02話.[自分で脱ぐから]

「すっごく可愛いですっ」

「よ、よせ……もう見なくていい」

「えっ、ちょっ、あー!」


 日曜日の午後、私は高田先生の家にいた。

 いつも入り浸っているわけではない。

 簡単に説明するとひとりで買い物に行っていたら雨が降ってきてわーっとなっていたところで先生と遭遇したというだけ、本人が言うように先生の家が物凄く近かったからお邪魔させてもらっているという形になる。


「ずるいですよ、中学生時代から大きいなんて」

「大きくてもデメリットばかりだぞ」


 くっ、言ってみたかった。

 でも、確かに胸が大きい=モテるに繋がるわけではないことはまきを見ていれば分かる、あの子自体があまりそういうことに興味がないということも大きいんだけど。

 やっぱりなんだかんだ言っても容姿、可愛いとか綺麗だとかじゃないと見向きもされない。

 内面を見てもらえるのはその後、つまり私にとってはチャンスすらないわけだ。


「さすがに休みの日まで横田や三浦といるわけじゃないんだな」

「よこ……みう……ああ、まきとさゆみちゃんのことですか、昨日は一緒にいましたよ」


 私の前で昔以上にいちゃついてくれた。

 追い出したくなったのは1度や2度ではない、最終的には構ってくれたからそんな酷いことはしなかったけど今度は分からないかな。


「ま、ひとりで良かったよ、これをやろう」

「なっ!? こ、これはハーゲン――」

「いちいち言わなくていい、雨が弱まるまでこれを食べてゆっくりしよう」


 マジか、200円超えのアイスなんてそう食べられないぞ。


「わっ、カチンコチンだ」

「溶けているよりはいいだろ?」

「そうですね」


 これは普段頑張っているご褒美としていただこう。

 恐らくそういうつもりで先生もくれたんだと思う。

 そうでもなければバイト禁止学生の私からすれば高価すぎるから。


「はむ、お、美味しいっ」

「大袈裟だな、美味しいのは確かだが」

「でも、私にはやっぱりラクトアイスが合います」

「あれらも美味しいからな、値段だけが全てではない」


 先生は「なにより高価な物は量が少ないからな」と言って笑った。

 結局のところ、私はお金持ちというわけではないから質より量なのだ。

 高級和牛を食べるために他を我慢しなければならないのなら安い牛肉を沢山買って食べたい。 

 と言うより、焼き肉を食べられたというだけで私は大満足だった。


「ありがとうございました」

「いつも木村には手伝ってもらっているからな」

「私でもできることしかできていないですけどね」

「自分にできるラインをきちんと把握できているのはいいことだ」

「……なんにも出ませんよ? お手伝いぐらいしかできないですから」


 私みたいな人間は褒められるとすぐに調子に乗ってしまう。

 それで呆れられるまでがワンセット、そこから先は離れていくか残るかの二択。


「ふっ、なにかを求めるために言ったわけではない」

「そうですか」

「ああ、あ、送ろう、いまは雨が弱まっているみたいだからな」


 先生に送られるって生徒会長とか偉い人になったみたい。

 もし私達がお互いに好き同士だったらなどと考えて、それはないかと片付けた。


「あ、これ……どうするんですか?」

「今度取りに行くからそれまで持っておいてくれ」

「分かりました、ありがとうございました」


 ふぅ、先生とみんなには内緒で過ごすというのもいいな。

 もっとも、先生のことを考えれば今回だけにしておくべきなんだろうけど。


「ただいまー――え?」

「おかえり」


 何故かまきが玄関にいた。

 私はひとりっ子だし、両親は休日だろうが夜遅くまで帰ってこないから驚く。

 だって鍵を閉めたはずなのにどうしてと、玄関先で突っ立ってしまう結果に。


「ん? それ誰の服だ?」

「あ、高田先生の――って、ああ!?」


 借りたまま帰ってきてしまったじゃないか、なんなら服とかを忘れてきちゃったよ!


「そ、それよりどうやって入ったの?」

「扉、開きっぱなしだったぞ」

「嘘っ!? あ、ありがと、見ておいてくれたんでしょ?」

「まあな、勝手に入らせてもらうことになったのは悪いが……」

「いいよいいよっ、え、あ、だからここにいたの?」


 曰く、不法侵入になってしまっていたかららしい。

 けどそのまま帰宅することもできずに玄関に居残った、というわけか。


「いま飲み物を用意するよ、それとご飯も」

「それよりなんで先生と?」

「途中で雨が降ってきてびしょ濡れになってさ、高田先生が近いから家に来いって言ってくれて素直に甘えさせてもらった感じになるんだよね」


 その際に服やズボンを借りたら身長差がすごいから結構ぶかぶかだった。

 でも、年上の格好いい先生の服を借りられるって本当にすごい話だ。


「脱げ」

「うん、お洗濯しないといけな――きゃあ!? な、なに?」

「着てたら駄目だ」

「わ、分かったから、自分で脱ぐから」


 しかしここで脱いでしまうと裸だから部屋に向かう。

 お風呂には入らせてもらった後だからそこまで気にしなくていいだろうけど、確かに人の物を着させてもらっているというのは緊張するから着替えさせてもらったのだった。




「ふんふっふふーん」


 楽しい、掃除をしているといい気持ちになれるから好きだった。

 本当はこうしてひとりでやる方が好きだ、鼻歌だって気にせずにいられるし、なにより自分のペースでできるというのが1番だから。


「ちょ、ちょっとあんたっ、隠れさせてっ」

「え、は、はい」


 何事かと、鼻歌を聞かれていなかったかと困惑している内にひとりの女の子がやって来た。


「きえ、ここに女の子が来なかった?」

「き、来てないよ」


 ああ、さっきの人はさゆみの姉だ。

 あまりにも衝撃的すぎて分からなかった、少し落ち着こう。


「それで、あなたはまたお掃除?」

「うんっ、綺麗になると嬉しいんだっ」


 もちろん、毎日毎日教室だけをやるのではなく廊下を勝手にやったりもする。

 とかなんとか言い訳をしつつ、さゆみがどこかに行くか興味を失うのを待つことに。


「はぁ、あなた嘘ついたわね」

「え? 嘘なんかついてないけど」

「そこにいるのは分かっているわよ、出てきなさいしのぶ」


 ま、少なくともこの教室に入る前の背中を見ていたら分かっているわけだしね。

 これはもう諦めるしかない、私は気にせずに掃除を続けることにした。


「はぁ……」

「ごめんね、大して役に経てなくて」

「あんたは悪くないわよ、悪いのはあたしだから」


 敬語じゃないのはさゆみと関わった分、彼女とも一緒にいたからだ。

 敬語を使おうとしても本人によってタメ口でいることを望まれる。

 ちゃんと従っておかないと脱がされるから従うしかないというのが現状だった。


「姉なら逃げずに堂々としていなさい」

「テストも終わったばっかりなのに勉強をやらせようとしたからでしょ」

「それならせめて部屋の片付けぐらいしなさい、年下であるきえより情けなくてどうするの」

「うるさい、もう少しで就活活動も始まるからゆっくりでいいのよ」


 そうか、もうしのぶもそんな時期になったか。


「きえ、この口うるさい妹を黙らせてなさい」

「さゆみ、確かにしのぶが言うように頑張るのはこれからだからいまはいいんじゃないかな」

「あなたは甘いわ」


 そう言われても相手は年上、それに相手の家の人間だ。

 家族であれば言ったかもしれないけどね、まきと同じで自由な振る舞いをするから。


「それよりきえ、あんたいま敬語を使ったわよね?」

「は、入ってきた人がしのぶだとは思っていなかったから……」

「脱がす」

「きゃあ!?」


 とてもじゃないが学校ではしてはいけないような格好になった。


「剥かれたくなければ敬語は使うな、それとこれからも呼び捨ては継続だから」

「うん……」

「よし、なら着なさい、みっともないから」


 誰のせいだと思っているのか。

 それでも慌てずに着たらどこか満足したかのような感じで「よしっ」と彼女は言った。

 話し方が似ている姉妹だ、それとたまにまきや先生のような話し方にもなる。


「ふっ、きえの前ではあんたも強気には出られないわよね」

「後で必ずやらせるわよ」

「逃げるから無理っ、じゃあね!」


 ただ、性格に関しては似ていないとしか言いようがない。

 こっちを見る冷ややかな目が私の精神にじりじりとダメージを与えていく。


「まきやしのぶにだけ甘いのはなんでなの?」

「そういうつもりは、それにさゆみちゃ――」

「呼び捨て」

「さゆみにだって同じような対応をしているよ」


 嫌われたくないから人によって変えたりはしない。

 寧ろそういうことをしているのはまきとさゆみの方だ。

 で、そういう考えになったときにぶつけないから偉いっ。


「そういえばどこに行ってたの?」

「図書室で勉強をしていたの、そうしたらしのぶが来たから追った形になるわね」

「しのぶは大丈夫だよ、やらなければならないときは切り替えて頑張れる人じゃん」

「ふふ、そうね、あんなのでも私より学力が上だもの」


 しかも同性異性関係なく友達が沢山いる。

 何故か生徒会長さんとも仲がいいという不思議な人。

 どちらかと言えば周りを振り回すタイプなのになんでだろう。


「あんなのとか言わないであげて、しのぶに助けられたことだって多いから」

「はぁ、まあいいわ、時間があるのなら勉強をしていきましょう」

「うん、もうちょっとで終わるから待ってて」


 掃除道具を片付けたり手を洗ったりしてから机をくっつけて勉強をすることに。

 こんな私達も来年は就職活動か受験勉強かってところまできている。

 さゆみは大学に行くと言っていたから離れる可能性は大って感じで。


「社会人になってからも一緒にいてくれる?」

「なによ急に、あ、どうなるのかは分からないから安易に言わないようにしているわ」

「私はまきやさゆみ、しのぶ達といつまでもいたいよ」


 お酒を飲める歳になったらみんなで行っても面白いかもしれない。

 恐らくすぐにジュースの方がいいとかって子ども舌の私は思いそうだけど、更に綺麗になったさゆみを見たい、大人しくなったまきやしのぶを見たかった。


「行くとしたら県外の大学なの、通うためにそっちに住むようになる。そうならあなたは、あなた達は……」

「離れても変わらないよ、絶対なんて言えないけどそういう風に考えながら生きていくから!」

「……やりましょうか」

「うん」


 とはいえ、そこまで本気にならなくても普段からやっているから問題ない。

 だからいまからやるのは僅かに空いた穴に物を埋めていく行為だ。


「今日も遅いのよね?」

「うん、それどころか最近は22時とか、遅いときは23時のときもあるから」

「忙しいのね」

「だからせめて家事とかはって覚えたの」


 お菓子作りは完璧に趣味。

 けど、ご飯を作ったり掃除をしたりなんてことをすることで、少なくともいい気持ちで家で休憩してくれたら嬉しいから。


「今日行ってもいい?」

「しのぶに指導しなくていいの?」

「どうせ聞かないから、それにお母さんもしのぶに甘いもの」


 いい結果を必ず持ってくるからこその信頼か。

 逆にああいう態度も全て計算のように思えてくる。

 どこかで聞いた、アホを演じられる人間ほど賢いと。

 あんまりアホって感じもしないけど、飄々とした態度は少し羨ましくもある。

 なにかがあってもあまり動じず、私のような人間に大丈夫だからって言ってくれるから。

 無根拠だと言われればそれまではあるものの、ありがたいんだ、そういう言葉が。


「それならまきに言っておくね」

「待ちなさい、言わなくていいわよ」

「いや、内緒にしようとすると私が怒られちゃうから」


 しのぶみたいに脱がせてくる! なんてことにはならないからいいんだけどね。


「分かったわ、それでもこれで帰りましょう」

「もういいの?」

「ええ、あなたは普段から真面目にやっているもの」


 勉強は誰かとやれるのが1番いい、相手がさゆみであれば最高だ。

 物や机などを戻して教室を出ることに。


「7月までまだ時間があるね」

「夏になったらいっぱい遊ぶわよ」

「ん? なんか珍しいね」

「来年は勉強で忙しくなるから」


 そうか、色々と決めて動き始める時期だからな。

 私はどうしたいんだろう、両親は大学に行きたいなら行っていいって言っていたけど。

 早く就職をして少しずつ返していきたいという気持ちもある。


「やっぱり言うわ、私もあなた達といたい」

「うん、みんなでいたいね」


 関わる時間が増えれば増えるほど、距離ができても続けられる気がするのだ。

 30、40、50代になったときにも一緒にいて、高校生活のいまみたいに盛り上がれるのが私にとっての理想だった。

 結構難しいことかもしれない、相手が結婚してしまっていたり、他に優先したいことができてしまっていたりしたら会ってくれなくなる可能性が高いから。

 でもだからこそ、そうはならない、一緒にいられるって願い続けたい。


「よう」

「なんでここにいるの」

「家に泊まるなんて聞いたらじっとしてもいられないだろ」


 私はさゆみが泊まるという旨を説明しただけ。

 こんなわざわざ雨の中で、しかも私達より先に家の前で待っているなんて思わなかった。


「なんてな、弟とふたりきりだから一緒にいてやらないと寂しがるし」

「ならいてあげなさいよ」


 確かにその通りだ。

 さゆみか私に圧をかけたいにしても、メッセージや電話でもいい。

 

「ああ。あ、今度ふたりとも家に来てくれ、なおが会いたがっているから」

「分かったわ」

「うん、行かせてもらうね」


 家に入ったらほっとした。

 いつもはひとりで寂しい場所だけど、今日は彼女がいてくれるから。


「ご飯は後でいいわ、ゆっくりしましょう」

「分かった」


 なんか色々なことで胸がいっぱいだったから助かる。

 いまはただソファにでも座ってのんびりしたい。

 家に誰かがいてくれるってこんなに嬉しいのかって、そう思っていた。


「きえ、少し甘えさせて」

「うん」


 意外にも彼女が私に甘えて、私はまきに甘えるという面白い感じだった。

 まきはどちらかだけを贔屓したりはしていなかったから良かったかな。

 多分、さゆみはまきに甘えたいけど恥ずかしいからこうしているんだと思う。


「不安よ、しのぶなら問題ないって分かっているけど……」

「大丈夫だよ、あのしのぶだよ?」

「姉だって……ひとりの人間だもの、きっと妹相手にだって言えないこともあるわよ」


 だから困っているようなら聞いてあげてほしいと彼女が言った。

 私に吐くようには思えない、が、こういう決めつけがもしかしたら苦しめる可能性があるかもしれないからよく見ておこうと決める。


「それでちょっと暗い顔をしていたんだ」

「……出てた?」

「うん、勉強をしているときからね、あんまり集中できていないようだったし」


「あなたは普段からしているから」と言って短時間で終わらせるような子ではないから。


「こっちの方が気になるよ、人のことで凄く悩んじゃう子だから」

「自分にはなにもできないからもどかしいわ……」


 この不安そうな顔をしのぶに見せたくなかったんだろうな。

 姉思いの妹だ、こんな子が妹なら毎日が大変そうだけど楽しそう。


「さゆみこそちゃんと言ってね、抱え込まないでね」

「ええ……」

「そろそろご飯作――分かった」


 上目遣いとかずるいな……。

 今度物凄く甘えたい気分になったらまきにしてみることにしよう。


「……こういう日にでもしておかないと、あなたは他の子のところに行ってしまうもの」

「来てくれればちゃんと相手をするよ」

「あなたから来て、読書か勉強ぐらいしかできない私だけれど」

「ちゃんと行くよ、寧ろさゆみが来てよ」


 ふたりだけで仲良くされると嫌なんだ。

 私だってふたりにとって幼馴染なんだから。

 だよね? 幼稚園の頃から3人でいるんだから大丈夫だよね?

 物凄く不安になって、逆に私が彼女に抱きついた。


「仲間外れにしないでね……」

「するわけないじゃない」

「だって、まきとばっかり仲良くしているし」

「それはあの子が絡んでくるからよ」


 傍から見れば信頼しあっているからこそできる盛り上がりなんだ。

 だから不安になる、もしかしたらふたりだけでいいんじゃないかなんて考えてしまう。

 けど、どうすればいいのかは分かっている。

 ネガティブな思考には負けず、遠慮しないで近づけばいいのだと。


「私は離れないから、さゆみやまきが私を嫌っても張り付いているからね」

「ふふ、そうなったら怖いわね」


 平凡だからこそ彼女達といっぱいいたい。

 そうすれば少しぐらいは吸収できるかもしれないからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る