第17話 ライター その二
情報を集めることに関しては俺が骨を折る必要は全くなかった。手ごたえが無くて物足りないのかと言えばそうではないし、物事が楽に進むのは願ってもいないことである。
犯人の職場も住所もわかっているのだけれど、そのまま職場に行ったとしても門前払いされてしまうことだろう。
どうしたらいいのかと思って犯人の職場の近くをウロウロしようとしても、時間を潰せるような場所は無いようなのでどうしても不自然になってしまう。
そんなことは思ってみても、やじ馬が多く散歩がてら見物している人もいるので紛れ込むのは難しくなさそうだ。
やじ馬に紛れて会社の様子を窺っているのだけれど、当然のように何も進展は無いし変化すらない。このままここに留まっても何も変わることは無いのだとわかっているのだけれど、今のところ他に行くところも無いのだ。
知り合いの新聞記者に聞いても新しい発表は何もないらしく、ネットニュースを見ていても憶測記事が出てくるだけで重要そうな話は何一つ見つからなかった。
その中でも、俺が書いた記事が一番ひどいと思えたのは少し泣けてきた。
『悪霊に支配された土地で起きた凄惨な事件』『呪いのナイフが次に狙う獲物とは』『家族の幸せを妬む犯人の動機』『死神に魅せられた家族』
どれもこれも他に負けないように適当に書いた記事なのだが、事件の本質とは全く関係ない荒唐無稽すぎる説である。
一部ではそれを妄信して説いている人たちもいるらしいのだけれど、書いた本人が言うのもおかしなものだが、それを信じるのはどうかしていると思う。
ま、その記事のお陰で手に入った情報もあるのだけれど、どれもこれも信じられないような話ばかりだった。
呪われた土地と言うのは本当にあったりもするのだろうけれど、この辺は新興住宅地なのでそもそも古くから人が住んでいたわけではない。
呪いのナイフがあったとしても、一般人である犯人が簡単に手に入れられるようなものではないだろう。
家族の幸せを妬む犯人の動機ってのは性格によっては理解できるかもしれないけれど、俺には最近結婚した妹がいるので理解できない。
死神に魅せられた家族が本当に要るのだとしたら、犯人だけが生き残ったのはなぜなのだろう。
自分で書いていてちょっと頭が痛くなるようなことでも、こんな記事を買ってくれるのなら俺は書くし、俺にはそれ以外のちゃんとしたことは書けないんだ。
「あら、この前私に取材してくれた記者の人ですよね?」
「……はい。この前はご協力ありがとうございました」
「あなたが教えてくれた記事読みましたけど、アレっていつから調べてたんですか?」
「私の記事を読んでくれたんですね。で、どれの話ですか?」
「そうそう、これなんですけどね」
そう言って女性が見せてくれた携帯の画面には俺が書いた『家族の幸せを妬む犯人の動機』が表示されていた。
「ちょっとこっちに来ていただいてもいいかしら」と俺の手を引っ張って人混みから離れて行ったのだが、女性は周りに誰もいないのを確認するとその口を開いた。
「私に取材してくれた時は黙っていたんだけど、私の娘が犯人と同じ職場で働いているのよね。娘は事件に関係がないのでお互いにその事については触れないようにしていたのよ。それで、なんとなくあなたの記事をパソコンで見ている時に、それを見た娘に『もうそんな情報が出てるんだ』って言われたのよ。私はその時は何とも思わなかったんだけど、昨日寝る前に『もうそんな情報が出てるんだ』って言葉がやけに引っかかっちゃってね。娘にどういう意味なのか聞いてみようと思ったんだけど、そんなのいきなり聞けるわけないじゃない。それでね、あなたなら何か知ってるんじゃないかと思って探していたのよ。もしかしたら、娘の職場にあなたが来てるんじゃないかって思ってね。で、この記事ってどういうことなのよ」
「えっと、それを今あなたに話して僕に何のメリットがあるんですかね?」
「メリット? そんなの知らないわよ。で、どういうことよ」
「僕自身は話しても問題ないとも運ですけど、警察や出版社の意向もありますので、何も知らないあなたに詳しく話すことが出来ないんですよ。申し訳ないですけど、何も知らない人には話すことが出来ないんですよ」
「じゃあ、知っている人なら話すことが出来るっていうのね。私の娘なら何か知っていると思うし、娘が一緒なら教えてくれるっていうのね」
「そうですね、娘さんが何か知っているなら大丈夫ですよ」
「それなら、娘の仕事が終わったら家で話を聞かせてもらえるかしら?」
「ご自宅に伺うのは申し訳ないので、どこか喫茶店で良いでしょうか?」
「あら、私は構わないのだけれど」
「いえ、取材させていただくわけですし、飲み物代くらいは出させていただかないといけない規則なので」
「それなら仕方ないわね。今度は私の事も記事に書いていただけるのかしら?」
「娘さんの話次第だとは思いますが、奥さんの事も書いていいのなら書きますよ」
現状、俺が知っている情報は何もない。
何もないけれど、向こうから何か情報を持ってきてくれることはありがたいことだ。
女性の娘が何を知っているかはわからないけれど、今の俺より事件に詳しいだろうし、仮に事件の事を何も知らなかったとしても犯人の普段の様子はわかるだろう。
それをもとに新たな人物像を作り上げれば俺の新しい飯のタネが出来上がるってもんだろう。
連絡先を交換した後に女性とは別れたのだが、少し時間もあることだしあの家族について少し調べてみようかな。
犯人の交友関係はそれほど広くなく、家族と職場を除けば付き合いのあった人間は片手でも余るくらいだったようだ。
高校時代の友人もあまり関わりを持っていなかったようなので、人間関係をリセットする癖があったのだと思う。
その中でも唯一リセットされずにずっと付き合っている友人がいるみたいなのだけれど、その人物は毎日毎日警察関係者の取り調べを受けているそうだ。
それが無ければ俺みたいなゴシップ記事を書いている人間に付きまとわれているのだと思うけれど、本人にしてみればどちらが平穏な日々に近いと思えるのだろうか。
警察も意識的になのか無意識のうちなのかわからないが、犯人の友人を結果的に保護しているとは誰も思っていないだろう。
夕方になるまで必死になって情報を集めようとしたのだけれど、そんなに簡単に何かが入ってくるわけもなく、気付いた時には俺の携帯に連絡が入っていた。
当然の結果ではあるけれど、俺は待ち合わせ場所にほぼ手ぶらで向かうことになった。
俺は相手よりも少し遅れて喫茶店に着いたようで、先ほどの女性を見つけると向かいの席に腰を下ろした。
女性の隣には仕事のできそうな見た目の若い女性が座っていた。
二人とも注文はまだだったようなので、好きなものを頼むように促すと、二人とも紅茶を希望したのだった。
俺は紅茶二つとコーヒーを頼んだのだが、娘は注文の品が届くまで終始うつむいたままだった。
「ほら、あなたの知っていることを言ってみたらどうなの?」
奥さんの言葉を聞いて俺と奥さんの顔を交互に見ていた娘ではあったが、紅茶を一口すするとその口を開いた。
「記者さんは百合ちゃんの事をどれくらい知っているんですか?」
「俺は直接話したことがないんで、知っていることと言えば記事に書いたことくらいかな」
「あの記事の事って、他の記者の人も知ってるんですか?」
「それはどうかな。俺の記事を見てない人は知らないことの方が多いと思うけど」
「私は百合ちゃんとほぼ同期なんですけど、百合ちゃんって人と違うところがあるなって思ってたんですよね」
「それってどんなところが?」
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