第14話 刑事 その九

「木戸さんは花咲百合と親友だとうかがっているのですが、私には花咲百合が一方的にそう思い込んでいるようにしか思えないんですよね。他の刑事はそう思っていないようなので、今まで木戸さんに対して失礼な言動をとってしまったことがあると思うのですが、木戸さんは花咲百合が言うように親友関係というのは本当でしょうか?」

「えっと、他の刑事さんにも行ったと思うんですが、私と百合は親友と言うか、友人というか、知人というか、自分でもよくわからないんですよ。毎日のように連絡は来ていたんですけど、百合は仕事の事も恋人の事も何も教えてくれなくて、正直に言うと、私は百合の事をあまり知らないんですよ」

「そうなんですね。いや、私が直接話をうかがったわけではないのですが、同僚の刑事から聞いた話ですが、花咲百合は職場でも自分の事は全く話していなかったそうなんですよ。今の時代はあまりプライベートな話題をしない人もいますから別に珍しい話ではないんでしょうが、それにしても不思議なんですよね」

「不思議と言いますと?」

「それがですね。花咲百合は職場に結婚も妊娠もちゃんと報告していなかったそうなんですよ。いくらプライベートを話さないとしても、そんなことは不自然すぎますよね?」

「ちょっと待ってください。百合が結婚しているとか妊娠しているってどういうことですか?」

「おや、木戸さんはご存じなかったのですか?」

「存じるも存じないも初耳です。毎日のように連絡を取りあっていたんですけど、そんな話が出てきたことないし、お腹が大きくなっているところも見ていないんですが、それって本当なんですか?」

「本当かどうか気になりますよね。私だけではなく捜査関係者もみんな気になって調べてい見たのですが、花咲百合が結婚していたという情報はいくら調べても出てこなかったんです。出てきたのは、本人の供述と花咲百合の職場の人間の証言だけなんですよ。これから話すことは誰にも話さないでいただきたいのですが、お約束いただけますか?」

「えっと、どんな話か聞いてからでもいいですか?」

「それはちょっと困りますね。いずれマスコミに漏れるかもしれないのでその時まで待っていただいても構わないのですが」

「その話って私以外にしてるんですか?」

「私は誰にも話していないのですが、情報提供者の方がどこかで誰かにしている可能性はありますね。つまり、私が木戸さんにお話ししたとして、それを木戸さんが誰かに漏らしたとしても私にはそれを漏らしたのが木戸さんか判断は難しいと思います」

「それって、脅しじゃないですよね?」

「脅しなんじゃないですよ。私は木戸さんが知らなかった親友のお話を聞いていただきたいだけなんですよ」

「親友…ですか?」

「ええ、少なくとも花咲百合は木戸さんの事を親友だと思っているようですよ」

「私は、本当にそれが良くわからないんです。親友だと思っているのにそんな大事なことを隠しているっておかしいですよ。それとも、それが普通なんですか?」

「いえ、普通じゃないと思いますよ。でも、私は花咲百合が普通じゃないと困るんです。異常であってはいけないと思っているのです。そんなことはあってはならないのです」

「どういうことですか?」

「あの事件なんですが、間違いなく花咲百合が一人で起こした事件だと思っているんです。家族四人…お腹の胎児を含めると五人ですが、そんなに殺した人間が極刑にならないのはおかしいと思うんですよ。ご友人の前でする話ではなと思うのですが、私は花咲百合が極刑にならずに減刑される可能性があるというのが我慢ならないのです。それも、最初からそうなるように仕組んでいるような気がしてならないのです。正直に言いまして、私は最初からこの事件の捜査をしていたわけではなく、言ってみれば応援で加わった立場なんですよ。動機もわかっていて現行犯で捕まえている状況で応援が入るってのは異常な状況だと思いますよね。でもね、それには理由があるんです。それを確認するために、木戸さんにはお一つ聞いておきたいことがあるんですよ」

「減刑ってことは、何か同情出来るようなことがあるって話ですか?」

「もしかしたら、そう見える人がこの世の中にはいるのかもしれませんが、私はそれを望んではいません」

「私は百合の妹の撫子ちゃんとも遊んだりしてましたけど、あの家で百合をいじめているとか虐待しているってのは無いと思いますよ。おじさんもおばさんも子供好きないい人でしたし、学生の頃だって私より恵まれていた環境だと思いますので」

「そうでしょうね。私も事件の資料を見ていてわかったのですが、花咲家は近所でも有名な子煩悩夫婦でしたからね。運動会や学芸会なんかも欠かさずに夫婦で参加していたようですし、長期休暇になると家族旅行もしていたようですね。ただ、花咲百合が社会人になってからは家族旅行なんかもほとんど行われなくなっていたようですよ」

「ああ、そう言えば、百合から旅行のお土産をもらうたびに私はどこにも旅行に行っていないなって思ってました。私の家はあんまり旅行とかする家庭じゃなかったですし、親戚付き合いもほとんどなかったので泊りがけの旅行って学校行事以外ではしたことなかったんです」

「友人の家に泊まりに行くとか家族ではない恋人と旅行に行くとかも無かったんですか?」

「はい、私は百合と行った旅行が唯一の旅行だと思います」

「じゃあ、四六時中一緒にいたのもその旅行が初めてだったのですか?」

「そうですね。学校を除くと、半日以上一緒にいたのも初めてだったと思います」

「その旅行の時なんですが、花咲百合は普段通り変わった様子は無かったですか?」

「別に変った様子は無かったと思うんですが、何かないとマズいんですか?」

「マズくは無いんですが、花咲百合の弁護士の話では、花咲百合は解離性同一性障害の症状がみられるとか、犯行時は心神喪失の状態にあったとか言っているみたいなんですが、旅行中に花咲百合の人格が変わったと思う瞬間ってありましたか?」

「なんですか、それって。私はトイレにいるとき以外は百合とずっと一緒にいましたけど、様子が変わったことなんてなかったですよ。いつもと変わらない恥ずかしがり屋の百合でしたよ」

「恥ずかしがり屋だったんですか?」

「ええ、ご飯を食べに行っても自分からは店員を呼べないような恥ずかしがり屋です」

「そうなんですか。じゃあ、そんな百合さんが就職したって話を聞いて驚いたでしょう?」

「このご時世ですから、就職先が見つからないかもしれないって思っていたので、お互いに仕事が見つかってよかったなって思いましたけど、百合は頭もよかったし驚いたりはしなかったですよ」

「そうではなくてですね。花咲百合の仕事先が恥ずかしがり屋の性格では難しそうだと思わなかったのですか?」

「ごめんなさい。私は百合の職場の事は何も聞いていないんですよ。恥ずかしいからあまり言いたくないって言われたので、聞いていないんですよね」

「花咲百合なんですがね。彼女はイベント企画会社の営業と事務をやっていたのもご存じなかったのですか?」

「……本当ですか?」

「ええ、これは間違いない事ですし、営業成績もよかったみたいですよ」

「それって、私の知ってる百合の話ですか?」

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