった。

 そうすれば少なくとも怖い思いはしなかったから。

 カーテンを勝手に開け、照明も自分の家なのだからと勝手に点ける。


「あっ、にやにやしてっ」

「ふっ、可愛かったわよ?」


 皿の上に出しておいたお菓子を独占。


「食べさせなさいよ」

「あーん!」

「あむ、うん、美味しいわね」


 ま、息抜きになったならいいよ。

 そのために誘ったんだからこれで間違ってはいない。


「きえ、甘えさせなさい」

「もー……本当に私の体が好きなんだから」

「変な言い方すんな、あんたは黙ってされておけばいいの」


 まきがしてきたときみたいに頭を撫でておく。

 こうして甘えられているときはなんかほのぼのとした気持ちになるからいい。

 これが所謂母性なのかもしれない、しょうがないなーと言いつつなすがままとなる感じ。

 というか、まきもさゆみもしのぶも甘えてくれるって嬉しいなあ。


「もう7月ね」

「そうだね」

「あんたは夏休みに遊べていいわよね」

「やだなー、ちゃんとお勉強をするよ」

「最大限に遊ぶための勉強、ね」


 さゆみがいっぱい遊びたいって言ってきているからそうなる可能性が高かった。

 毎年宿題や課題は7月中に終わらせる性格だからだらけているわけでもないのだ。

 休むときは休む、それを守っていれば人生はきっと上手くいくと思う。

 ぎりぎりまで予定を入れたりするのは良くない、無理したって後に寝込む羽目になるだけだ。


「ま、本格的に動くのは9月からだから遊べないこともないけどね」

「不安で楽しめなさそう」

「……そうね、今日だって楽しめる気がしなかったからこうして家で済ませることにしたのよ」


 珍しい――いや、これが本当の彼女なのかもしれない。

 これまでの余裕そうな態度は全部とは言えなくても作り物であったところもあったわけだ。


「私にはいつでも甘えてね」

「それってあたしにいてほしいから?」

「うん、まきやさゆみにだってそう思っているよ」


 そうすれば、ふふ、私の計画は現実味を帯びてくる。

 大して仲も良くないのに未来もずっと一緒にいたいだなんて思えないから。

 でも、私達は仲良しだと心から言えるからいい。


「だったら耳触らせて」

「え、いいけど」


 彼女はわざわざソファの上に正座をして私の左耳と向き合っていた。

 そこからこちらの耳に触れ始めた彼女だったんだけど……。


「ん……」


 なんか違う、なんか物凄くもどかしい感じが。

 大抵は掻くために触れる場所だからさわさわと撫でられていると物足りないというか。


「きえ、いつもありがと」

「ひゃあ!?」


 急に至近距離で彼女の声が聞こえてきてばっと耳を押さえた。

 くっ、私ばっかり恥ずかしいところを見せることになって嫌だぞ。


「耳が敏感なのね」

「ち、違うよ、人を変態さんみたいに言わないで」

「へえ、それならこうしたらどう?」


 耳たぶを口に含まれ、私はそのとき初めて結構過激な少女漫画の主人公の気持ちが分かった。


「ま、まあ、落ち着いてよ、もっと健全でいよう」

「そうね」


 ふぅ、というか汚くなかったかな?

 一応適度に掃除をしたりしているけどなんだか不安だ。


「しのぶはやっぱりOLになるの?」

「そういうことになるわね」


 うーん、私も大学に行くことはないだろうな。

 それで例えいいところに就けなくても対応しようと頑張るしかないわけだし。

 私は早く働いて両親にこれまでかかった費用をそれとなく返していきたい。

 これまで出してもらったからと返すのではなく、本当にさり気ない形でね。


「なんかしのぶが敬語を使っているところを想像できないなあ」

「ちゃんと切り替えはできるわよ」

「じゃあ私相手に言ってみて」

「嫌、あんたが言いなさい」


 その手には乗らないぞ、このまま敬語にしたらまず間違いなくやられるから。


「ね、本当に私の前では偽らないでね」

「出しているじゃない、こんなのさゆみの前では……見せられないわよ」

「ふふ、じゃあ私だけが知れてうれしー」


 話し方以外はあんまり似ていない姉妹の相手をできるのは得だろう。

 どちらの相手をしても新鮮な気持ちで接することができる。

 それこそさゆみが甘えてくれたら嬉しい、しのぶがこうして甘えてきてもいつも通りでいい。

 あれ? でもそれは信用してくれているからという見方もできるけど、私相手になら適当にしてもいい的な感じなそれも含まれているわけで。


「し、信用してくれてる?」

「当たり前でしょうが」


 良かった、いまはただそう言ってもらえたことを喜んでおこう。

 邪推したっていいことはない、それで過去に1度喧嘩になったことがあるから余計に。

 一緒にいてくれているのだから信じておくことにしておいた。




「やったぜー」


 7月の15日、答案用紙が返ってきて無事だったことを知ることができた。

 さゆみやまきも大丈夫だったどころか、私よりも上だからちょっと複雑だったけど。


「よし、いまから海に行こうぜ」

「海に? それはいいけど」


 1キロぐらい歩けば海辺に行くことができるので早速出発。

 が、


「あっつい……」


 残念ながら夏! って感じの時期なので歩いているだけで凄く汗が出てくるのだ。

 制服は替えがあるからいいけど、少なくともいい気持ちにはならない。

 肌着が張り付いて気持ちが悪い、髪の毛とかだって微妙な感じになるし。


「きえぇ……」

「さ、さゆみは大丈夫?」

「……大丈夫じゃないわ、今年は暑すぎよ」


 それでも付いてきてくれたことが嬉しくて思いきり手を握った。

 この調子だと自力では付いてこなさそうな気がしたから仕方がない。

 決して触れたかったわけではないぞ。


「着いた!」

「天気も良くていいよな」

「うんっ、綺麗っ」


 初めて見るというわけでもないのにきらきらしていてとてもいい。

 さゆみもやっと足を止められるからか、鞄から本を取り出して読み始めようとしていた。

 こういうなんてことはない感じが本当に落ち着く。


「さゆみ、こんなところで本を読むなよ」

「こうでもしないと体力が回復しないのよ、そうしたらきえに迷惑をかけることになってしまうもの」

「なんできえ限定なんだよ」


 さゆみはまきの言葉をスルーして日陰に移動してしまった。

 いまとなっては汗をかいたのが逆にすっきりした感じがしていたので、私は気にせずに水の方にもっと近づく。


「うーん」


 こうしてほとんど同じような目線で見ていると不安になる感じだ。

 そして向こうに別の国があることを考えると少し不思議な気分になった。


「どうした?」

「綺麗なんだけどさ、どこか不安になる感じがしない?」

「それは多分、水の中で息が吸えない生物だからだろ、本能的な部分が影響しているんだよ」


 じゃあ逆に魚とか水中に住んでいる生物は陸地が不安になるのだろうか。

 って、なにを一生懸命考えているんだろう。

 せっかくテストも問題なく終えられたのだから楽しいことを考えればいい。

 それになにより、しのぶが来た際に不安な気持ちにはさせたくないから。


「そういえばまきに興味を持っている人と話したよ」

「そうなのか? 別になんてことはない先輩だったけどな」

「うん、そうだね」


 対同性ならいいけど対異性の場合はあのままでは不安になる。

 年上と言っても結局は高校生で、親のサポートが必要だからあまり変わらない。


「あの人が困っていたから少し荷物を持ってやったんだ、そうしたらお礼がしたい、興味があるって言われてな」

「そうだったんだ? さり気なくできちゃうところがいいね」

「これぐらいは人として当然だろ、好感度稼ぎのためにしているわけじゃないぞ?」

「分かってるよ」


 そういうさりげなく優しくできるところが好きなんだ。

 だからこそこちらもなにかをしてあげたくなる。

 もっとも、そういう機会をくれないから困っているんだけどね。


「まき」

「お、読書娘も来たのか」

「そこをどきなさい」

「おいおい、いきなり可愛げのないやつだな」


 そう言われたら大人しく従いたくないのが人間だ。

 でも、まきはどかないようにしていたけど駄目だった、無理やり間にさゆみが入ってきた。


「ぐっ、どちらかと言えば文学少女なのになんでこんなパワーが強いんだ……」

「ふふ、私は強い女なのよ」


 私はいまさらだけどしのぶに声をかけてからにすれば良かったと後悔していた。

 本格的に始まるのは9月なんだし、それに7月全てが忙しいというわけでもないだろうから。


「ところで、しのぶと一緒にお風呂に入ったって本当?」

「あ、抱きしめられたとも聞いたぜ」

「「それって裸で?」」


 私はふたりの前で土下座をした。

 下は柔らかい砂だからあまり痛くはないけど、敗北した感じがものすごい。


「ま、そんなの自由だからな」

「確かにそうね」


 あ、あれ? いや、怒られるよりはいいんだけど……なんか違う。

 ちょっと寂しい、まるでなにをしていても関係ないとばかりの態度が。

 それにふたりだけで分かり合っています感がむかついた。


「もうっ」

「なによ? 怒るとでも思ったの?」

「いつもなら……」

「ふふ、物足りなくなってしまったのね」

「きえは変態だな」


 真顔で言われるのがなによりも堪えるんですがっ。

 これ以上変態だとかそんなありもしないことを言われても嫌だから正座はやめて座ってた。

 ああ、この状態だと海を見るのは凄くいいなあ、黄昏るってこういうことを言うんだろうな。


「でも、最近は調子に乗っているのも確かよね」

「だよな、しのぶとばかりいたからな」


 地味にテスト勉強をしのぶと一緒にやったりもした。

 別にふたりを選ばなかったというわけではなく、勉強なら家でやりたいと言われてしまったからにすぎない、その逆にしのぶはいつも残りがちだから一緒にやったというわけだ。


「所詮、同級生よりも年上の方がいいということよね」

「敵わねえなあ、どんなに頑張ってもきえと同級生なのは変わらないからな」

「別にそんなことないよ、ふたりとも一緒にいたいよ?」

「「こうやってきえは人を騙していく」」


 人聞きが悪いんだから……。

 いいじゃん、ふたりとも一緒にいたいのは本当のことだ。

 もっと言ってほしいということならいくらでも言おう、それぐらいなら私にもできる。


「あなたに1番合う言葉を言うわ、誰にでも言ってそう」

「確かにみんなに言うけどさ……」

「「はぁ……」」


 こっちの方がため息をつきたいぐらいだ。

 一緒にいてくれている子達とずっと一緒にいたいと思うのはなにもおかしなことではない。

 私でなくたって間違いなく言うはず、もしそうじゃなかったら土下座をしてもいいぐらい。


「まあいいか、責めても仕方がないからな」

「そうね、きえは昔からこんな感じだものね」


 褒められているのかそうじゃないのかがよく分からなくて不安にしかならなかった。

 まあでも、テスト週間のときと違ってふたりの雰囲気が柔らかいものになっているだけで十分だろう、私をからかうことでより落ち着くということならいくらでも使ってくれれば良かった。

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