第12話 刑事 その七
警部補と店長さんの話を聞きながらも私はランチメニューを眺めていた。
私も会話に混ざった方がいいのだろうけど、警部補には何か考えがあるみたいなので私は変に口を挟まないことにした。
「そうそう、私の他にも刑事が何度かお邪魔していたと思うのですが、よろしければ木戸さんにいくつか尋ねたいことがあるのですが、木戸さんは休憩に入られているでしょうか?」
「木戸さんでしたら、ランチタイムだけのパートですので間もなく勤務も終了すると思うのですが、木戸さんにも都合があると思いますのでお話が出来るか本人に聞いてみないとわからないですね」
「そうなんですか。木戸さんは夜は働いていないんですね?」
「ええ、木戸さんはランチタイムに働いていただいてますね。木戸さんは大変仕事が出来ますので夜も働いてもらいたいんですが、木戸さんは忙しい方なので無理をさせることも出来ませんからね。そうそう、今から木戸さんに話が出来るか聞いてみますので、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ぜひ、お願いします。あまり無理強いはしていただかなくて結構ですので。事件の事ではなく個人的に確認したいことがあるだけなものですから」
「個人的ですか。そう伝えてみますね」
店長さんは警部補にそう言われて不思議そうな顔をしていたけれど、そのまま木戸さんに伝えているようだった。
「個人的に聞きたいことって何ですか?」
「ちょっと引っかかることがあるからな。それを確認したいだけさ」
「もしかして、働いてる姿を見て惚れたとかですか?」
「お前はバカなのか。そんなわけないだろ」
「じゃあ、なんだって言うんですか」
「彼女が来ればわかるさ。それまではお前にだって教えてやらんさ」
警部補はそう言いながらも自分の手帳を確認していた。
何か大切なことをする前に手帳を確認するのは警部補の癖なのだけれど、本人はその事に気付いていないようだ。
今までも何度かその行動を見てきたけれど、手帳を見た後の警部補は意外としつこい諦めの悪い男になっている。
木戸さんがそれに嫌気を指して協力してくれなくなったら大変だなと思って待っていたのだけれど、こちらに近づいてくる木戸さんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。
殺人事件の被疑者の親友ということで今まで何度も他の刑事から取り調べを受けていたり事情聴取だってされてきたことだろう。
被疑者の自白を信じるのなら、木戸さんは事件に何の関係も無いのはわかっていることなのだが、被疑者が唯一名前を出した友人である木戸さんに捜査が及ぶのは仕方ないと言えば仕方ないのだ。
木戸さんもそれはわかっているようだけれど、全くの無関係とわかっているのに調べられるのは相当なストレスも感じてしまうことだろう。
「あの、店長に言われてきたんですけど、個人的に聞きたいことって何ですか。事件の事でしたら私は何も知りませんし、百合の事だって知っていることは他の刑事さんにお話ししたんですけど」
「ああ、すいませんね。ちょっと個人的に気になることがいくつかありましてね。もしよろしければ少しだけお時間いただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「そうですね。17時まででしたら大丈夫です。それ以上遅くなるのは困りますが」
「はい、それで構いませんのでお願いします。仕事終わりなのにすいませんね」
「いえ、いつもは夕方まで何もしていないことの方が多いので時間的には大丈夫です」
「では、ここではちょっと聞きにくい話もありますので、近くの喫茶店に移動してもよろしいですか?」
「あの、出来ればなんですが、喫茶店ではないところの方が嬉しいです」
「では、どこがよろしいでしょうか?」
「喫茶店じゃなければどこでも大丈夫です」
「私はこの辺の地理にあまり詳しくないものですから、どこがいいですかね?」
「じゃあ、ここから少し歩いたところにあるカラオケはどうでしょうか?」
「カラオケ、ですか?」
「はい、カラオケでしたら他の人に聞かれる心配も無いですし、時間になったらお店の方から教えてもらえますからね」
「そうですね。お話を伺うのにカラオケというのは案外いいかもしれませんね。ちなみに、喫茶店を嫌がるのには何か理由があるのですか?」
「これといった理由は無いのですけど、あそこのマスターも奥さんも口が軽いんですよ。それに、ちょっと探偵気取りなのかわかりませんが、事件とか事故とかあったら黙ってられないタイプだと思いますので、刑事さんたちの話も漏れちゃうと思いますよ」
「それは良くないですね。教えていただいて助かります。他の者にもその事は伝えておきますね」
警部補はそう言った後に私のスマホを指さして何かを指示していた。きっと、今聞いた話を他の刑事とも共有しておけという合図なのだろう。
私は警部補の指示通りに情報を共有すると、何件かすぐに返事が来ていた。
それに返事を返している間に店を出ることになったのだが、店を出る前に少しだけ見えた厨房の中にある料理がとても美味しそうに見えていた。
メニューにない料理だったと思うので、あれは気っと賄いだったのだろう。
私は羨ましいなと思いながらも店を出た。
お会計は警部補が済ませてくれていた。
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