第42話 天野警部補
裁判を目前に控えても検察は動機を聞きだすことが出来なかった。本当の動機を聞きだすことなんて造作もない事だと思ってはいたのだけれど、誰も花咲百合の本心を暴くことなんて出来なかったのだった。
俺は取り調べに直接関わったわけではなかったので強くは言えないが、俺が調べた木戸菖蒲の情報は取り調べでは全くと言っていいほど活用されることは無かった。
なぜか一緒に組んでいた山吹ダリアが花咲百合の取り調べをすることになったのだが、それまで無言だった花咲百合の口を開かせたのが、俺たちが調べて話を聞きに行った木戸菖蒲の名前を出した時だったと聞いている。
その事は警察も検察も知っているはずなのに、検察はその方面で取り調べをすることは無かったようだ。これは刑事の勘というやつになるのだろうが、現実に起こった事件と本当に現実に起こった出来事なのかと思えるような現象の数々があり、それを調べれば調べるほど本当に起こった事なのか疑わしく思えてしまっていたのだ。それを調べて解明することが事件の解決にとって一番の近道であり唯一の解答だと思われるのだが、それを真面目に調べようとする人は誰もいなかったのである。関わってはいけない問題だという認識は誰もが少なからず持っていたという事なのだろう。
どう考えてもそれ以外で花咲百合が口を開くことなど無さそうなのに、まるで無かったことのように取り扱われることは無かった。取り扱ったところで何もわからないという事もあるのだろうが、関わりたくないと誰もが思っているという事もあるのだ。
勾留直後に俺か山吹が木戸菖蒲の事を見付けられれば事態は違ったのかもしれない。
俺たちが途中から捜査に加わったということもあり、俺たちの情報は重要視されていないようでもあった。
係長は俺たちの情報に興味を持ってくれたのだが、それよりも上の連中は花咲百合に友人がいたことなどないと決めつけるような捜査方針だったのが気にかかる。
犯行現場近くで見つかった身元不明の首吊り死体が発見されてから事件性が無い自殺と断定するまでの早さも異常だったと思う。
現場を特に調べることも無く、早々に自殺と断定したのは何かあるのではないかとマスコミも勘繰っていたのだが、抗議のデモ隊が原因不明の病に侵されて活動を停止してからは、多くのマスコミも事件現場の取材を行うことも無くなっていた。
この事件は謎が多く、俺のような者には荷が重いと自分でも思っていた。目の前で起こったことですら俺達には理解することが出来ない。映像に残っていたとしてもソレを見たものの多くは作り物で現実には起こっていないでっち上げた映像だと思うだろう。目の前で見ていたものですら映像が本物なのか作りものなのか、本当に起こった出来事なのか本当はそんな出来事が無かったのかわかっていないという事なのだ。
一緒に捜査をしていた山吹は頭はそれほど良くないようだが、一瞬の閃きで事態を好転させる能力があると思うので、これからの刑事人生は山吹の育成に全てを注いだ方がいいのだと思えていた。
本人にはその事は伝えないが、俺はきっと今まで先輩がしてくれていた以上の教育を山吹にしてくことになるだろう。
俺よりも出来る後輩が育つことに意味があるのだ。
俺達警察が裁判前に出来ることはもうないので全て見守るだけになるのだけれど、世間で言われているような呪いや怨念のせいではなく、花咲百合が自らの罪を認めて動機を全て白日の下にさらすことを期待している。何人もの警察が目の前で起こったことを見てきてはいるのだが、それが本当に合ったことだと信じてはいないはずだ。そんな事が本当に起こっているのだとしたら、今まで起きていた未解決の事件なんかもその手の方法で解決することも出来るのではないかと思っているものも多くいるはずだ。
マスコミの中にはこの話題を取り上げるものも多くいるし、俺も刑事でなければ適当なことを言って楽しんでいたのかもしれない。実際にそういう連中は俺の周りにも多くいるわけで、親戚や友人なんかにも本当はどうなのかと聞かれることも多くあるのだ。もちろん、俺はそんな質問に答えることは無いのだけれど、俺が答えないことによって彼らは自由に想像し、自分たちの望むような答えを俺が隠していると思い込んでしまっているのだ。
俺は何も隠し事なんてしているつもりはないが、事件に関わることを外部のモノに知らせるはずなんて無いという事を誰一人としてわかってはくれない。今までの事件とはあまりにも違うこの事件は世間の注目が高いという事もあるのだろうが、人が無くなっている以上エンターテインメントとして楽しむのはやめていただきたいというのが本音なのだ。
全てが丸く収まり無事に全容が解明され、不思議なことなんて何も無く全てトリックでした。そんな事は天地がひっくり返っても無いと思うけれど、そんなことがあれば俺はやめている酒とタバコを再開してもいいんじゃないかと密かに期待していたのだった。
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