第15話 刑事 その十

「例えばですよ。花咲百合の人格が他にもあったとして、木戸さんはどんな人格があると思いますか?」

「学校で見ている時も遊んでいる時も百合が他の人になっているって思ったことは無いんですが、妹の撫子ちゃんみたいに明るい性格だったらどうだったんだろうなって思ったことはありますよ」

「妹の撫子さんみたいな性格ですか。撫子さんは誰からも好かれるような明るい性格だったようですね。ご主人と知り合ったのは花咲百合がきっかけのようですが、その事は木戸さんもご存じでしたか?」

「二人が付き合った後に聞いたのですが、優一君は百合も好きだったんじゃないかなって思いますね」

「それは何か理由があるんですか?」

「直接聞いたわけではないのですが、百合の見ている先に優一君がいることが多いなって思うことは何度もありましたね。優一君って小さいときにご両親を亡くされているようでして、おじいさんとおばあさんの家で暮らしてたみたいですし、学校以外ではあまり遊んでいる姿は見なかったのですが、それは卒業して就職が決まってからも変わらなかったみたいなんですよ。たまたまどこかのレストランで百合の家族と会って撫子ちゃんと知り合ったって聞きました。その後から二人は付き合うようになったみたいですけど、その事は百合からではなく撫子ちゃんから聞いたので、百合がどんな気持ちだったのかなとは思ったことがありますね。それについては何か言ってるんですか?」

「捜査上の事なので詳しくは言えないのですが、花咲百合は妹の撫子さんに優一さんを取られたと思っているみたいなんですよ。花咲百合と優一さんが付き合っていたことはあるんですかね?」

「百合が誰かと付き合っているって話は聞いたことが無かったので、優一君と百合が付き合っていたことは無いと思いますよ。学生の時だって私と一緒にいる時間の多かった百合が優一君と付き合っていたとは思えないし、優一君には他に彼女がいたと思うんですよね。はっきり聞いたわけではないのですが、卒業した先輩と付き合っているんじゃないかって噂はありましたよ。卒業生が何人か部活の応援に来てたことありましたからね」

「でも、部活の応援に卒業生が来るのって珍しい事じゃないですよね?」

「卒業生が来ることは珍しくもなんともないのですが、その先輩って七学年上の先輩だって噂でしたよ」

「そんなに離れているのは確かに不自然ですね」

「そうなんです。いろんな先生に聞いてみたんですが、七年前に卒業した先輩の事なんて知ってる先輩もいなかったので本当に部活の先輩なのかもわからなかったんですよ。それに、変な噂もありましたからね」

「変な噂ですか?」

「その先輩って、結構有名な雑誌記者だったみたいで、タウン誌で写真と名前も載っているような人だったんです。そんな人がわざわざ優一君のいる時にだけ応援に来るのって不自然だと思いませんか?」

「確かに、なんか不自然ですね」

「その人は私達が卒業した年から応援に来なくなったみたいなんですよ。それって、私達の代に応援したい人がいたってことですよね。それって、優一君なんじゃないかって噂があったんです。本人にはそんなことを聞けなかったし、二人が何か話していたってことも聞いたことが無かったし、その噂が本当なのかもわからなかったんですよね」

「そのあとは何か変わったことはあったんですか?」

「変わったことと言うか、私は塾に通ってたんですけど、塾の帰りに優一君とすれ違ったことが何度かあるんですよ」

「塾が終わるのは何時くらいなんですか?」

「私の場合は夜の九時過ぎでしたね」

「夜の九時過ぎまで部活に励んでいたんですかね?」

「私は部活が何時までかはわからないですけど、そんなに遅くまで部活をやってるって話は聞いたことが無かったんですよ。先生に一度聞いてみたんですけど、遅くても夜の七時にはみんな下校しているって言ってました。優一君の家って学校からそんなに遠くないんで塾の終わるような時間に制服姿で歩いているっておかしいなって思ったんですよね」

「部活が終わった後にどこか友達の家に集まっていたのかもしれないですよ」

「私もそうだとは思ったんですけど、塾に行く前に見ちゃったんですよね」

「何を見たんですか?」

「これは誰にも言ってないんですけど、もう黙っているのもつらくなってきたんで言いますね。私は、優一君がタウン誌の名前の入った車に乗っているのを見たんです」

「それって、一度だけですか?」

「……一度じゃないです。何度かあります」

「その事って誰かに言ったことないんですか?」

「優一君ってみんなに人気だったんで誰にも言わなかったと思います。あ、百合に言ったことあるかもしれません」

「その時はどんな反応でした?」

「特に何の反応も示さなかったと思います。私も言うつもりは無かったんですけど、なぜか優一君の話になっていて、いつの間にかその事を百合に言っちゃいました」

「花咲百合は全く無反応だったんですか?」

「はい、私はもっと怒ったり悲しんだりするのかなって思ったんですけど、特に変わった反応はしてなかったと思います」

「それってどこで話したのか覚えてますか?」

「えっと、百合の部屋だったと思います」

「ほかの場所ではなく、花咲百合の自室だということで間違いないですか?」

「間違いないですね。百合の部屋に行ったのはその時が初めてだったのですけど、それ以降行った記憶がないですからね」

「そうですか。例えばなんですが、木戸さんは幽霊の存在って信じていますか?」

「信じてはいないですけど、どうしてですか?」

「いえね、これは噂の一つなんですが、花咲家の土地って悪霊が棲んでいてそれによってあんな凄惨な事件が起こったって話もあるみたいなんですよ。私どもはそういった話は信じていないのですが、万が一と言う場合もありますからね」

「私は霊感とかないんですけど、そんな噂は小さい時から一度も聞いたことがないですね。オカルト好きな友達もいるんですけど、そんな話は一度も聞いたことがないですよ」

「そうでしょうね。私も急にそんな噂が出てきたのはおかしいと思いますし、どこかの誰かが花咲百合を無罪にしようとしているのかとしか思えないのですよ」

「悪霊のせいで殺人が無罪になることってあるんですか?」

「それは無いと思いますが、精神が悪霊に支配されているので心神喪失の状態にあったと主張される恐れもありますからね」


 私は三つ目のパフェを食べながら二人の話を聞いていた。

 カラオケにやってきて一曲も歌わないのはおかしな話だと思っていたけれど、一人でパフェを三つも食べるのもおかしな話だったのかもしれない。


 部屋の電話が鳴って終了時刻が近いことを告げられたのだが、私達は延長をせずにそのまま話を切り上げて店を出ることにした。


「警部補は木戸さんの言っていることどう思いました?」

「木戸さんは嘘を言ってるようには見えなかったな。お前はパフェばっかり食ってたみたいだが、どう思った」

「私も木戸さんは本当の事をいていると思います。でも、警部補の口から悪霊の話が出たのは面白かったです」

「俺も昨日そんな話を聞いて驚いたんだけど、実際にそんな話ってあると思うか?」

「あると思いますよ。私は霊感ないですけど、友人にそういったのが見える人がいるので信じてます」

「そうか、何かあったらその友達を頼りにするかもな」


 刑事は嘘を見抜く力が必要だと思うのだけれど、木戸さんのその発言は嘘だとしてもあまりに白々しいものだった。

 この事件をちゃんと裁いてもらうためにも真実を見付けないといけないと私は固く誓うのだった。

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