第10話 刑事 その五
食事もケーキも全て美味で満足した私は警部補の目的が食事では無かったことをすっかり忘れてしまっていた。
「おい、そのまま帰ろうとするな。ここの店長に少し話を聞いていくぞ」
「店長さんですか?」
「そうだ、店長に話を聞くんだ」
「被疑者の友人の方じゃなくていいんですか?」
「そっちはもうすでに何人も質問しているみたいだからな。今更新しい証言も出てこないだろうよ。でもな、店長にはちゃんと聞いている奴もいなかったみたいだし、何か手がかりになるようなことがあるかもしれないからな」
警部補は他の人が手に入れた情報をもとに色々と分析をしているみたいだし、今回も店長さんから何か新しい情報を引き出せるんじゃないかって考えているようだ。
その考えがどれくらい正しいのかはわからないけれど、私は何もいい案が浮かんでいないので警部補の提案に乗ることにした。
「あ、すいませんが、店長さんにちょっとお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」
私は近くの店員さんにそう話しかけたのだが、いきなり店長を呼べと言われた店員さんは新手のクレーマーと勘違いしたようで、その表情は少し引き攣っているようだった。
私は笑顔で接しているはずなんだけど、もしかしたら表情が硬かったのかもしれないと思ったのだが、それは警部補が私を見てニヤニヤとしていたから思ったことだ。
私が店員さんに話しかけてから少し経ってから店長さんはやってきたのだが、思っていたよりも若い店長さんだった。
最初にこの店に来た時に店内を軽く覗いた時に忙しそうに働いている店員さんの中に男性が一人だけ混ざっているのが印象的だったが、先頭に立って働いていた人がこの店の店長だったみたいだ。
お店が忙しそうなときも落ち着いてきたときも色々なテーブルの様子を見て行動をしているようだったので、この店長さんは普段はどうかわからないけれど、仕事中は気配りの出来る人なのだと私は思った。
そんな気配りのできる人なら被疑者の友人に変わったところがあればすぐに気づくのではないだろうか。
警部補はそこまで読んでこの店に来たのかもしれないと思うと、警部補の普通じゃない情報収集能力に脱帽するしかなかった。
「私が店長の西ですが、どういったご用件でしょうか?」
「ああ、あなたが店長さんでしたか。どの料理も大変美味しかったんですよ。食後のコーヒーはあまりこだわりが無いようにお見受けしましたが、ここは喫茶店ではないので当然と言えば当然ですよね。ですがね、ここのケーキって手作りですよね?」
「ええ、当店のケーキは手作りなんですが、御気に入っていただけましたでしょうか?」
「私はいただいていないのですが、私の部下の山吹がこちらのケーキを頂いてたいそう気に入ったそうなのですよ。そこでケーキのテイクアウトなんておこなってたりしないのかなと思いまして、ちょっと店長さんに聞いてみようかと思ったんですよね」
「そうなんですね。当店のケーキがお気に召していただいたのは大変光栄なのですが、当店は衛生面の観点からテイクアウトは全てお断りさせていただいているのです。誠に申し訳ございません」
「いえいえ、こちらも無理を言ってしまって申し訳ないです。ですが、次回は私もケーキを頂こうと思いますので、その時はよろしくお願いしますね」
「はい、またのご来店を心よりお待ちしております」
「ところでね、私はこういうものなのですが」
そう言って警部補は自分の警察手帳を見せていた。私もそれに続いて警察手帳を提示した。
「警察の方だったんですね。この前の事件の捜査でいらしているのなら木戸さんを呼びますが」
「いえいえ、私は捜査で来たわけではないのですよ。私の同僚がお邪魔させていただいたそうなんですが、こちらの料理が大変美味しかったと窺っていまして、今日はそちらを確かめさせてもらいに来たのですよ。実に美味でした」
「は、はあ。それは良かったです」
店長さんは私達が刑事だということで多少は警戒をしているようだ。
普通に考えてると、いきなり警察官がやってきたなら何かあったのだろうかと警戒してしまうだろう。まして、この店にいる木戸さんは近隣で起きた殺人事件の被疑者の友人だというのだから、今までも何度か警察関係者が聞き込みに来ているはずだ。
中には態度の悪いものもいたと思うし、警戒するのも無理はない話だと思う。
「せっかく来たのに手ぶらで帰るのもここを勧めてくれた同僚に悪いですし、何かお土産を持って帰りたいと思うのですが、この店はテイクアウトが出来ないんですよね。で、ちょっとだけ相談と言いますか、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「えっと、他の刑事の方にもお伝えしましたが、私は殺人犯とは交友関係は無いですよ。木戸さんと何度か店に来たことはあるみたいですが、私は新聞を見るまで彼女の名前も知らなかったですからね」
「そこは大丈夫ですよ。我々は店長さんの事は全く疑っていませんからね」
「それは良かった。で、私のことは疑っていないということですが、木戸さんの事は疑っているってことですか?」
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