第11話 不破は邪悪な聖櫃の中身を見る
「ハハッ!コイツ等は何体いるんだ?
潰しても潰しても湧いて出て来るぞ!」
言葉とは裏腹に、嬉々として兜割を振るう童士は
「プギャァプ ジェノリュ フグムン!」
憎悪の籠った
童士の攻撃が直撃する度に、
しかしある時点で童士は、敵の群れが襲い来る流れが変化し始める事に気付いた。
「コイツら……下流側から流れて来てないか?」
確かに最初は祭壇の辺りから、湧き出て来たように感じられていた敵の群れではあったが、ある時間帯からは下流の方向から押し寄せて来始めたのだ。
祭壇を守るように配置されている深き者どもは、今も確かに一定数存在しているのだが、下流から流入して来る軍勢は何故だか何者かに追い立てられるように、恐慌をきたした野生動物の如く統率を失って迫り来る。
「下流で彩藍が何かをやらかしているのか?」
相棒の所為で戦況が悪化する事などとうの昔に慣れ切ってしまった童士だが、前後から挟み討ちされる現状に辟易としながら……大混戦を打破する手立てを考え始める。
「取り敢えず壁を背負って戦いたいよなっ……と」
最前列から迫り来る一体の口の中に、兜割を過剰な力を込めて捩じ込みながら、童士は踵を返して祭壇の奥を目指すべく歩を進める。
「其処をどけっ!」
祭壇を守ろうと童士の前に立ちはだかる、
脳漿を鰓から撒き散らしながら、前のめりに倒れ伏す個体を蹴り飛ばして童士は更に前へと進み続ける。
「邪魔だと言ってるだろうがっ!」
無表情ながらも必死の雰囲気を示しながら立ち塞がる個体は、一喝と共に眉間と思しき部位に鋭く尖った石突を突き入れられる。
内圧の上昇により眼球が飛び出した姿のまま、童士の腰に縋り付こうとする腕が兜割に巻き取られてへし折られる。
「やっとここまで来られたか」
十数体の敵を屠り続けただろうか、死してなお童士の行く手を阻もうとするかのような、元は深き者であった死骸の群れを踏み付け乗り越え童士は前進する。
そして当初の目的地であった雨水調整池の最上流、
「お前らが後生大事に守ってたこの櫃、一体何が入ってるんだろうな!?」
殺戮の宴に
「イフジィフ! ドゥフス!」
制止するような叫び声を発しながら、
「陽ノ本に来たんだったら、陽ノ本の言葉を喋れっ!
何を言ってるのか判らないんだよっ!」
傍若無人な怒声を響かせ、近付く
「重たい蓋だなぁっ!
そらよっ!」
童士の蹴りでは蓋に三寸ばかりの隙間が開いただけ、その隙間に両手を捻じ込み両の腕に力を込め、童士は蓋を押し開き祭壇の下へと突き落とす。
轟音と共に蓋が滑り落ちると、童士は櫃の中に何が収められているのか覗き込む。
「これは………女か……………?」
まさしく童士の呟く通り、櫃の中には一人の女が眼を閉じて横たわっていた。
長さ八尺はあるであろう櫃に、両膝を胸元まで引き上げて折り曲げ、まるで胎児のような姿勢で……櫃の長さ一杯に頭部から臀部までをピッタリと収めている全裸の女。
折り曲げた脚を伸ばしたと想定すると、その身長は低く見積もったとしても二丈近くにはなるだろう。
身じろぎもせず側臥する女の肌は、南洋の異国人のような濃い茶褐色で、確認できる範囲で毛髪の色は透明に近い白一色であった。
顔立ちは体色に等しく、南洋の出自を感じさせる彫りの深さが見て取れる。
異常な巨大さを除けば、野生的な雰囲気の溢れる、熟れた美しさを持つ蠱惑的な肉体の女であった。
「イドゥン アキェグゥム ハイドゥラァ!」
蓋の開いた瞬間から
祈りと拝礼を用いることで、女の覚醒を促すようにも見える。
嗄れた野太い祈りの声が、高く低く調整池の丸屋根に反響し続ける。
その巨大さゆえに、瞑目する女が人間ではある筈がないと判断した童士は、深き者どもの詠唱が効果を発揮する前に
「すまんな……人外の化け物に崇められている時点で、お前も化け物の係累でしかないんだ。
ま、こんな
身じろぎ一つしない休眠状態の女の側頭部目掛けて、童士は渾身の力を込めて両手に握り込んだ兜割を突き下ろす。
『ガキッ………ン』
金属と金属が激しく衝突した時のような耳を劈く衝撃音、兜割から自身の手に伝わる痺れにも似た痛みに驚き、童士は兜割に貫かれている筈の女を確認する。
「こいつは……何なんだ…………?」
先程までは櫃の中で眼を閉じ、呼吸すらもしていなかった女の眼がカッと見開かれている。
虹彩は黄色く染まり、その瞳孔は横一文字に黒く虹彩を分断するように据えられている。
鬼の膂力により解き放たれた兜割の先端は、女の巨体に見合った右の掌によって受け止められている。
まるで安眠を脅かす蚊を振り払った瞬間、時間が凍り付いたかのように兜割の石突は女の掌によって静止させられていた。
「返しやがれっ!」
童士の気合が込められた怒声と、引き絞られ爆発的な盛り上がりを見せる筋力により、兜割は女の掌から解放され童士の手元へ帰還した。
「何者だ?
お前は?」
応えを期待した訳でもないが、自身の力をまともに受け止める女の存在に問い掛ける童士。
女は問いに応えるでもなく、自分が納められていた櫃からゆったりとした所作で上体を起こし、首を巡らせて童士の立つ位置を眺める。
それはまるで午睡から目覚めた貴婦人が、何事も起こらず自然に目覚め起き上がったような風情であった。
「ジュノリュ アジグ オイム?」
童士と童士が握る兜割を交互に眺めて、女は小首を傾げながら童士に語りかけるでもなく声を掛ける。
「人間の姿を模しているが、やっぱりお前は
それでは、遠慮なく行かせて貰うぞ」
女と目を合わせた童士は、屠り慣れた深き者どもとは違う強大な敵の気配に、獰猛な笑みを浮かべて殺気をギラリと迸らせる。
「ギシャアァァァァッ!!」
童士の殺気に反応した女は、眼を細め口を大きく開いて鋭い牙を鈍く光らせ、立ち上がりながら童士と対峙した。
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