第31話 弁護士 その六
「今現在百合は身柄を拘束されているのですが、先生には担当弁護士として百合に接触していただく必要があるのです。ですので、申し上げにくいのですが、本日の便で一度お戻りいただく事になってしまうのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、依頼をお受けした時点でその事は承知しております。今日と明日の分のホテルは花咲さん側で用意していただいたと思うのですが、それも見越しての事だったのでしょうか?」
「私としましては純粋に北海道を楽しんでいただきたいという気持ちもあったのですが、今の状況がより悪くなる前に先生に行動していたけるのでしたら大変助かります。最初の契約通り二日間ホテルに泊まって北海道観光を楽しんでからお戻りいただいても問題は無いのですが、そうなりますと取り調べで百合が何かこちらに不都合で向こうに都合のいいことを言ってしまう恐れが出てきてしまうのです。そうなってしまいますと、こちらの計画も滞ってしまう可能性が高くなってしまうと思うんですよね」
「百合さんが何か取り調べで作り話をしてしまう可能性もあるでしょうし、こちらが百合さんに真実を知っていただく必要があると思いますので、私はこのまま戻りたいと思います」
「今回はわざわざ来ていただいたのにおもてなしも出来ずに申し訳ございません。百合の件が片付きましたら、その時はゆっくりと歓迎させていただきますのでよろしくお願いいたします」
「いえいえ、ここのお寿司が本当に美味しかったので、それだけでも北海道に来た価値があるというものです」
「そう言っていただけるとここの大将も喜ぶと思いますよ」
陽三さんはあらかじめわかっていたかのように帰りの飛行機のチケットの手配を済ませていた。
依頼を受けたとしても断ったとしても、チケットはキャンセルしてしまえば問題は無さそうだと思ったのだが、私が依頼を断った場合はキャンセル料が無駄になってしまうんではないかと思っていた。
「ああ、チケットですか。私は断られても仕方ないと思っていたのですが、受けていただいた場合を想定して午後の便は全て席を確保しておりました。キャンセル料がとんでもない額になると思っていらっしゃるようですが、先生がお乗りにならなかったとしても私の経営していた会社の社員が誰かしら乗るのでその心配は無用ですね。大した用事が無くても気分転換に乗るものもいますし、その点は本当に心配なさらなくて結構ですよ」
本当に仕事が出来る人と言うのは物事が決まる前に行動を起こしている人なのだと感じた。
私の先輩でも仕事が出来る人は何人も見てきたのだが、陽三さんのように全ての事態を想定して行動している人は見たことが無かった。
「飛行機の時間まで少しありますので、車の中と空港で今後についてお話してもよろしいでしょうか?」
「はい、こちらも伺いたいことがいくつかありますのでお願いします」
私はこのお寿司屋さんから離れるのが名残惜しかったのだが、そんな事も言ってられずに後ろ髪を引かれる思いで車に乗り込んだ。
「これは無理にとは言わないのですが、出来る事でしたら先生には毎日会見を開いていただきたいのです。会見の内容は最初のうちは何でもいいのですが、こちらの準備が整いましたらそれに従って進めていただけると助かります」
「準備とはどのような事でしょうか?」
「まずは、誰でもいいのでマスコミ関係者が百合の勤めていた会社の人間に接触して百合が起こしていたトラブルについてなり書くなり、あの土地にまつわる因縁についての記事を書くなりしてもらう事が準備の第一段階となります。その記事さえ書いてもらうことが出来れば後はこちらの思惑通りに進んでいくと思うのです」
「それがいつになるかはわからないと思うのですが、それまでの間は警察の対応なり世間に同情してもらえそうな話でもしていればいいのですね」
「そうですね。その期間が先生にとって一番大変な時期になってしまうかもしれませんね。ただ、その時期さえ乗り切っていただければあとはレールの上を進むがごとく安心して進めていただいて構いません」
「ただ、人間関係でトラブルを起こしてしまうというのはわかるのですが、土地にまつわる因縁が与える影響ってどういう事なんでしょうか?」
「先生はそう言ったオカルトめいた事はあまりお好きではないかもしれませんが、世の中には科学だけでは説明できないような不思議な事もあったりするのですよ。この件とは関係ない話ですが、ある場所で交通事故が起こったとします。それから数年間の間に同じ場所で何度も事故があったとしたら先生はどう思いますか?」
「そうですね。それほど頻繁に事故が起こるのでしたら、その場所は何か致命的な欠陥があって事故を誘発しやすいのではないかと考えますね」
「頭の良い方はそう考えるものだと思います。ただ、そうではない一般の方に同じ質問をすると、その場所で亡くなった霊が事故を引き寄せているのではないかと考えるようです。事故があったという事実とその後に事故が多発しているという事実のみで、誰かが事故で無くなっているという情報が無くても勝手にそう思い込んでしまう人はいるのです。事故で無くなった方がいるかどうかは問題ではなく、事故が起こった原因がその場で亡くなった人の怨念と思い込んでしまう人が少なからずいるということです」
「仮にそうだとしても、百合さん一人が影響されてしまうとは考えにくいのですが」
「そうなんですよ。そこだけがどうしても説得力に欠けるところでして、どうしたらいいのだろうと寝る間も惜しんで考えているのです。私の知り合いにこんな事を相談するわけにもいかないですし、先生はどうしたらその怨念に影響されていると信じる事ことが出来ますかね?」
「私は霊を否定も肯定もしませんが、一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも複数人が影響されていたとしたら信じてしまうかもしれないです。でも、そんなに頻繁にあんな事件が起きてしまってはいけないと思います」
「そうです、影響される人が他にも出てくれば百合が自分の意思で行動していたのではないと思う人も出てくると思うのです。ですが、あのような凄惨な事件がそうそう起こるはずも無いのです。では、怨念にひかれた人間はどうなってしまうと思いますか?」
「身近でそのような事を体験した人がいないので想像になりますが、そうなった場合は何らかの理由で命を落とすのではないでしょうか?」
「確かに、悪霊に魅せられたものは悲惨な最期を迎えるのが映画や小説でお決まりの展開ですね。ただ、悪霊に魅せられて亡くなったのかたまたまその場で亡くなったのかを見分ける方法がないんですよ。仮にあの現場の近くで人が首を吊って亡くなっていたとして、その亡くなった方の身元が分からなければ事件なのか事故なのかも調べられないと思うのです。身元が分からなければどうして亡くなったのかの判断材料も見つかりにくいと思うのですよ」
「ちょっと待ってください。あの場所で誰かが首を吊るなんてことがありえるんですか?」
「普通に考えてありえないでしょうね。ですが、あの土地が怨念の残る因縁めいた土地だとしたら。その因縁めいた土地がテレビなりネット記事なりで多くの人の目に留まることがあって、その影響を受けた自殺志願者が現れたとしても不思議ではないのです。私は自殺をしたことも企てだことも無いのですが、過去に自殺未遂をした者の話を聞いたところ、自殺をしようとしたきっかけはふと見かけた他の人の自殺の情報だったという事もあったようですし、それはその人だけではなく他にも数名いたみたいです。あの土地に影響されるものが一人でも出てしまえば、あとはどんどんと志願者が増えてしまうと思いますよ。現場のすぐ近くではなく、限りなく近い場所に志願者がやってくる可能性は捨てきれませんからね」
「そちら方面ではなく、トラブルの事が取り上げられたとしたらどうなりますかね?」
「トラブルの事だともっと簡単ですね。百合の勤めていた会社には私がかつて面倒を見ていた人たちがいますので、こちらのシナリオ通り進んでいくだけですよ」
いつの間にか車は空港へと着いていたのだが、来た時とは打って変わって何か恐ろしいことに巻き込まれているように印象が変わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます