第43話 弁護士花車

 明日の裁判に向けて出来ることはもうない。今さら何を考えても事実が変わることなんて無いし、向こうがどういう対策を取ってくるかも大体わかっているのだ。

 最初に話を聞いた時は死刑は確実だろうと思っていたのだけれど、多くの偶然と見えない努力によって私の依頼人は死刑になる可能性は物凄く低くなってきただろう。

 最後まであきらめずに努力することによって事態は好転することもあるのだと、改めて感じる出来事だった。私が何かを変えたというよりも、周りが変わってくれたという事の影響が大きいのであろうが、そんな事は関係ない。結果が良ければすべて良しというのがこの世界の常識なのだ。

 その偶然の多くは人為的ではないかと思うこともあったのだけれど、それはきっと私か花咲百合さんの今まで行ってきた行動の結果の表れだと思う。私は神も悪魔も呪いも宗教も信じてはいないのだけれど、正しい人の前には正しい道が開かれるべきだと思っているのだ。

 今も半信半疑ではあるのだけれど、その事が花咲百合さんにとって有利に進んでいくことになるのならば、私は考えを改めないといけない。少しくらいは神も仏もいるのではないかと思えるような事がある。

 かと言って、神を信じるわけではないのだけれど、もう裁判前夜の私に出来ることは神に祈ることだけでしかない。紙を信じていないものが神頼みをするなんてばかばかしいと思われるかもしれないが、結局のところ困った人間が最後にたどり着くのは存在するかわからない神であり己の中に密かにある信仰心というものなのだ。


 事件直後には実名報道されていたのに、翌日には匿名報道に切り替わったこと。それには何か理由があるのだろうが、それを調べていたものは謎の失踪を遂げたり自ら命を絶ったりしてしまっていた。

 それも、こんな時に実名報道するメディアですらも全て匿名報道というのは何か引っかかるものもあった。数名が失踪したり自殺したりしたことも影響はあるのだろうが、そんな事でマスコミ全体が方針を切り替えるものなのだろうか。表には出ていないところで何か大きなことがあったのではないかという憶測も聞こえてきてはいたのだ。

 あれだけ多くの取材記者がいたのにもかかわらず、身元不明の自殺者を発見したのが地元住人ということも違和感があった。言い方は悪いかもしれないが、取材記者の多くは何か話題を探そうと家の周りだけではなく町内や友人関係にも広く取材を続けていた事だろう。それなのにもかかわらず、身元不明の自殺者を発見することが無かったというのは不可解でならない。もしかしたら、すでに発見はしていたのに関わりたくないからという思いもあって通報をしなかったのかもしれないのだ。この件に深く関わってしまうと自分の身に何か起きてしまうと信じる何かが見えないところで起こっていたのかもしれない。

 発見当時は今と違って多くの記者が情報を求めて取材活動に精を出していたと思うのだけれど、誰一人としてあの首吊り死体に気が付かなかったのはどうしてなのだろうか。気が付かなかったのではなく、気付かない振りをしていただけ、そう思える何かがあるのであった。


 そして、何より気になることがある。

 ライターの谷村以外の人物があの土地について調べようとしないのだ。

 歴史学者も地質学者も誰一人としてあの土地の事をテレビで解説している人がいないというのはおかしいと思う。今までのマスコミであればあのような事件が起こってしまうと色々な角度から事件を解説しようとするモノだろう。中にはオカルト的側面から事件を解説するものを連れてきて面白く紹介しようとする番組もあるはずなのだが、今回に限って言えば会の地域に全く触れていないというのも変な話なのだ。

 私の依頼人にとって不利になりそうだと感じていたのでその事は言わなかったのだが、まるでその土地には何の歴史も無いような扱いなのだ。

 事件現場で抗議活動をしていたデモ隊が原因不明の病気に集団感染したことも違和感がある。

 その事があって取材活動は一気に縮小化されたのだけれど、マスコミ連中がそんなことで簡単に全員退くことなど今まであったのだろうか。世間には公表されていない何かがあの辺りで起こっているのは間違いないのだが、私の身の回りでそのような事が起こっていないのも不思議に思えて仕方がない。ウイルスや病気であれば敵味方を区別することも無いと思うのだが、何度も会の場所へ足を運んでいる私には何も起きていないのだ。


 最後に、一番納得できないことがあった。

 私が花咲百合さんに対して黙秘することを勧めたのだが、警察はその黙秘を黙って受け入れて、最後の最後まで情報を引き出そうとしなかったことだ。そもそも、花咲百合さんに関わることを出来るだけ拒んでいるようにすら思えていた。それが現場レベルでの判断なのか、警察全体としての事なのかはわからない。雑談すらないような状況だったと聞いているのだ。

 それは検察に送致されてからも変わらず、私が花咲百合さんに黙秘するように指示を出してからただ時間だけが過ぎていて、裁判になることを待っていたような印象すら受けていた。

 警察も検察も花咲百合さんが事件を起こしたのは間違いが無いので、動機の解明に積極的ではなかったという可能性もあるのだけれど、それにしては大人しすぎるように思えていた。

 私が毎日行っていた記者会見ももう必要は無くなったのだけれど、それと同時に花咲陽三さんからの連絡も途絶えているのは、裁判直前な事もあり少しだけ気になっていた。

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