第45話 編集者 その二
証言台に立った被告人は今までの様子とは違って、何だが微酔を帯びているように見えた。
もちろん飲酒などしているわけも無いのだが、私にはそう見えてしまうほど被告人は上機嫌で前後左右にゆらゆらと揺れていた。
証言台に立ってからもその揺れは収まる様子も無く、体はそのままに顔だけ傍聴席に向けるような仕草も何度か行っていたのだった。
被告人が一体どういった心境なのかは察することは出来ないのだが、弁護人の狼狽している様子から普通ではないという事だけは理解出来た。
被告人が証言台に設置されているマイクを両手で持ったのだが、何も喋らないまま時は流れていた。
その時間は永遠のようにも感じていたのだが、きっと一分にも満たない時間だったのだろう、それだけ集中して見ていたのだと思う。
被告人が話しだしてからは完全に被告人の独壇場となっており、それはまるで被告人の独演会に来ているような気分になっていた。
「皆さんは私が霊的な何かによって操られていると思っているのかもしれません。もしくは、精神的なストレスからくる病によって犯行を行ったんじゃないかと思っているのかもしれません。私は自分でもそうなのじゃないかと思うことはありました。霊的な何かではなく、精神的なストレスの話です。私の家族は世間から見れば幸せな家族と言えたかもしれません。父も母も妹も義弟もみんな夫婦仲はとても良く、姉妹の仲も良いと思われていたかもしれません。そんな私がなぜみんなを殺したかわかるでしょうか。きっと、誰もそれに気付いてくれなかったと思います。私は精神的なストレスを日常的に感じて育ってきました。それは妹による虐待が原因なのです。姉が妹に虐待されるのなんて変な話だと思うかもしれません。妹の事を知っている人が聞いたらそんなのは嘘だというに決まっています。私の妹は外面が良く、誰からも好かれる人間だと思います。でも、家にいる時は私を虐める醜い悪魔のようでした。最初のうちは私のモノを欲しがるどこにでもいる普通の女の子でした。私は当時の小さな妹が可愛くて欲しがるものは何でも与えてしまいました。それが全ての過ちでした。最初は消しゴムやシール、ハンカチやハンドタオルなど小物を欲しがるようになっていたのですが、次第にそれはエスカレートしていきました。一緒にゲームをして遊んでいた時ですが、普段から妹にモノを取られていた私はムキになって妹には負けないようにしていました。何度やっても私に勝てない妹は私の腕を欲しがりました。私は妹を無視してゲームを一人で続けていましたが、大人しくなった妹は台所から包丁を持ち出してきて、私の腕を切り落とそうとしたのです。小さな子供の力だったので腕は切り落とされずに済みましたが、腕から流れている血を見た私と妹はその場で大泣きしていました。それを見た母は妹を抱きしめて私には見向きもしていませんでした。怪我をしている私はいくら泣いても手当てをしてもらうことも無く、痛みよりも母に守られていないという悲しさで泣いていたのかもしれません。その後は母の監視もあって命にかかわるような出来事は無かったのですが、妹は中学生になるまで私のモノをいくつか欲しがるようになっていました。以前に比べると使い終わった鉛筆やノートと言った私に必要のなくなったものを欲しがっていたのです。今思えば、これは妹の狡猾な罠だったのかもしれませんが、私はいらなくなったものを欲しがる妹をかわいいなと思っていました。私が中学三年生の時に何となく妹と恋バナをしていたのですが、その時に好きだった相手は妹に取られてしまいました。正確に言うと、私と付き合っていたわけでもないので取られたのとは違うのですが、妹が彼氏として家に連れてきた男性を見て私は体の震えが止まらなくなりました。その相手は、私が中学三年生の時に好きだった男子だったのです。私は好きな人が出来ても妹に教えることは無くなりました。妹はその彼氏との交際も順調だったようなのですが、私が妹に対して何も教えなくなっていたことが不満だったようで、お互いに家に帰ってから学校に行くまでの間はお風呂も寝るのも一緒になっていました。そんな事をしている妹の恋愛がうまく行くはずも無く、やがて妹と彼氏の交際は終わりを迎えたのです。その事に対して妹は何も不満を抱いていないようだったのですが、それは私から好きな男子を奪うことが目的だった妹にしてみれば気に留めるようなことでもなかったからなのかもしれません。そんなことが続いていたある日、家族で偶然入ったレストランで私が好きだった男子と会ってしまったのです。私は普通に接していたと思っていたのですが、妹には私は普段と違ったように見えたらしく、妹は私と彼を近付けようと積極的に会話を盛り上げてくれていたのです。この時は、妹が私を応援してくれるようになったんだと思っていました。そう思っていたのです」
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