裁判前編
第41話 ライター谷村
今日も俺はテレビの仕事をこなしていた。
最近では本業よりもテレビの仕事の方が多くなってきている気がしていたが、専属契約をした出版社がテレビの仕事を本業よりも多くとってきているから仕方ないと言えば仕方ない話だ。
もともとライターとして才能があったわけでもないし、一般大衆が求めるものを書き続けてきたわけでもないのだ。
そんな俺でも、今ではテレビに出て多くの人に必要とされている感じがしていた。
気のせいかもしれないけれど、俺は誰かの役に立っていると前よりも胸を張って言えるようになっていた。
今日のテレビもいつも通り何かをこじつけて容疑者の弱い心に取り入った悪霊の話をして二時間くらい持たせられればいいのだろう。
不思議な話だが、俺はほとんど新しい情報を持っていないのに毎週のようにテレビで絶賛されていた。
新しい情報を持っていないのは俺が取材をせずに怠けているからなのだが、こうもテレビの仕事が多いと自分のペースで調べることが出来ないので、どうしても鮮度のいい情報は手に入らないのだ。
それにしても、テレビ局でたまに花車弁護士と顔を合わせる機会はあるのだけれど、あれ以来会見にも呼ばれないし、事件の犯人である花咲百合に会うことも出来ないのだ。
結局のところ、俺はあの弁護士に良いように使われただけなのだと思うけれど、そのおかげと言うかおこぼれに預かったというか、とにかく、俺はあの女二人のお陰で日陰にいた生活が日の目を見るようになっていた。
今日は裁判前最終スペシャルと銘打って大々的に番組であの事件を取り扱うようなのだが、渡された台本がほぼ中身のないものとなっていた。
二時間番組と聞いているけれど、VTRだけでも二時間以上はあるような気がしていた。
実際に収録に参加してみると、VTRは二時間以上あった。間違いなく二時間以上あったのだ。
何本かのVTRを見ていたのだけれど、直接的に今回の事件とかかわりがあるようなものは無く、どこか心がやんでいる人が起こした事件を中心に構成されていた。
「谷村さんは今回の事件に大変詳しいと窺っておりますが、ずばり、犯人は安定した精神状態で今も暮らしているのでしょうか?」
「私が面会したのは少し前になりますが、正直に言ってそれはどうなのかわからないです。ただ、私と話すときと女性弁護士と話すときでは様子が少し違って見えました。それは何かの影響を受けているからではなく、あの女性本来の性格が出ているのではないかと思っています。それはなぜかと言いますと、女性の同僚から聞いていた様子とそれほど変わらなかったからなんですよ。あまり人と話すのが得意ではないみたいでして、慣れてきた人とは気さくに話しているようなのですが初対面の相手の顔も見ることが出来ないといったことを言っていたと思います」
「犯人の職場の方とお話されたことがあるとのことですが、職場での犯人はどのような様子だったか谷村さんは聞いていますか?」
「職種を言ってしまうと特定されそうなので控えさせていただきますが、昔の彼女を知る人ではその業界に入ること自体が不思議だと言ってました。あまり人前に出ることが得意ではないみたいだったのですが、仕事ではどんどん知らない人に会いに行く、営業みたいな仕事をしていたみたいですからね。でも、人見知りなのに営業成績は悪くなかったみたいなんですよ。学生時代の性格が本来のモノなのか、仕事をしている時の性格が本来のモノなのかわからないのですが、その時から何かに影響されて性格が変わったんじゃないかとも言われていますね」
「会社で何か揉めるようなことはあったのでしょうか?」
「普段は特にそう言ったことは無かったと思うのですが、事件を起こす少し前に職場の人と休暇を巡って言い争いになっていたようですよ。それまでは有休を取得する際も自分の都合ではなく会社の都合に合わせていたみたいですが、その時はちょうど大きなイベントの直前だったこともありお互いに揉めたみたいですね。結局のところ、女性は希望をずらして休みを取得することになったようですが、最終的には両者とも納得したみたいですよ」
「では、それがきっかけで事件を起こした可能性というのはあるのでしょうか?」
「どうでしょうね。いまだに犯行動機を話していない点から考えてもその可能性はあると思いますし、違うかもしれないといえますね。今までの取り調べでも犯行動機を言っていない点を考えますと、犯行時は自分の意思ではなく何かに操られたために記憶が無いという可能性もあるのではないでしょうか?」
「そうですね。その可能性も十分に高いと色々な専門家の方も見ているようですし、裁判の行方が気になるところではあります。注目の裁判なんですが、明日の午前中に開廷して何事も無ければ来月中旬に判決が出ることになっております。犯人の女性が自分の意思で行ったのか、それとも何者かの意思で犯行を行わされたのか、争点はそこに絞られているようですが、いずれにせよすべてが明らかになることを期待しております。では、皆さんありがとうございました」
「ありがとうございました」
スタジオで話す時間が少なかったけれど、花咲さんの不利になるような印象は与えることも無かったのではないかと思った。
俺は誰の味方でもないのだが、真実はいったいどこにあるのか、最後まで見届けるつもりではいる。
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