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Rinora

01話.[もう知らないわ]

 私には幼馴染がいる。

 教室の後ろを陣取って男の子と男の子同士みたいな感じで盛り上がっている横田まきと、自分の席に座って読書を楽しんでいる三浦さゆみ。

 約13年間一緒に仲良く過ごしてきた仲――だったんだけど……。


「また本なんか読んでいるのかよ」

「別にいいでしょう? 馬鹿みたいに騒いでいるあなたよりはましよ」


 高校に入学してからはずっとこんな感じだ。

 ふたりとも話すには話すけど、どちらも喧嘩腰というかぴりぴりしているというか。


「気に入らないのなら話しかけてこなければいいじゃない」

「せっかく話しかけてやっているのになんだその態度はっ」


 あ、ちなみにこんな話し方だけど女の子だ。

 ――じゃなくて、とりあえずいまは止めないとっ。


「まあまあっ、喧嘩するのはやめようよっ」

「きえがそう言うなら」

「そうね、あなたがそう言うならやめるわ」


 ふぅ、どうしてこうなってしまったんだろう。

 受験に合格して一緒の高校に通えるねって3人で楽しそうに話したというのに。

 春休みが終わっていざ高校生活! となったときにはもうこんな感じだった。

 春休みになにかあったのだろうか?


「木村ー、ちょっと来てくれ」

「あ、はいっ、それじゃあ喧嘩しちゃ駄目だよ?」

「大丈夫よ」

「ああ」


 廊下に出たらすぐのところで呼びかけてきた声の主、高田なみえ先生が立っていた。


「どうしましたか?」

「今日の放課後に残っておいてくれ、片付けたいところがあるんだ」

「分かりました」

「いつも悪いな、頼ることになってしまって」

「気にしなくていいですよ、お掃除とかお片付けは好きでやっていることですから」


 みんなのためになっている、だなんてことを言うつもりはない。

 早く家に帰っても両親の帰宅時間が大体21時だから仕方がないのだ。

 ひとり寂しく家にいるぐらいだったら学校のどこかを綺麗にしていた方がいい。

 入学してから早2ヶ月、ほとんど毎日してきたからしないで帰ると申し訳ないぐらいで。


「きえ、なにか言われたのか?」

「放課後に片付けたいところがあるんだって、だからお手伝いして帰ろうかなって」

「そうなのか」


 いまは6月だから帰るときには天候が悪いのもあって真っ暗かもしれないけど、ここら辺は治安がいいし、なにより家が学校のすぐ側だから気にする必要もなかった。

 忘れ物をすぐに取りに行けるのも好都合、忘れるなって話だけど。


「教室で待っておいてやるよ」

「いいよいいよ、それじゃあ申し訳ないから」

「そうか? じゃ、帰るときは気をつけろよ?」

「うん、ありがと! まきも気をつけてね」


 さすがにそこまで子どもではない、しかもなんなら彼女の方が家が遠いんだし。

 気にしないでほしかった、寧ろ彼女の安全のために早く帰ってほしかった。




「ふぃ~、結構遅くなっちゃったっ」


 もう20時を越えてしまっている。

 鞄を取りに行くために教室に寄って帰ろうとしたときだった。


「え、さゆみ……?」


 真っ暗な教室だったから危うく見逃すところだったけどやっぱりそう。


「……終わったの?」

「うん、さっき高田先生と別れてきた」

「そう、それなら帰りましょう」


 外は結構強い雨が降っているようだった。

 放課後特有の静けさの中に雨が建物にぶつかる音は常に聞こえていたものの、ここまでとは思っていなかったから少し驚く。


「もしかして待っていてくれたの?」

「ええ、あなたひとりだと心配だもの」

「いや、家すぐそこなんだけど、さゆみちゃんの家が1番遠いんだよ?」

「関係ないわ」


 まあ、私の家からという考えではあるから10分もしない内に彼女の家にも着くんだけどね。

 ……でも、いまはそれよりも聞いておきたいことがある。

 幼稚園の頃からずっと3人で仲良くしてきたのになにがあったのか。

 寧ろなにもなかったのか、なにもなさすぎたのか、私はいまそれを知りたい。


「ねえ、なんでまきと仲悪くなっちゃったの?」

「昔からこんな感じだったじゃない」

「違うよ、ふたりは本当の親友って感じで楽しそうだったもん」


 まきに対して呆れていたときも多かったが、彼女は必ずまきと一緒にいた。

 私が知らない間に遊びに行っていたとか、そういうのを後から聞いたことが何度もある。


「……ちょっとした言い争いになったのよ、春休みにね」

「やっぱりそうだったんだ」


 自分中心で世界が動いているわけではないから当然なのだとしても、自分の知らないところで仲のいいふたりになにかがあったということが単純に悲しかった。 


「でも、あなたには関係のないことよ、気にしないでいいわ」


 そんな言い方をされたら……寂しいじゃん。

 確かに聞いたところでなにもできないかもしれないし、逆効果にすらなりかねないところもある……かもしれないけどさあ、それじゃあ身も蓋もないというか……私だって幼馴染なのになんか距離を感じて嫌だった。


「着いたわね、暖かくして寝なさいよ?」

「うん、さゆみちゃんもね」


 中に入ってからはぁとため息をついてしゃがみこんだ。

 こういうのが1番もやっとする、あとは信用されていないみたいで嫌だった。




 今日の放課後はひとりで掃除をしていた。

 もやもやが残ったままだから自分勝手にすっきりさせたかったのだ。

 まきに聞いても関係ないでぴしゃりだった。

 そんなに幼稚園の頃から一緒にいる私は信用できないのかと傷ついたのもある。


「もう……落ちないっ」


 こういうときぐらい空気を読んでおくれよ、汚れさんよ。

 そうでなくても私は仲良くなかったのかもしれないって不安になっているんだから。

 どうすればいいのかが分からない、気にしないようにしようとしてもなんだかんだで話しかけて言い合いに発展しそうになることが多いからその度に直視させられるし。


「どうした、木村にしては珍しく荒れてるな」

「あ、なんかもやもやしてて……」


 いつの間にか高田先生が近くにいたようで、結構どころかかなり恥ずかしくなった。


「言えることなら言ってみろ、少しは楽になるかもしれないぞ」

「えっとですね――」


 先生は別に友達というわけではないけど言わせてもらった。

 とはいえ、それで完全にすっきりしたというわけではなく、それどころかよりなんで! ってなってくるのだから良かったのか悪かったのかよく分からない。


「ふたりが幼馴染ってすごいな、珍しい」

「え? あ、はい、そうですね」


 大抵はひとりしかいない……のかな?

 別に生まれた瞬間から一緒にいるから幼馴染というわけではないらしいからいる人はいそうだけど、ふたりどころかそれよりもいる人がいそう。

 私はその人達みたいに仲良くできている気がしていたのに……。


「でも、木村だって言えないことはあるだろ?」

「ありません、なにかあったら必ず言います」

「ただ、誰もがそうというわけじゃない、それは分かってやれ」


 でも、相手はひとりじゃなくてふたりで共有しているんだよ? それって単純に私だけ仲間外れだということだから嫌だなって、まきだけが、さゆみだけが抱えているなら別だったけど。


「可愛いな、それで珍しく荒れていたなんて」

「……か、からかわないでください」

「悪い、私は職員室に戻るが帰るときは気をつけてくれ」

「はい、聞いてくれてありがとうございました」

「いや、欲しい言葉を言ってやれなかったみたいだからな」


 うっ、ばれていたみたいだ、さすが先生というか、大人の人というか。


「ある程度したら帰ろう」


 せめて両親の帰宅が19時頃になってくれればすぐに帰るのに。

 それでも願ったところで変わることではないから掃除をして毎日ある程度時間をつぶして帰るのが常となっていた。




「きえー」


 自分の名前だけど、他の人が聞いたらいきなり迫力なく発狂しているみたいだなって思った。

 そんな小学生並みの感想を抱いていた自分、はっとなって玄関に向かうことに。


「ようこそ」

「おう、きえの家ぐらいにしか行けるところがないからな」


 来てくれるのは嬉しいけど、やっぱりさゆみのところに行かないんだなって複雑な気持ちに。

 とりあえずは飲み物を用意して渡しておいた。


「さゆみちゃんのところへは行かなくていいの?」

「さゆみのところに行っても門前払いをくらうだけだからな」

「そんなことないと思うけど、あっ、そうだふたりで――」

「いい、行くならきえだけ行ってくれ」


 むぅ、中々に難しい問題だ。

 それじゃあなにも意味がないじゃないか。


「そんな顔をするな、わたしが来ただけありがたく思ってくれ」

「そりゃありがたいけどさ、まきともいっぱいいたいって思うし」


 しつこく言って嫌われても嫌だからこれ以上その話はしないでおく。


「あ、昨日お菓子を買いに行ったんだ、食べる?」

「おう、きえがくれるなら」


 自分だけが食べるなんて意地悪なことはしない。

 大好きなチョコのお菓子を彼女と一緒に食べることにした。

 こうするだけでより美味しく感じるのだから人間の脳は単純というか、私の頭だけが問題なのか、まあ不味いと感じるよりは全然いいから気にしないでおくことに。


「この前の放課後、さゆみと一緒に帰ったんだってな」

「ごふっ!? い、いきなりなに言ってるの?」

「隠しても無駄だ、だってわたしは外で待っていたんだからな」


 じゃあなんで来てくれなかったのか。

 別にこそこそしようとしたわけではない、それだけははっきりと言うことができる。

 なによりさゆみがいることすら予想外だったのだ、あの日は先生の手伝いをしていて結構遅くになってしまったから余計に。


「嘘つく意味もないから言うけど、確かにさゆみちゃんと帰ったよ」

「これからは毎日きえと一緒に帰る」

「でも、遅くなっちゃうよ?」

「それでもいい、それにきえは心配になるからな」


 もう、ふたりとも私のことを子ども扱いして。

 自分の意思で残って掃除をしているだけなのにそこまで過保護にならなくて問題ない。


「じゃ、一緒に帰ろ」

「おう」


 こういう態度を見るに、私が嫌われているというわけではなさそうだ。

 もし嫌いなら知るかって態度で接してくることだろう、いや、それどころか話しかけてすらなくなるかもしれない。

 彼女が拗ねるとそれはもう酷いことになると分かっているので、嫌われた際なんかは悪口すら言い出しかねないから。


「きえ、来いよ」

「え? もう、いつまでそれを引っ張ってるの」

「甘えん坊だろ、ほら」


 先程よりも近寄ったら頭を撫でられた。

 幼稚園や小学生の頃からこうしてもらって精神を落ち着かせていたからやめてと言っても説得力があまりない、そして言ったところで木村きえ=甘えん坊という形になってしまっているので届かないというのが常のことだ。


「……嫌だけど頭を撫でられるの好き」

「そりゃそうだろ、昔から同じようなことをしてきたんだから」

「早いよね、私達が高校生なんてさ」


 ただ楽しんでいるだけでここまできてしまった。

 そろそろきちんと将来のことを考えていかなければならない。

 ちなみに、さゆみは大学に行くことはもう確定しているようだ。

 まきがどうするのかも、私がどうしたいのかも分からない。


「さゆみのやつが綺麗になったのは驚いた」

「あ」

「……なんだよ? 綺麗だろ?」

「うん、お胸はまきが1番大きくなったけど」

「見んな……好きで大きくなったわけじゃない」


 くっ、私なんか絶壁だというのに贅沢な態度だ。

 下手をすればその上でなにかをしてもちょっと不安定かなぐらいで済んでしまう。

 もちろん、実際にそんなことになったら女として死ぬことになるので避けるつもりでいる。


「ふふ、なんだかんだでさゆみちゃんのこと意識してるんじゃん」

「してねえよ……」

「ね、仲直りしよ? ふたりが仲良くしてくれていた方が嬉しいから」

「はぁ……しゃあない、じゃあいまからここにさゆみを呼ぼう」

「分かったっ!」


 もうすぐに電話をかけたよ、いまのは人生で1番速く動けた気がした。


「ふぅ、来てくれるってっ」

「ふっ、そうか」


 すぐに来てくれるということなので飲み物を用意して待つことに。

 彼女は温かい紅茶が好きなのでそれをちゃんと準備してね。


「おい、やけに嬉しそうだな」

「だって仲直りしてくれるんでしょっ?」

「まだ分かんねえぞ? さゆみが無理だって言ったら――」

「あ、来たっ」


 そんなことは分かっている、が、さゆみとまき達なら大丈夫だって考えてしまうのだ。


「よく来てくれたよっ」

「待たせたかしら?」

「ううんっ、上がってっ」


 事情は説明してあるから「なんでここにまきが?」なんて険悪な雰囲気にはならず。


「さてと、きえが仲直りしてくれって何度も言ってきてな」

「そうでしょうね」

「あのときは悪かった、一応わたしなりに反省したんだ」

「ふふ、あなたは昔からそうよね、終わった後にあんなことを言わなければ良かったと後悔するタイプだもの」

「う、うるさい……まあ、そうなんだけどさ」


 おぉ、なんかいい感じの雰囲気。

 少なくとも話しかけたら喧嘩腰で応じる学校時よりはマシどころか最高だ。


「ま、きえも心配になるでしょうし許してあげるわ」

「ありがとよ、さゆみのそういうところが好きだぜ」

「私は意外と謝ることができるあなたが好きよ」


 ……途端になんか寂しい気持ちに。

 恐らく私が急かさなくてもあっという間に仲直りしてこれまで通り仲を深めたんだと思う。

 つまりまあ自分勝手なだけだった自分に求める資格はないのかもしれないけど、ふたりだけで分かり合っています感を出されるのは複雑なのだ。


「でも、隠れてきえを待ったのは許せないがな」

「私は外にいたあなたを発見したわよ? 声はかけなかったけれど」

「なんでだよっ、気づいたのなら声をかけろよ!」


 あれぇ? なんかまた喧嘩になりそうな雰囲気なんですが。

 またされたら悲しくなるだけなので飲み物でも飲ませて落ち着かせることにした。

 幸い彼女達は大人しく従ってくれて、致命的な感じにはならず。


「あなただって隠れてこうして遊びに来ていたんじゃない、変わらないわ」

「いや、それとこれとは違うだろ」

「違わないわ、きえが連絡してきていなければそうと知らずにひとり寂しく読書をしておくことになったのよ?」

「え、読書が好きなんだからいいだろ?」

「それとこれとは違うのよ」


 ふたりはこういう言い合いを繰り広げながらも一緒にいてきた。

 だから私が過剰に捉えすぎていただけでこれが彼女達の通常運転なのかもしれない。

 もっと把握しておかないといけないな。

 ただ友達としているだけだと色々と見落としてしまうから。


「大体ね、あなたはきえとの距離が近すぎなのよ、いまさっきだって勝手に撫でたりして」

「え、は? な、なんでそんなこと分かんだよ?」

「分かるわよ、髪の毛が少し乱れているもの」

「「怖い……」」

「あ、ちょ、冗談よ? ただ言ってみただけよ……」


 もちろん冗談に決まっているから問題ないと言っておいた。

 いまの一瞬で涙目になっていたさゆみが可愛くてやばかった。


「さゆみは怖いやつだからこっちで遊んでおこうぜ」

「やめてあげなよ」

「ふっ、まあ冗談だけどな」


 その冗談が不仲になるきっかけになるかもしれないから怖い。

 なんでもかんでもはっきり真っ直ぐ言えばいいというわけではないから。

 私だって日常生活で感じた不安や不満を全て吐くわけではない――って、この言い方をすると先生に言ったのが嘘になっちゃうかな? まあいいけど。

 それでも、ふたりのように何度聞かれても答えない、なんてことはしない。


「あー、きえの家で3人で集まるのはなんか久しぶりだな、久しぶりだからきえのベッドで寝ようかな」

「待って、なんでそうなるの?」

「最近、あんまり寝られてなかったんだよ」


 まるで私がふたりの幼馴染から好かれているかのような感じだけどそうじゃない。

 ベッドを貸すのは構わないからさゆみに大丈夫だと言ったら軽くつねられてしまった。

 声は出さないでおいたのでもう向かいかけているまきは気づかず。


「私のベッドなら使ってくれればいいよ」

「そういうことじゃないわ」


 なかなかに難しいさゆみクイズ。

 つまりこれは「なんでまきに貸すのよ」というやつだろうか。


「あなたは昔からそうよね」

「え、今度は私が対象っ?」

「ふふ、あなたなんかもう知らないわ」

「あ、ちょっとさゆみちゃん!」


 慌てて追ったけど扉を閉じられてしまった。

 扉を開けてみるとふたりで転がっている光景が。

 何故だか浮気されたような気持ちになり、入り口のところに崩れ落ちたのだった。

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