第40話 不破は銀ノ魔女から懇願される②
「妾の言いたいことは判ったか?
今代の不破童士よ……其方と漆原華乃嬢に、妾と先代の不破童子のような目に遭うて貰いたくないのだ。
其方が漆原華乃嬢を、無傷で五体満足のまま救出してくれるならば………情報でも何でも無償にてくれてやろう。
だから………頼むぞ……不破童士よ…………」
銀機ハルの烈しい思い出話は、童士に少なからず衝撃を与えたのだが……童士は一つだけ質問をぶつけてみる。
「なぁ、ハル様よ………何で親父と会わなかったんだ?
アンタは別に、親父を嫌っていた訳ではないんだろう?」
童士の質問に、銀機ハルは苛立たしげに答える。
「先程から言うておろう、醜い機甲の容姿と子を宿せぬ身体。
妾が身を引かねば、丸くは収まるまいよ。
それに……不破童子に責任を負わせ、妾の存在が重荷となってしまうは妾の本意ではなかったでのぅ」
銀機ハルの言葉に、童士は承服しかねるような表情で言葉を放つ。
「多分………親父にとって八瀬庄の後継者なんて、どうでも良いことだったんだと思うぜ。
それよりも自分の身を捨ててまで、拷問に耐え切るような強い女と添い遂げたかったんじゃねぇかな?
俺の鬼の眼から見てもハル様、アンタの強さは最高に魅力的で……最高に良い女だよ。
それにアンタは機甲化された肉体が『醜い』とか言ってるが、キラキラと輝いていて………俺は美しいと思うけどなぁ」
童士の諸手を挙げての賞賛に、銀機ハルは思わずその白面を真紅に染めてしまう。
「フン……童士よ…………。
そのような言葉は、漆原華乃嬢以外の女に使わぬ方が良いぞ。
別の
鬼の観念と美的感覚の視点については、ありがたく額面通りに受け取っておこう。
不破童子と添い遂げる未来があったやも知れぬと考えると、それはそれで懐かしき思い出への彩りとなろうしな。
ま………過去の行動についても、妾は誰ぞと違い決して後悔などしておらぬが……の…………」
先刻までの童士の不甲斐なさを揶揄するように、横目で童士を見遣り……ホッホッホッと冷笑的な笑い声を発する銀機ハルであった。
「ハッ!
そうやって冷たく笑ってる方が、アンタらしいと云えばらしいよ………泣いてるよりはそっちの方が似合ってて格好良いぜ…………ハル様。
それと……華乃のことだが、俺は全身全霊を以って無傷で救い出すつもりだ。
しかし、もしも華乃の身にハル様が鬼狩りにされてしまったようなことが起こった時は……俺の全財産を
童士の願いを聞いた銀機ハルの眼は、スゥッと鋭く細められた。
「しかして童士よ、漆原華乃嬢も妾と同じ思考に至るとは思わぬか?
女子にとって………その身を損なわれる辛さは、相当深刻な痛手になろうと思うがの。
そうなれば其方は、どうするつもりだぇ?」
銀機ハルの言葉に童士は、こちらも鋭い視線を返して応える。
「さあな、俺は華乃から会いたくねぇって突っぱねられても……力ずくでも何でも会いに行ってやるさ。
俺は華乃が人間だろうが別の何かに変わろうが、華乃の魂に惹かれてるだけだからな。
最悪は俺が華乃を引っ攫って、華乃を俺の物にすりゃあ良いんじゃねぇか………それこそ鬼の悪行その本懐ってモンだろ?
それと……親父なんだが、何でハル様を連れ去ってしまわなかったのかな?
わざわざ会いに来て、断られたから帰っちまうってのは………俺には解せん」
童士の台詞に、銀機ハルは
「フフフッ………其方は直情径行……鬼の見本みたいな男よの。
不破童子と妾の時代、そして其方と漆原華乃嬢の
迫害されし身分の不破童子が、妾を攫わなんだのには……其方の父親なりの理由もあったのだろうて。
それを責めるのは……ちと酷な話だろう。
時代が違えばもしや………いや……仮定で過去を振り返るも栓なきことよ。
さりとて童士、其方の覚悟は妾に届いたぞ。
万が一の際は、妾が其方の要望を叶える故………安堵して漆原華乃嬢を取り戻して参れ」
銀機ハルの叱咤に童士は、背筋をシャンと伸ばし笑顔で応える。
「オウッ!
それでは華乃の奪還について、本題に戻るんだが………ハル様は何か
それを聞き出すまで、俺には動きようがねぇからな」
童士の問い掛けに、銀機ハルは忙しなく座している筐体の端末を操作し始める。
「済まなんだの童士、年寄りの昔語りにて貴重な
銀機ハルが右手を挙げると、いつの間に定位置へと戻っていたのか……機人の執事が地図を捧げ持って銀機ハルの許へと馳せ参じる。
「見やれ童士、此処だ。
其方、神戸港の赤煉瓦倉庫は知っておろう?
区割りで云うと……この区画、ろ五筋の二十五番倉庫だ。
この倉庫だが、一ヶ月程前より荷受けがされておらず空き状況となっているようだの。
予定では
フム………入荷予定の貨物は未精錬の銅鉱石、出荷先の企業は亜米利加国籍のルルイエ商会とな。
入荷までの費えは、前金にてルルイエ商会で支払い済み…………か。
別経路での情報では、エンマ号は1925年の3月22日に南太平洋沖にて……消息を絶ってしまっておるらしいぞ。
大正十四年に行方知れずとなった、貨物船からの入荷予定か………童士よこれをどう見る?」
銀機ハルからの情報提供に、童士の眼は剣呑な光を浴び始める。
「ルルイエ………南太平洋に沈む
巫山戯た舞台を設えやがって……これは俺と彩藍を誘い込む罠なんだろうな?」
童士の指摘に、銀機ハルも同意する。
「で………あろうな。
余りにも見え透いた符牒だの、だとすれば漆原華乃嬢は其方等を誘き寄せるための餌……となるか。
其方と灰谷彩藍が、死中に活を見出せなければ……漆原華乃嬢に明日はないと思え………童士よ」
銀機ハルの後押しに、童士も力強く頷き………決意を述べる。
「
華乃を使った貴様等の手口を、俺は絶対に許さねぇっ!
貴様等には……この世に生まれ出でて来たことを、心底後悔させてやるからなっ!
首を洗って待っていやがれっ!」
言い捨てた童士は、銀機ハルの居室から颯爽と立ち去った。
入室の際には悄然とした姿であった童士の、見事なまでの変わりように………銀機ハルは立ち去るその背を頼もしそうな眼差しで見送った。
その眼は、自身が抱くことが叶わなかった……愛息に対する母の眼差しのようでもあった。
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