アダムのいない世界で(中編)
いつも部活に入ってない私は早々に帰宅してたけど、あの日はなにか用事があって放課後の教室に向かった。
ドアを開けて教室に入ろうとしたその時、教室の中に誰かいるのに気づいた。
自分の教室なのにドアを開けづらかった。放課後は特に他クラスの生徒が来てたりして空気が違うからだ。
でも、私はドアを開けようと手を伸ばした。今となってはなんの用事だったか忘れたが、そのときはその用事を済まさないといけなかったからだ。
扉越しに教室内の会話が聞こえてきた。
「あれ、絶対柑菜のこと好きだよ」
「女同士ってやつ〜?」
扉を開けようとしていた私の手が止まった。
私のことを話してる...?
「なんかジロジロ見てるし。柑菜と話すときだけ声のトーンが違うじゃん」
「だから、この前西江君に告られたときも断ったんかね」
「いや、西江はねぇだろ」
笑い声。
この笑い声はあんじーと花音か。
放課後の教室でうわさ話をしている。私の話? いや、誰かの話題の中に私が含まれている。
「だってさー、女同士ってねぇ? ほら〜」
「やっぱキモいよね。女同士でキスとかできんでしょ」
「いや、無理無理。BLだときれいな感じするけど」
「いやー、でもさ、女同士ってのもわかるよ。なんか自分を傷つけたくない感じ? だって男と恋愛ってやっぱりリアルじゃん」
「あ〜、なんか女同士の方がファンタジーな感じってこと」
「友達の延長でいいでしょ。それってやっぱり楽だよね」
「だよね〜」
「だって理想の彼氏って考えてみ? 難しいじゃん」
「やっぱな、優しい人がいいもんね。後は贅沢言わないけど顔と、お金」
「お金ってお前大人かよ!!」
私は教室の外で固まっていた。あんじー達は久代の話をしているんだ。女同士が好きになるなんてキモいと思ってるんだ。なにがファンタジーだ。友達の延長だ。これだから、私は自分のことを他人に説明したくないんだ。どうせ陰でこうやって噂されるに決まってる。なるべくばれないように過ごしてきたつもりだけど、久代の普段の態度でばれてしまったんだ。
「でも柑菜って久代が好きなんでしょ?」
「っぽいよね」
!?
今、”でも”って言った? ということはさっきまでの話は久代のことじゃなかったのか。
「美香も叶わぬ恋に落ちてしまったか」
「ね」
「応援する?」
「しない。それより美香にはこっち側にいてもらわないと。やっぱり美香がいないとうちら始まらないでしょ」
私は踵を返してそっとその場を立ち去った。頭の中がぐちゃぐちゃで胸の中がもやもやした。美香は私のことが好き? そもそも美香の恋愛対象は女性だったのか。いや、でも、前話したとき美香は男の子のことを話してた気がする。私のことはおろか、女の子のことが好きな素振りを一度も見せたことがない。
私は立ち止まった。目の前に美香がいた。
「おつかれ〜」
美香はなにげなく挨拶してきた。
私はものすごい焦って教室の方を振り返った。美香の声は通るから、絶対にあんじー達にも聞こえたはずだ。
私は返事もせず、急いでその場を立ち去った。
まだ、ゾンビが現れる前の話。
濡らしたハンカチを内出血した患部に当て、電光ナイフで切ったコンドームを伸縮包帯の代わりにしてハンカチを固定した。
「これを上げたらいいの?」
久代が赤いレバーに手をかけて言った。
「待って。右のレバーと同時に上げないといけないから」
私は庇うように右脚を伸ばしながら立ち上がった。
「大丈夫?」
「大丈夫」
私はもう片方のレバーを握った。
「いくよ?」
「うん」
「せーの!」
レバーを上げると、電気が送電線の中を流れる音が聞こえた。室内の電灯が順次点いていった。室内には事務机が並んでいた。机の隅に置いてある電気ポットの電源が入ってお湯を沸かし始めた。壁沿いには監視カメラの映像をチェックするモニターがいくつも設置されていた。
久代が配電盤を弄るとモニターの電源が入った。モニターには館内を歩き回るゾンビの映像が流れた。
私は椅子に座ってモニターを眺めた。館内に電気が灯り、ゾンビの動きがロメロ版のゾンビ並みに鈍くなっていく。
私達は椅子に座って沈黙していた。意味もなく床や机の端っこを眺めた。さすがに疲れた。できれば今晩はここに泊まりたい。私はモニターを見た。さっき私達が入ってきた扉の前にゾンビが集まってきている。扉はゾンビに叩かれるたびに凹み、閂もいつまで保つかわからない。今夜ここに泊まっても、寝込みをゾンビに襲われるかもしれない。
時計を見た。もうすぐ日が暮れる。夏だから日が長いとはいえ、永遠ではない。夜になればゾンビの動きは活発になるから、帰るなら今のうちだ。
私は室内のロッカーを順に開けてみた。中は警備員の制服ばかりだ。不潔なことに飲みかけのお茶のペットボトルもあった。後はガムとか煙草。武器になりそうな物があるかと思ったらなかった。強いて言うならライターと日誌が見つかったくらい。
―警備員の日誌
今月末には館を閉館することが決まった。各店舗にはまだ商品の在庫が残っているが売りつくしセールなどはせずに閉館だそうだ。
以下、忘れないようメモ。
監視カメラのHDDのバックアップの設定を解除すること。解除しないと過去3ヶ月分の監視カメラの映像が残ってHDDの残りの容量を圧迫してしまう。
まあ、館が再開するかは不明だけどな。
久代はモニターの前の椅子に座って、デバイスのつまみを回してみた。映像がシャカシャカシャカと巻き戻されていく。停電前の3ヶ月分の映像が残っていた。そこにはショッピングモールが避難所として使用されていた頃の映像が残されていた。
映像にはテントや寝袋で談笑する人達が映っていた。昼の時間帯にはフードコートで皆が楽しく食事をしていた。
つまみを回した。
二月くらいの頃の映像か。三階で子どもと遊んでいる私達と同じくらいの女の子が映っていた。
「止めて」
映像を止めてよく見てみると、その女の子は美香だった。
美香、懐かしい。生きて動いている。
もう一度再生ボタンを押すと美香が再び走り出した。
私は久代の視線に気づいた。久代は美香を見る私を悋気(りんき)する表情で見つめていた。
私は返答に困ってモニターに視線を移した。
つまみを回して、三月辺りの映像を見てみる。
ヘリコプターが墜落してパニックになる館内。ゾンビを殴って殺す生存者達。ゾンビは生きた人間に覆いかぶさり、躊躇なく噛み付く。噛みつかれた人間は脚をバタバタ動かし、やがて脚のバタバタが止む。覆いかぶさっていたゾンビはまた別の獲物を探しに歩きはじめ、噛みつかれていた人はゾンビとなってすーっと起き上がり、獲物を探しにヨタヨタ動き始めた。
つまみを回した。
三階で生活していた生存者達が互いに殺し始めた。先に仕掛けたのが誰かなんてわからない。男も女も子どもも関係なく、人々が入り乱れて互いに殴って首を絞めて馬乗りになって殺し合っていた。誰かがゾンビを封じ込めていたシャッターを開けたせいで、人間同士の殺し合いにゾンビも乱入してきた。
もうカオスだった。
これじゃあ人間もゾンビも変わらない。せっかく生き残ったのに、この人達はなにをしているんだ。
私は思わず「あっ」と声を出した。映像には美香がトイレの方に駆け込む様子が映し出されていた。美香はトイレから出てこなかった。きっと怖くて中で震えているんだ。やがて、ゾンビ化したあんじーがトイレの方に向かってヨタヨタ歩いていった。
私はそれを食い入るように眺めた。
あんじーがトイレに入って十数分後、ゾンビ化した美香とあんじーが出てきた。
過去の映像は終わり、モニターの画面は現在の監視カメラ映像に戻った。
全員がゾンビになって、争いが終わったんだ。
彼らにとって、ゾンビじゃない私達の方が異質で、彼らは異質な私達を同化しようとただ近寄ってきているだけなんだ。
「早く出よ」
久代は怯えるような声をしていた。
「久代はこの建物の地図を探して」
その間、私はセットアップに努めた。
机の上に使えそうな物を並べた。
89式小銃。
89式小銃の弾倉が三つ。
ショットガン。
ブリーチ用シェル二発。
サバイバルナイフ。
電工ナイフ。
閃光手榴弾一個。
信号弾二発。
コンドーム。
ライター。
これらを使ってショッピングモールから脱出し、無事に帰宅しないといけない。
私はさっき見つけたペットボトルでサイレンサーを作ることにした。ゾンビは音に反応して襲ってくる。ショッピングモールから脱出する最中、やむなく発砲することもあるはずだ。
ペットボトルの中のお茶を捨て、まだ沸いてないポットの中の水をペットボトルの中に入れた。中の水が銃口に逆流しないようにコンドームでペットボトルの口に蓋をして、89式小銃の銃口と繋げてビニールテープで固定した。即席のサイレンサーの完成だ。加えて、89式小銃の弾倉を二本ガムテープで繋げてダブルマガジンにした。
もういっちょ、ガムテープでリュックの底にショットガンを固定した。これでリュックを背負った状態でも後ろに手を伸ばせば即座にショットガンが取り出せる。胸ポケットには予備のショットシェルを収納した。
スカートを内側に折り曲げて、55式信号拳銃を腰に刺して信号弾の予備と電工ナイフをスカートのポケットに入れた。
サバイバルナイフはコンドームを紐代わりにして、リュックのショルダーベルトにくくりつけた。
「そんなに全身コンドームだらけの人初めて見たよ」
「自分の身を守るためのツールだからね」
私と久代は事務机の上に地図を広げた。
この地図はショッピングモール内だけじゃなく、私達が今いる警備員室や荷物搬入の通路まで載っている。
「警備員室からここの廊下を通って、ここの階段を下りて行けば搬入口から出られそうだよ」
久代は地図の上を指でなぞりながら説明した。
私は監視カメラのモニターを見ながら久代の説明を聞いた。久代の言う通りそのルートなら難なく外に出られる。だけど搬入口は横転した車に塞がれてて外に出られない。
「別の道、探そう」
もう一つは館内を縦断するルートだ。職員用階段で一階に下りた後、職員用通路を使ってモール内の食品館に戻り、電動シャッターを開けて館内を移動してモールのメインエントランスから外に出られる。ここに来た時は閉まっていた食品館のシャッターも電力が戻った今なら開けることができるだろう。
監視カメラのモニターを見た。三階から降りてきたゾンビがいるから、一階でもゾンビが徘徊している。
館内を移動する時はなるべく音を立てないようにしないといけない。
私と久代はリュックを背負って、警備員室の外に出た。職員用の廊下は、ショッピングモール内とは打って変わって味気ない灰色の壁と緑色の滑り止めシートが貼ってある床で構成されていた。滑り止めシートの表面はペトペトしていた。歩く度に靴の裏からその感触が伝わって、気持ち悪かった。
職員用階段の扉を開けた。白い電灯が灰色の壁と階段を照らしていた。夏なのに、ここの空間はひんやりと冷たかった。
「行こう」
久代が先頭を切って下りた。私も後に続いた。
段差を降りる度に、私の右足に痛みが走った。庇うように脚を伸ばしながら降りていると、先に進んでいる久代が肩を貸してきた。
「大丈夫だよ」
「うん」
久代はただ黙って、でも少し嬉しそうに私に肩を貸し続けた。
階段を下りて、銃の先で職員用通路の扉を開けた。
今度は銃を持っている私が先頭を切った。
曲がり角に着くと壁を背にして、コンパクトミラーで奥を確認した。
誰もいない。
私達は廊下を真っ直ぐ進んだ。
あそこのL字を曲がれば、すぐに食品館に通じるドアだ。
私は足を引きずるスピードを速めて、角を曲がった。
と、そこにー。
ゾンビがいた。
私と久代は慌てて引き返して角に隠れた。
私は陰から顔を半分だけ出してゾンビの様子をうかがった。
ゾンビは向こうを向いていてこっちの存在に気付いてない。
ひとまず安心。
でも、最後の最後にゾンビがいるなんて。
ゾンビはしばらく向こうに歩いて、振り向いてこっちに向かって歩き、またUターンをして歩くをずっと続けていた。
「同じ行動を繰り返してる」
久代がつぶやいた。
私は久代に銃と荷物を預けた。
「これ、お願い」
「どうするの?」
私はサバイバルナイフを取り出し、グリップの先のキャップを回した。
「あの程度ならなんとかできそう」
私は釣り糸を伸ばして、左手に巻き付けた。
私は陰から様子を伺った。
ゾンビはよたよたこっちに歩いてきた後、鈍い動作で回れ右をした。
私はその隙をついてゾンビに向かって駆け足で近づいた。
ゾンビの動きは鈍いが、脚を痛めてる私の動きもどっこいどっこいだ。
ゾンビが振り向く前に片付けたい。
ゾンビが足を止めた。のろりのろりと振り向き始めた。
私は多少無理をして走り、まだ向こうを向いているゾンビの喉に釣り糸をかけた。釣り糸を思い切り引っ張りながら私は体を回転させゾンビとは反対方向を向いて、地面に向かって全体重を落とした。私の右脚に激痛が走った。
釣り糸に引っ張られたゾンビはがくんと姿勢を崩した。慣性の法則でまだ位置を保とうとしている喉の肉が一気に裂け、血液が扇形に噴き出した。血飛沫が天井や床にこぼれ落ちた。びちゃびちゃびちゃどぼどぼどぼという音が響き渡り、ゾンビの喉から空気が漏れる笛のような音がこだました。
私はすばやく向きを戻し、右手に持っているサバイバルナイフの刃をゾンビの側頭部にぶっ刺した。
ゾンビは刺された衝撃で壁に叩きつけられ、その時に作用反作用が効きナイフがさらに深く刺さった。
血は霧状にびやゃーっと噴き続けていたが、私が呼吸を整えている間に勢いが収まった。
「大丈夫?」
背後から久代が近づいてきた。
「うん」
私は自分の両手を眺めた。手に、殺した時の感触が残っている。
「だんだん上手くなってるね」
「?」
「ゾンビを殺すの」
私は苦笑いをした。
「華のJKに言う言葉じゃないね、それ」
私はサバイバルナイフを抜き取り、ナイフを振って血を払った後、先に進んだ。廊下の先の扉を開けて、食品館に入った。
館内の照明が煌々と輝いていた。それだけじゃない。音楽も流れていて、来た時とは別物になっていた。
久代は口をぽかんと開けて天井や店内を眺めていた。
「どうしたの?」
「だって久しぶりじゃない? こんなに電気がついて音楽が流れてる所なんて今ないよ!!」
久代はまるでクリスマスイルミネーションを見てるかのように目を輝かせていた。
私達は缶詰コーナーに行き、肉や魚や豆の缶詰をリュックに詰めた。
「うっそ! やばいよ! 桃がある!!」
久代が桃の缶詰を見せてきた。
「こんな高級品、ウチでは買ってもらえなかったよ」
久代はフルーツの缶詰をリュックに詰めた。
なんだか、私がまだ見たことない久代の姿だった。この子、こんなにフルーツの缶詰が好きだったのか。
缶詰を詰めたリュックはたちまち重くなった。
「ぐぬぬ。ほんとに自衛官みたいだ」
私は銃を構えた。
「ねぇ、生鮮食品も一応見て行く?」
「そうだね。望みは薄いけど」
野菜のコーナーに行ったが、野菜は見事に痛みきっていた。ぱっと見、根菜類は無事に見えたが手にとって見ると傷んだり腐っているものばかりだった。鮮魚のコーナーや精肉のコーナーは壊滅だった。腐敗した肉や魚は液状化していたし、吐き気をもよおすレベルの異臭を漂わせていた。昨日はあれだけ肉や魚を食べたいと思っていたのに、それらの食欲を一瞬で打ち消すレベルで酷い有様だった。
私と久代は無言で踵を返して、シャッターの方に向かった。
「シッ!」
私は唇の前で人差し指を立て、久代に姿勢を低くするよう合図した。そっと銃口をレジの方へ向けた。
レジには従業員の服を着たおばちゃんゾンビが、ぼっーと突っ立ったまま手元の商品のバーコードをバーコードリーダーで何度も読み取っていた。
バーコードリーダーのピッピッピッという音がずっと鳴っていて、レジのモニターには「同一商品です」という文字が何度も表示されていた。
私はナイフか銃で始末するべきか迷ったが、あのおばちゃんゾンビは全く周囲に目も暮れず無害なように思えた。
「残業してるのかな」
久代の一言に私は吹き出しそうになった。
「バカっ! 笑わせにくるなって」
私は笑うのを堪えて久代の肩を叩いた。叩かれた久代も口を押さえて笑っていた。
私達はおばちゃんゾンビに気づかれないよう、商品棚に隠れながらシャッターの操作板に向かった。
操作板のランプは赤く点灯していた。近くにはガラス管のヒューズが落ちていた。
操作板にはガラス管がちょうどはまりそうな隙間があって、電気がバチバチっと流れていた。
試しに操作板のボタンを押したが、シャッターは1ミリも動かなかった。
私はコンドームをゴム手袋代わりに手にはめてヒューズを拾った。
「最後のコンドームね」
「コンドームもここまで使ってくれて、成仏するでしょう」
私はヒューズを操作板に装着した。電気の流れる音がする。このゴム手袋をしてなかったら感電してただろう。
操作板のランプが赤色から緑色に変わった。
ボタンを押すと、シャッターが上がりはじめた。
カラカラカラカラ。キュッキュッキュッ。機械音が聞こえる。少しうるさい。あまりうるさいと、ゾンビが寄ってきてしまう。
私も久代もシャッターの下から向こう側を覗いた。
徘徊するゾンビの足が見えた。こっちにはまだ気づいてないみたいだ。
私達はシャッターが上がり切る前にシャッターの下を潜った。
姿勢を低くすると脚に激痛が走った。
くそぅ、折れてなければいいが。
私は足を引きずりながらフロアを横切った。
ゾンビはこっちに気づいてない。助かった。
ガッチャン!
私も久代も後ろを振り返った。
シャッターが何かにつっかえて止まっていた。
「ピー。ピー。ピー。緊急停止シマス」
機械音でアナウンスが始まった。
ゾンビが私達に気づいて、ヨタヨタと近づいてきた。
「行くよ!!」
私達は全速力で走った。脚が痛いなんて言ってられない。
ゾンビの動きはノロイ。しかし確実に私達を取り囲んでくる。
私は閃光手榴弾を取り出してピンを抜いて、ゾンビの群れの中に投げた。
「伏せて!!」
久代の襟を掴んでベンチの陰に隠れた。
パッと辺りが光った後、バンッという激しい音がした。
キーンという耳鳴りがする。
ゾンビの群れは突然の刺激に過剰反応して、固まっていた。
私達はその動きの止まったゾンビを押しのけて真っ直ぐフロアを走り抜けた。
久代が私の肩を叩いて何か言った。
でも聞き取れない。
閃光手榴弾の爆発音で聴覚がまだ麻痺ってるようだ。
久代は「あっち」と唇を動かしながら指差した。
あっちにはドラッグストアがある。
なるほど、来た道とは違うが、あそこを通り抜けても出口がある。
私は久代の後をついて行った。
上の階からゾンビが落ちて来た。落下してきたゾンビは起き上がって私達の方に向かって来た。ゾンビの腹は破裂して内臓が垂れ下がっていた。
私は無視してドラッグストアに向かった。あの程度のスピードなら追いつかれない。
ドラッグストアの商品棚の間を通り抜けた。
向こうにガラス戸が見える。
私は激痛を我慢して足を動かした。先に行っていた久代が振り向いて私に向かって手招きをしていた。
わかってるよ、久代。そんなに慌てなくても私があなたから離れることはないって…。
久代がなにか叫んだ。私の右の方を指差して、警告するように叫んでいる。
私の聴覚がまだ回復してないから久代が何を言っているのか全く聞き取れない。
私は横を向いた。
商品棚が私に向かって倒れてきていた。
私は咄嗟に小銃でガードしたが、商品棚と一緒に私は倒れ込んだ。
スチールの商品棚が私の肋骨や膝や肩や肘に直撃して我慢できないほどの激痛が走った。
「ぐああぁぁぁっっっっ!!!!」
喉の奥から熱い物を吐き出すような声が出た。と、同時に自分の聴覚が戻ったことがわかった。
倒れてきた棚の向こうからゾンビが顔を覗かせた。ゾンビは棚の向こうから腕を伸ばしてきて私の肩を掴んだ。
銃で応戦しようにも棚の下敷きになっていて取り出せなかった。
ゾンビは顔を近づけてきて、獣のように私の首に噛みつこうとした。
私はサバイバルナイフを棚の隙間からゾンビの胸に突き刺した。
それでもゾンビは棚を乗り越えようと登ってきた。
私はサバイバルナイフのグリップを握って、ゾンビの下腹部に向かってナイフを下げた。ゾンビはずり下がったが、両手で棚を掴んで尚も噛みつこうともがいていた。
久代が駆けてきてゾンビの襟を掴んだ。久代は襟を掴んだままプロレス技のように回転した後ゾンビを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたゾンビは買い物カートに頭から飛び込んで、買い物カートごと化粧品売り場に突っ込んでいった。
久代に棚を退けてもらって、私は這い出ることができた。
次のゾンビが集まってきた。
私は信号拳銃をゾンビの群れに向かって構えて、引き金を引いた。
銃口から発射された火の玉がゾンビの胸に食い込んだ。食い込んだ弾は打ち上げ花火のように炸裂してゾンビの群れに火をつけた。衣類や髪や脂を含んだ人肉に次々引火していった。
火はドラッグストアのトイレットペーパーやオムツにも広がった。
館内の電気が落ちた。薄明るい予備電源に切り替わり、スプリンクラーから水が吹き出した。
しまった。今ので消火装置が作動したんだ。
水が降り注ぐ中、ゾンビは関節の具合を整えるように腕や首を動かした後、一斉に私達を睨んできた。
「久代! 逃げて!」
「でも…」
ゾンビは久代に向かって全速力で駆け始めた。
「はやく!!!」
久代は踵を返して「後で!」と言った後出口に向かって走った。ゾンビも久代を追いかけて外に出て行った。
私も外に行こうとしたが、久代を追いかけようとしていたゾンビが私に標的を変えて追いかけてきたので近場のコーヒーショップに逃げた。コーヒー豆の袋をぶちまけながら自転車屋さんに逃げ込み、自転車を倒してゾンビを足止めしながら、私はキャンプ用品店に身を隠した。
(...続く)
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