03話.[分かったからね]

「あれ、寝ちゃった」


 私の膝に頭を乗っけたまま睡眠を始めてしまったみたいだ。

 なおくんの姉であるまきは絵を描いているからそれでも声はかけず。


「ん? あ、なお寝てんのか」

「うん」


 お姉ちゃんは毛布を持ってきてかけてあげていた。

 こういうところは本当にいいと思う、姉なら当然だと言う人もいそうだけど。


「さゆみも来られれば良かったのにな」

「今日はしのぶとお出かけするって言っていたからね」


 朝まで家にいましたけどね。

 なんか雰囲気なんかも甘くて、大変良かったとしか言いようがなく。


「わたしもきえの膝を借りて寝てえなあ」

「今度してあげるよ」

「言質は取ったからな? ちゃんと守れよ」


 脅すようなことをしてこなくたって私は必ず守る。

 自分が口にしたことぐらい守れなくなったら終わりみたいなもの。

 できないのであれば高田先生の言うように断ることが必要だ。

 なんでもかんでも受け入れればいいわけではない。

 それで自分のことが疎かになったらアホだし、なにより期待させておいて結局できませんでしたという結果になる可能性も低くはないのだから。


「ん……あれ?」

「おはよ」

「あ、ごめんっ……気持ちよくて寝ちゃってた」


 なおくんは慌てて体勢を直した。

 小学生の頃から変わらない可愛さ、それでも甘えてくれるというのが嬉しい。


「なお、とりあえず描いてみたけどどうだ?」

「見るっ」


 彼は彼女に自分が出てくるストーリーを描いてほしいと頼んでいた。

 彼女はそれを了承し最初の方からずっと描いていて、彼は私と話している最中に長すぎて眠たくなってしまった、というところだろうか。

 ちなみに、彼は私よりも大きいから正直に言ってこちらが甘えたいぐらいなんだけどね、いやまあ、大きいのに甘えてくれるのはすっごく嬉しいけど。


「きえ、追加の飲み物を持ってきたいから手伝ってくれ」

「分かった」


 部屋を出て、階段を下り、私の家のリビングより大きい場所を通れば冷蔵庫が設置してある台所に到着する。


「って、これがしたかったの?」

「……昨日はわたしだけ泊まれなかったから」


 姉弟揃って甘えん坊だ。

 これまた私よりも身長が大きいのにこちらの胸に顔を埋めるようにして彼女は抱きついてきていた、……すっとんとんだけどいいんだろうか?


「連絡してくれたのは嬉しかった」

「そうしないとまきは文句を言うでしょ?」

「わたしのことについてよく知っているんだな」


 そりゃ知ってるよ、もう約13年ぐらい続いている関係なんだから。

 いつもお世話になっているから彼女の頭を優しく撫でることに専念をする。


「姉ちゃん? あ……」

「わたしだって甘えたいんだ」

「そ、そっか」


 たまには開き直ることも必要かもしれないといまの彼女を見てそう思った。

 彼は雨だというのに友達に誘われたからということで家から出ていった。


「これからどうする? 飯を作るにも早い時間だよな」

「そうだね」


 考えた結果、先程の約束通り彼女にもすることに。


「さゆみとずっと一緒にいたいって言い合ったんだ、だからまきも守ってね」

「ちょっと待て、どうして呼び捨てになっているんだよ? 強要するしのぶはともかくとして、わたしのことだけ呼び捨てにしてくれていて嬉しかったのに……」

「さゆみから呼び捨てにしてくれって頼まれてさ」


 でも、やっぱり私は隠さずにきちんと言えてると思う。

 相手にもそれを押し付けるわけではないけど、少なくともまきとさゆみにも隠さないでいてほしかった。

 ふたりだけが知っていて、自分だけが知らないというのは嫌なんだ、魅力がふたりに比べて少ないから尚更そう考えてしまう。


「……まあいいけど」

「うん」

「それと、わたしだってできることならいたいと思っているぞ」

「うん、ふたりがそう思ってくれているならいつまでも信じられる気がする」


 そのためにも掃除とか手伝いをして徳を積んでおかないと。

 また月曜日がやってくるから明日から頑張ろう。

 本当のところを言うと、手伝ってくれなくていいから側にいてほしい。

 おしゃべりしながら大好きな掃除などをしたかった。

 ま、最近は梅雨だから頼んだりはしないけど。


「そういえばわたしに興味があるって言う人間が現れたんだよな」

「男の子?」

「いや、女だ、学年も名前も分からないんだけどな」


 そこから始まる恋というのもありそうだ。

 もっとも、まきはこれまでそういうのとは無縁だった。

 告白されるのは決まってさゆみだったし、彼女はよく男の子っぽいと馬鹿にされていたから。

 私的には地味に嬉しかった、だってモテなければ自分から離れて行くということもないから。


「あんまり関わらない方がいいんじゃない? 危ないことに巻き込まれるかもしれないわけだしさ、まきが危ないことに巻き込まれたら嫌だよ」

「と言っても、学校の生徒だぞ?」

「だからって完全に安全とは言えないよ」


 私みたいに自分の気持ちを優先してやめた方がいいとか言う人間もいるからね。

 どのように接してくるのかが分からないのなら、とりあえずは警戒しておくことに越したことはない。


「危ない目に遭ってほしくない、けど、まきが会いたいって言うなら止めないよ」

「そうだな、少し確認してみるわ」

「うん」


 多分大丈夫、仮に友達の関係になっても一緒にいてくれる、はず。

 こういう面のことに関してはポジティブ思考でいなければならない。

 ネガティブな思考というのは相手にまで悪影響を与えるものだからね。




「きえ、ちょっと付いてきなさい」

「しのぶ? うん、分かった」


 お昼休み、急に教室に現れたしのぶに付いていくことになった。

 目的地は分からないまま、歩きながら説明するつもりはないようだ。


「ほら」

「あ、まき……」


 廊下が広くなっているところでまきは恐らく昨日言っていた人と話をしていた。

 髪の毛がさゆみぐらい――腰ぐらいまで伸ばしてあって、変わらないぐらい美人な女の人。


「初めて見た、誰?」

「分からない、私も昨日聞いたばかりだから」


 見せることだけが目的だったのか興味を失くしたかのような感じで通ってきた廊下を戻っていこうとするしのぶに付いていくことにした。

 それこそこそこそと見ていたりなんかしたら彼女に興味があるあの人に警戒されかねない、なにか弱みを握られて彼女やさゆみに近づくななんて言われたら嫌だからそのための対策だ。


「それよりあんた、さゆみをあんまり独占しないでよ?」

「してないよ、寧ろわざと適当にしているかのように見せて相手をしてもらおうとしているのはしのぶじゃん」

「ありゃ、分かっていたの? んー、なかなか鋭いわねえ」


 夏になればしのぶは忙しくなる。


「今度の土曜日、映画でも見に行こうよ」


 水族館とか動物園などは遠いから難しい。

 それになにより雨の場合は動物園は無理になるので、近くて見たい内容のものなら確実に楽しめる映画の方を選ばさせてもらったというわけ。


「あんたとふたりきりで? 奢りだったら行ってあげるわ」

「そこをなんとか、可愛い後輩が誘ってあげているんだから」


 が、こっちから誘うとこの通り、彼女は素直に受け入れたりはしない。


「可愛いって、それならまきの方が可愛いわよ」

「ああそうだよ、なんにも魅力もないけど可愛げがある女が誘ってるの」


 それどころか的確に痛いところを突いてくるというコンボ付きだった。

 私からすればダメージを負うことになるからあれだけど、忙しくなったら誘いづらくなるからいま頑張っておくしかない。


「いいわ、行ってあげる」

「ありがとう、可愛い後輩のおかげで就職活動開始前に息抜きできるね」

「ふっ」


 言いたいことは基本的に言うから今回も我慢しなかった。

 と言うより、こうでも言っておかないとなんかもやもやしたから。

 そりゃまきやさゆみに比べて劣っているのは分かってるよ? 分かっているけどそのままぶつけられてはいそうですねとはなれない、できない。

 自分にできることならなるべくやるつもりだからそれを言ってほしい、◯◯してほしいなら◯◯してってね。

 納得できないこともあるかもしれないものの、少なくともなにもさせてもらえずに◯◯の方がいいなんて言われるよりはいいだろう。


「ねえ」

「なに?」

「……教室にいるときのさゆみってどんな感じ?」

「どんな感じっていつも通りだよ、授業中は真面目にやって、休み時間になったら読書かお勉強をやっていてね」


 ここだけの話ということでこの前のことを説明させてもらった。


「だからさゆみの前では理想のお姉ちゃんでいてあげてくれないかな、私とかまきといるときはいくらでも弱音を吐いてくれればいいからさ」

「って、あたしのこれが計算だとでも?」

「当たり前だよ、しのぶはなんでもできちゃう格好いい人だもん――って、これが負担になっていたらごめんね? でも、本当に私からすればなんでもできちゃう人だからさ、さゆみより学力だって上だし」


 彼女のことを本当の意味で分かるまでさゆみが最高の基準だったから驚いた、やったことがないことでもほんの20~30分ぐらい時間があればできてしまうのだからこちらが嫌になるぐらいの優秀さを見せつけてくれたわけだし。


「だからなにか嫌なことがあったりしたら私には好きに言ってよ、逆に抱え込まれる方が嫌だからさ」

「なんかあんた限定になっているけど? いいか、じゃあ言わせてもらうけど」


 彼女は私のおでこを突きながら、


「年下に気を使われるのが嫌」


 そう言って珍しく真面目な顔になった。

 今日も保険をかけようとしたら唇に指を突きつけられ言えず。


「気にしなくていいのよ、学校生活を楽しむことだけに専念しなさい。あ、それでもさゆみの前で手のかかる子どものような振る舞いをするのはやめるわ、あの子を進んで困らせたいというわけではないし」


 頷いたら笑みを浮かべてこちらの頭を撫でてくれた。


「じゃあね」

「うん、またね」


 他人のことで引っ張られすぎてしまうさゆみ対策にはこれでいい。

 お姉ちゃんのことが大好きだから他のなによりも効果的なはずだ。


「抱え続けたら潰れちゃうもん、だから間違ってない」

「なにがだ?」

「いましのぶに無理しないでって言ったの、けど聞いてもらえなくて」


 でも、やっぱり言えない人も多いんだろうなって。

 一応、土曜日に映画に行くことをまきに説明しておいた。

 押し付けはしないけど私は自分らしく生きることを続けよう。




 今日も掃除をしていた。

 反対側の校舎にいける渡り廊下前の廊下と、ついでにトイレ。


「ふぅ、これぐらいでいいかな」


 いまの時間は大体、20時過ぎぐらいだ。

 2時間ぐらいなら家でも大人しく待てる。


「かーえろ――ぐぅぇ……」


 頬に指がめり込んで痛い。

 彼女は別にネイルをしているとかではないものの、普通に痛い。

 困惑や痛みにおよおよしていたら「やりすぎ、どれだけ待たせんのよ」と彼女はあくまで普通な感じで言ってきた。


「え、なんでしのぶがいるの?」

「いいから帰るわよー、いまは雨だって止んでいるんだから」


 待っていてくれてもほとんど一緒に帰れないというのが実情で。

 その証拠に、


「もう着いちゃったね」


 実際にこうなって、家の前で逆に申し訳なくなったぐらいだ。


「早く開けなさいよ、早く着くぐらい分かっているわ」

「あ、そう? それなら開けるけど」


 家なんだから入らなければ始まらないし。

 いつも通りの振る舞いをして、私はご飯作りをしていたら無理やりリビングの方に連れてかれてしまった。


「いまはあたしを優先しなさい、土曜日は付き合ってあげるんだから」

「うん」


 ま、今日も両親が帰ってくるのは22時頃だって言っていたから慌てなくていいか、確かにお客さんを優先するべきだと私も思う。


「ほら、ここに座って」

「うん――わ、急にどうしたの?」

「……あんたが甘えろ的なことを言ったんじゃない」


 いいか、それを言ったのも確かに私だから。


「なにか不安なことでもあるの?」

「就職活動よ」

「そりゃしのぶでも不安になるよね、今日はごめん」

「……あんたが悪いわけじゃない、実際にあんたからすればあたしはできることが多いからね。ある程度は動じずにいられるのも確かだし、構ってほしくてわざとらしい態度を作っているのもあるからね」


 ラインというのをきちんと把握できているからこそできる行為。

 私が真似をしたらあっという間に喧嘩になってそのまま関係消滅になるだけだろう。


「でも、あたしのことはいいからあの子のことを気にかけてあげて」

「無理だよ、一緒にいてくれるみんなのことが心配になるに決まっているじゃん」

「……じゃあ、あたしがこうして甘えてもいいの?」

「当たり前だよ、これまで助けてくれたじゃん」


 ただなんとなく幼馴染にはカウントしづらい相手だった。

 ふたつ年上だからというのもある。

 あとは彼女に対しては特になにもしてあげられていないからだ。


「なら、ひとりで不安なときは甘えるわ」

「うん、私にならいくらでも甘えてよ」


 そうすればもっと私といてくれる気がする。

 少なくともなにもしないでいるよりかは可能性が高い。

 出会ってから関係が続いているのは彼女もそうだから、理想は4人でいつまでもいること。


「なら泊まるわ」

「え、さゆみといなくていいの?」

「……実はいま喧嘩中」

「えぇ……じゃ、泊まるといいよ」

「ありがと」


 喧嘩なら早い内に仲直りしてもらわないと。

 長引くと私の計画に支障が出る、それだけはあってはならない。


「お風呂ためてくるね」

「ためながら入ればいいじゃない、行くわよ」

「えっ、ああ!?」


 残念ながら私には逆らえるようなパワーはなく、数分後にはお互いに素っ裸の状態でお風呂場内にいた。


「なに緊張してんの? お風呂なんか何回も一緒に入ったじゃない」

「あの、それはあなたが胸に触れてきているからですが……」

「あ、敬語使ったよねいま、罰としてここをつまんでおくから」

「ちょ……」


 自分でも触ることなんてないぞ……。

 ま、まあいい、もう洗い終えた後だからゆっくりつかっていよう。


「早く仲直りしなよ?」

「あんたのことで喧嘩になったのよ」

「そうなの?」


 今度は安心安全、胸に意識が移ったのでって……安心できるかっ。


「それで? なんで私のことで?」

「あんたがあたしに甘いからだって」


 違う、悪く言えるようなことがなにもないからだ。

 仮にあっても黙っている、指摘できるような人間でもない。


「でも、甘いのは確かなのかもしれないわね、いまだって胸に触れたままでも怒ってきたりしないし」

「甘えてと言ったのは私だからね、それに母性が出ているということじゃん?」

「こんなに胸がないのに? 掴もうとしても骨が邪魔して無理なのに?」


 うぅ、そんなこと言うなよぉ。

 分かってるよ、この胸は私から生えているんだから。

 

「じゃあなんで嬉々として触ってるの」

「落ち着くから、しかも裏でまきとかさゆみにはめちゃくちゃ触らせてそうだからでしょ、独占されるのはごめんなの」


 誰もこんなの触らないよ、本人だって洗うときぐらいしか触れないんだから。


「そろそろ出よっか、お腹減ったから」

「そうね」


 拭いていたときに背中に急に柔らかな感触が。


「ありがと」

「うん」


 これは……報告するべきなのだろうか。

 いや、求められたら言うことにしよう。

 ふたりだってお風呂に入ったんだよ、裸で抱きしめられたんだよって言われても困るだろう。

 ……単純に私が怒られたくないんだけど、けれど怒られている内は興味を持たれているわけだから悪いことでもないんだよね。

 終わったらご飯作りを開始して、21時半頃にふたりでご飯を食べた。

 正直に言えばこんな時間に食べるのは良くないし、微妙な気もするけど、こうして彼女のように泊まってくれなければ寂しいのだから仕方がない。


「寝よ、もう眠たい……」

「分かったわ」


 ……明日からはあと1時間は早く帰ることにしよう。

 まだまだ子どもだから食後なんかはすぐに眠くなる。

 お風呂に入った後であれば尚更のこと、歯磨き中に誤って飲み込みそうになって慌てて吐き捨てたぐらい。


「しのぶ……」

「今度はあんたが甘える番なの?」

「うん……いつもありがと」

「あんたになにかしてあげているのはまきやさゆみでしょ」

「違う……しのぶも……同じ」


 ちょっと眠たいふりをして彼女を抱きしめた。

 なかなかできる機会がないから仕方がない。


「しのぶ……頑張ってね」

「……あんがと」


 ふぅ、抱きしめたら落ち着いた。

 これを拒まずにいてくれているということは嫌われているわけではないから。

 一方通行じゃない、私達は確かに一定の関係を築けているのだと分かったからね。

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