第39話 不破は銀ノ魔女から懇願される①

 童士はセント・タダイ号での戦闘を終えたままの姿で、事前予約アポイントメント無しに新開地商工会議所会頭の銀機ハルに面会を求めた。

 漆原華乃の拉致と惣菜店『あさヰ』の火災についての情報が行き渡っていたのか、殊の外すんなりと銀機ハルの居室へと案内される。


「ハル様………聞き及んでいるとは思うが、浅井清兵衛の許から漆原華乃が連れ去られてしまったんだ。

 慌ただしくなって申し訳ないが、這い寄る混沌ナイアルラトホテップとハイドラの一味の潜伏先について……アンタが握っている情報をこちらに譲って欲しい。

 情報料については、こちらで負担するから………頼むよ」


 深く腰を折り全身で謝意を表す童士の姿に、銀機ハルは常日頃とは真逆の対応で真摯な表情を見せている。


「童士や……顔を上げるが良い。

 其方に頭を下げねばならぬのは、妾の方であろうよ。

 漆原華乃嬢の身柄の安全を請け負うておりながら………むざむざと彼奴等の侵入と漆原華乃嬢の拉致を許してしまったことについて、其方からの依頼を果たせなかった無力を詫びさせて貰おう。

 本当に済まなかったの…………童士」


 筐体の上からではあったものの、深く頭を下げる銀機ハルに対し……童士は戸惑いつつもその行為を押し留めようとする。


「良いんだ……ハル様、顔を上げてくれ。

 セント・タダイ号にハイドラが乗船していなかった時点で、俺と彩藍はもっと警戒するべきだったんだ。

 敵の掃討なんかしないで、とっとと戻っていれば華乃を守れたのかも知れないのに………後悔してもしきれないぜ」


 悔しさを滲ませる童士の苦衷に満ちた言葉を聞いて、銀機ハルは童士の言葉を遮る。


「童士……己を責めるのは止せ…………。

 起こってしまった事象について、たらればの言葉を紡いでもどうにもなるまい。

 其方がこれから成さねばならぬことは、漆原華乃嬢の無事な救出ではないかぇ?」


 銀機ハルの言葉にハッとした表情を浮かべた童士は、悔しい胸の内を押し殺して頭を垂れた。


「そんなことは判ってる、判ってるんだが…………。

 ハル様……今も華乃がどの様な目に遭っているか……想像するだけで俺は…………」


 そんな童士の弱気な言葉を、銀機ハルは一喝する。


「この………戯けがっ!!

 其方がそのような性根で、惚れた娘子を救えるとでも思うておるのかっ!!

 胸を張れっ!!顔を上げよっ!!

 ……童士よ……頼む…………」


 銀機ハルからの叱咤の最後に、心から哀願するような響きを聞いて……童士は思わず顔を上げて銀機ハルの顔を見上げた。


「ハル様……アンタ………泣いているのか?」


 童士の言葉通り、冷血と冷酷と冷笑で悪名を轟かす銀機ハルが……その両眼から滂沱の涙を流している。


「済まぬな……童士…………。

 今の状況では其方の方が泣きたくなる程の心持ちであろうに、そして今の其方には時間ときこそが必要であると知っておるのだが……少しだけ妾の昔語りに付きうてはくれぬか?」


 華乃の安否が気掛かりで……心が急いている童士ではあったが、銀機ハルが涙を流すと云う衝撃的な事態に気圧され………神妙な面持ちで童士は首肯した。


「そうか……聞いてくれるか…………」


 そう言った銀機ハルが右手を振るうと、常時銀機ハルの側に仕えている機人の執事達は……恭しく一礼し退出して行く。


「何処から話したものかの……其方もまだこの世に生を享ける遥か以前まえの話よ。

 妾もこの身に機甲を纏う以前、未だ人間ひとであった時分のことだ。

 妾は神戸にて財を築いた豪商の末娘であった……うら若き頃の妾は親兄弟から、蝶よ花よと甘やかされて育っておった」


 フッと寂しげに微笑みながら、銀機ハルは往事を思い出すように言葉を続ける。


「そんな或る日のこと、妾が暮らしておった白木家の寮に、傷付き息も絶え絶えとなった血塗れの鬼が転がり込んで来た。

 その若き鬼こそ……其方の父親、不破童子と名乗る鬼であった。

 不破童子の言に依ると、京都の八瀬庄………八瀬童子の一族が住まう集落が鬼狩りに襲われ、命からがら落ち延びて来たとのこと。

 其方も知っておろうが、明治初期に妖人は被差別棄民として……帝国憲法の庇護下には入っておらなんだ。

 それ故に………妖人のあらゆる種族は、無差別に襲撃され、略奪され、そして理由もなく狩猟されておったと云う。

 不破童子の一族は、童子ただ一名を遺し……全て狩り尽くされ根絶やしにされてしまったらしい。

 不破童子の身の上に同情した妾は、寮に童子を匿い怪我の治療も施したのだ。

 そのような日々が続けば、同情が愛情に……感謝の念が恋情に変わることもあるだろうて。

 ま………妾と不破童子の恋愛など、児戯にも等しい可愛げのあるみたいなものだったがのぅ」


 ここで銀機ハルは、フフフッと過去に眼を向け………優しい笑みを漏らす。


「しかし……そのような平和に満ちた幸せな日々など、長続きしよう筈もなかったな。

 八瀬庄で行われた虐殺事件の生き証人である、不破童子を抹殺せんとする鬼狩りの追手が迫っておったのだ。

 その時に妾は、不破童子を逃すためだけに……あらゆる手練手管を用いた。

 しかしそれ故に、不破童子の逃亡に加担した者として………妾の名は鬼狩りの知るところとなってしまった」


 ここで銀機ハルは大きく息を一つ吐いて、言葉の続きを語る決意を固めた。


「鬼狩り共も不破童子の行方を求めて、執拗な捜索を行ったが発見するには至らぬことで焦ったのだろう。

 ついには妾を拉致し、彼奴等の隠れ家へと連れ去ったのだ。

 囚われた妾は彼奴等の隠れ家にて、激しい拷問による責め苦を受け………更には凌辱の憂き目にも遭わされたわ。

 数日に渡り続けられた地獄の日々にも、妾が不破童子の行方について口を割ることはなかったがの。

 そして家人に雇われた私兵が、鬼狩り共を誅殺し隠れ家に囚われた妾を見つけ出したが…時すでに遅く妾はとして死んだも同然の躰となっておったらしい。

 四肢は拷問のせいで壊死し腐れ落ち、凌辱による後遺症で子を宿す機能も損なわれておったと。

 何故か鬼狩り共も、妾の顔だけは無傷で放置しておったがな。

 幸か不幸か家に銭だけはあったが故に、四肢や内臓の機能不全は機甲化によって補われ………ほれこの様よ」


 銀機ハルは戯けるように、童士へ自分自身の機甲化部位を見せつけ……少し眼を伏せた。


「その後、不破童子が妾の許を幾度となく訪れたが……妾が二度と不破童子に逢うことはあらなんだ。

 醜い機甲に身を覆われ、八瀬庄の後継を産み育てねばならぬ使命を持つ……不破童子の子を成せぬような女は足手纏いにしかならぬからの………」


 そこで銀機ハルは、キッと両眼に力を込めて………童士の眼を真っ直ぐに見据えるのだった。

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