第38話 不破と灰谷は事件の発生を知らされる
亜米利加船籍の旅客船、セント・タダイ号が船体後部から炎を噴き出しながら沈降する。
その機関部は数度の大爆発を起こし、爆発の度に船体も大きく損傷して行く。
巨大な船舶が神戸港の深夜の闇に、己が噴き出す炎に照らされながら轟沈した。
野次馬と警官が到着する前に、人目に付かぬ暗がりを選んで進みながら……何とかセント・タダイ号からの脱出を果たした童士と彩藍は言い争っている。
「彩藍、お前がグスタフ・ヨハンセンを無意味に怒らせるから………俺までとんでもない目に遭ったじゃねぇかよっ!」
「それは違うよ童士君、グスタフのオッさんは自分の命と自爆装置が繋がってるって言うとったやん。
どっちにしても……あのオッさんを殺したら、セント・タダイ号は
せやから………童士君が
童士も彩藍も、互いにセント・タダイ号の爆発から沈没について……互いに責任を押し付け合う醜い泥試合を始める。
「なっ………お前は俺が一人であの爆発に巻き込まれてたら良かったって言うのか?
俺達は一連托生の相棒なんじゃねぇのか!?
なんて薄情な野郎なんだ、手前はよっ!」
「そらそやろ、幸運は僕だけのもの………不運は僕以外の人が受け持ったら宜しいねん。
そんなん童士君だって、僕と似たり寄ったりの考え方しとる癖に……都合のエエ時だけ仲間面されたら迷惑やわ!」
互いにこの野郎と云った顔付きで、童士も彩藍も歩きながらも睨み合い罵り合う。
「大体………手前が欲に駆られてお宝を探し廻ってダラダラしてるから、俺がグスタフ・ヨハンセンみたいな怪物と
借金を返すんだったら、本筋の仕事で稼いで返しゃ良いんだよっ!
余計なことばっかり考えやがって、仕事のついでに儲けようなんて考えが厚かましいんだ……ったく」
「そ……そんなん僕がどんな方法で借金を返そうが、童士君には関係ないやん!
ほんなら童士君が、僕の借金を肩替わりでもしてくれんの?
それやったら僕も、仕事だけに集中して頑張れるんやで!
仕事の合間に、あくせく働いてる僕の身にもなって欲しいわっ!」
傍で聞いていると、どっちもどっちの持論を展開させながら………童士と彩藍は互いへの不平不満タラタラで帰宅の途に就いた。
ブツブツと互いの聞くに堪えない、痴話喧嘩にも似た不平不満合戦は新開地界隈まで継続している。
その時、童士の顔が一瞬にして引き締まった。
「おい、彩藍。
何だか商店街の方向から、きな臭い匂いが漂って来るぞ。
火事でも起こってるんじゃないのか?」
童士の声に鼻をヒクつかせる彩藍も、何かに気付いたようだ。
「ホンマや……燃えて焦げた臭いがするなぁ、どこぞの店が
のんびりと応える彩藍だが、真剣な面持ちで童士と顔を見合わせる。
野生の獣だけが持つ本能的な危機意識と、沸き立つような名状し難い焦燥感に突き動かされる童士と彩藍。
頷き合った童士と彩藍は、深夜の戦闘に疲れ果てた身体に鞭打って………夜が明ける寸前の薄暗い街に駆け出して行く。
常人であれば敵わぬような速度で、湊川商店街の南端に辿り着いた童士と彩藍の眼に……悪い予感が見事に的中した光景が広がっている。
昨夜のセント・タダイ号への襲撃に備えて、華乃の身柄を預けていた惣菜店『あさヰ』の店舗が炎上していたのだ。
現場は神戸市の消防士と自衛消防団員が消火活動に走り回り、怒号が響く混沌とした状況下にあった。
燃え盛る店舗の前には初老の男女が、戸板に寝かされ応急処置を施されている。
童士と彩藍の眼に映るその男女は『あさヰ』の店主、浅井清兵衛と美加の夫婦であるようだ。
両名共に寝巻き姿のまま、着衣のあちこちが焼け焦げた跡を晒し………寝込みを火災に襲われたような姿であった。
「おいっ!!
華乃は何処に居るんだっ!!
早く答えろ!!」
焦る童士が手当を受けている最中の、浅井清兵衛に詰め寄って怒鳴る。
もし……華乃が燃え盛る炎の中に取り残されてでもしていたら、そのまま飛び込んでしまいそうな勢いであった。
周囲の人間が童士の無鉄砲な行動を制止しようとする中、浅井清兵衛が煙に燻されたような声で童士の詰問に回答する。
「済んません………不破さん……華乃ちゃんは……家の中には………
店仕舞いも……終わって………三人で……
いきなり……裏の勝手口が………ガタガタ……鳴りよりまして……
そしたら……黒ずくめの………格好をした……見知らん男と………魚みたいな顔の……気色悪い……化け物が………店の中に……押し入って来ましたんや…………。
化け物……どもに………取り押さえられたワシは……店の中で縛られて……転がされて……おりまして…………。
そのまま階上に……上がった………賊共が……降りて来た……時には……妻も………華乃ちゃんも……縛られて……ました…………。
妻は……ワシと……同じ場所に転がされ……ましたが………華乃ちゃんは……賊共に………連れ去られて……しもたんです…………。
その後……賊共は………店に付け火……しよって……からに………この……有様ですねん…………。
不破……さん………くれぐれも……云う約束で……お預かり……しとる………華乃ちゃんを……連れ去られて……しもて……ホンマに申し訳ない…………。
ワシの生命に……代えても……お守り……せな……アカンのに……………」
煤だらけの顔で声を枯らし、涙を流しながら童士に頭を下げる浅井清兵衛と……その隣でこちらも嗚咽を漏らしながら頭を下げる浅井美加の夫婦。
その痛々しい姿を厳しい表情で見据えながら、童士は浅井夫妻に労いの声を掛ける。
「浅井さん……奥さん………頭を上げてくれ。
アンタ等に非はねぇよ。
悪いのは人攫いをして、店に付け火までしやがった賊共だ。
取り敢えず……華乃がこの燃えてる店の中に居ないのなら、まだ生きてるってことだからな。
華乃はきっと俺が救い出す……だからアンタ等はゆっくりと養生してくれ。
…………ありがとうよ」
童士の言葉に済んません済んませんと伏して拝むような浅井夫妻に背を向け、周囲に控える人々へ応急処置の続きを頼んだ童士は…険しい面持ちのまま彩藍に向き直る。
「彩藍……聞こえていただろう?
華乃が
俺はこれから商工会議所に向かって、情報収集をしてから華乃の救出に向かう。
お前は任部社長のところで、ヤツ等の情報を集めちゃくれねぇか?
夜明けにはウチに戻って来てくれ…………頼む」
童士が真剣な表情で頭を下げる姿を見て、彩藍も真顔で童士に頷き掛ける。
「了解……僕も今から任部の旦那に会いに行くわ。
どんな小さい
じゃあ………救出の打ち合わせは事務所でね」
そう言い終えた彩藍に、童士は驚いた顔で返す。
「彩藍……お前も華乃の救出に手を貸してくれるのか?」
問われた彩藍は、満面の笑みで童士に返す。
「そらそやろ、こんな大きな貸しを童士君に作れる
それに……華乃ちゃんの手作り朝ご飯を食いそびれた恨みを、
そのまま背を向けて立ち去る彩藍に向けて、童士は再び頭を下げて呟く。
「彩藍………華乃を無事に取り返せたら、俺はお前に大きな貸しを作ってしまうな…………。
俺はどんな負債を抱えたって構わない、だから………頼む……彩藍……華乃を救い出すために力を貸してくれ…………」
夜明けを迎えつつある新開地の空の下、彫像の如く佇む童士の姿は……
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