第12話 灰谷は混沌の真の力を受け止める

「本気を見せてくれるっちゅうんやったら、早いトコ見したってぇなぁ。

 ヒラヒラ避けてばっかりやから、洗濯物の褌でも相手にしとるんかと思うわ」


 彩藍は相も変わらず黒い男を挑発しながら、黒烏丸と小烏丸の二刀を以て素早くも鋭い斬撃と刺突を繰り出している。

 彩藍の挑発に乗る素振りも見せず、黒い男も引き続き常人ではあり得ない速度で放たれる攻撃を紙一重の見切りで躱し続ける。


「それでは……こう言った趣向は如何でしょうか?」


 黒い男が言い放つなり、その右腕が袖口からぼやけたように見えた瞬間、身に纏う黒衣よりも黒い暗黒の触手状に変形した。

 黒い触手は音も立てず鞭のようにしなりながら、彩藍の足首を狙ったかのように見せて、急制動にて軌道を変化させ無防備な顎に向けて跳ね上がる


「おおっと!危なっ!」


 不意を突いた触手の一撃を、彩藍は身体を反らしながら小烏丸の刀身で素早く払い退ける。

 小烏丸の刃先に触れた触手の先端部分は千切れ飛び、黒い粒子となって霧散し消え去る。


「ふーん……小烏丸は『破邪の切先』で黒烏丸は『封神の刃』って二つ名があるんやけど、アンタにはどうやら小烏丸の方が効くみたいやねぇ。

 さっき脇腹も痛そうにしとったし、どっちかって言うと神の使いってより悪魔の手下って属性かな?」


 彩藍の分析を聞きながら、黒い男は薄ら笑いを浮かべて応える。


「灰谷彩藍さん、貴方も異なことを仰いますね。

 善だの悪だのと言った下らない分類カテゴライズは、当人の立ち位置で簡単に覆る物。

 私から見ればその短剣こそが『封神の刃』に他ならないと思われますが?」


 応えがあるとは考えていなかった彩藍ではあるが、黒い男の声にニヤッと笑顔を浮かべる。


「そらせやろ、敵対する二者がおったらこっちが善でそっちが悪や。

 けどな元々……黒烏丸と小烏丸は、同じ長さで同じ形の双生ノ剣やったんや。

 陽ノ本の開闢かいびゃくから二千年、侵略して来る悪い奴等と切り結ぶ内に、小烏丸はしもてこないにみじこうなってしもたんや。

 せやから陽ノ本国の二千年の歴史が、侵入して来たアンタ達を敵やと認識しとるってこっちゃ。

 僕の祖国に敵やって認められてるアンタは、完全無欠の悪役に決まっとるやんか」


 善悪二元論の真偽について議論を戦わせながらも、彩藍は二刀を振るい続けて攻撃を躱す。

 黒い男は右手の触手だけでなく左手も触手化させて多面的に攻撃を加え、防御のために彩藍の二刀を払い受け流す。

 戦闘の趨勢は未だどちらに天秤を傾けるか決まりかねているようだが、現状では速度に勝る彩藍と手数に勝る黒い男という図式で進行していく。


「ふむ……このままの戦法で時を過ごせば、私にとって不利な状況になりそうですね。

 それではこちらも、もう一手を指してご覧に入れましょう」


 空間がグニャリと無音で崩壊するような振動ふるえを響かせ、黒い男を中心に戦闘領域が変質する気配が漂う。

 黒い男の新たな手立てを防ごうと、彩藍が間合いを詰めて黒烏丸でフェイントを入れながら、小烏丸を用いて急所へと致命の一撃を見舞わんとした瞬間とき

 ゴウッと黒い男の全身から目に見えぬ禍々しい暴風が発せられ、詰め寄って攻撃を加えようとした彩藍の身体を吹き飛ばす。

 攻撃態勢から一点し、防御のために顔の前で両腕を交差させた彩藍は、十米突超の距離を強制移動させられる。


「アンタもちょっとは必死になってくれたみたいやな、人型を止めてまで僕に対処してくれるとは……光栄なこっちゃで」


 確かに彩藍の言う通り黒い男の姿は、先程までの不気味ではあれ……人間の形を保持していたモノとは大きく乖離してしまっていた。

 闇よりもなお深く昏い原初の漆黒、総ての光を吸い込んでなお黒さに一片の翳りも見せない虚無めいた有色の無色。

 ややもすれば彩藍の灯火として、先刻まで周囲を漂っていた狐火すら吸い込んで消し去りかねないようにも映る。

 質量と体積も二倍以上に肥大したように見える肉体は、人型に似せた歪曲誇張カリカチュア絵画のようで、人間と言う種族を嘲笑するかのような姿であった。

 両の脚は細く長く伸び爬虫類の尾のように曲がりくねり、胴体は太く寸胴の巨大な蠕虫ぜんちゅうじみて折りある毎に脈動を見せている。

 先程まで彩藍と打ち合っていた両の腕は、触手の本数を更に増やし、右が四本で左が三本となり……各々が意識ある生物であるかのように前後左右にユラユラと振られている。

 頸部は更に奇怪な様子となり、首は骨格を無視したかのように引き伸ばされて、痙攣めいた拍動で頭部を支えるつもりが毛ほども無さそうな素振り。

 最上部に位置する頭部と思しき箇所については、楕円形のつるりとした部位の中央部に……縦に裂け目が入っているばかり、裂け目の中は虚な穴のようで、底が見えない肉の深淵と化している。


「うはぁ、アンタらの姿を見てしもたら、普通の人間が精神に異常を来してしまうのも……何とはう判るわ。

 僕でも今晩ぐらいは、ごっつい悪い夢を見そうやもん」


 言葉とは裏腹にタチの悪い笑顔を浮かべた彩藍は、迫り来る腕から伸びた触手の数本を黒烏丸で叩き斬りながら飛び退さる。


「隠し球を持っとるのは、自分だけやと思っとんやろうね。

 上から目線の神さん一味にはあるあるな話や、神さんが善でも悪でもどっちゃでも良いけど」


 へっへっへっと下卑た笑い声を上げながら彩藍は、黒烏丸と小烏丸の柄と柄を打ち合わせる。


「神魔反魂術!」


 唱えた瞬間、彩藍の右手に握られた黒烏丸の刀身が白く輝き、左手の小烏丸の切先は黒く染まる。

 一瞬の変色の後、両刀ともに元の輝きを取り戻した。

 素早い摺り足で距離を詰めた彩藍は、繰り出される触手を先程とは違って小烏丸で払い除ける。

 変化後に若干速度を落としてしまった這い寄る混沌ナイアルラトホテップの攻撃を掻い潜りながら、彩藍は黒烏丸を横薙ぎに振り切った。


「グギィッ!エァァァ!」


 彩藍の放った渾身の一撃は、這い寄る混沌の蠕虫めいた胴体部分に深く鋭い金瘡を刻み込む。

 這い寄る混沌の傷口は塞がる気配も見せず、ドス黒い体液を周囲に撒き散らしている。

 己の肉体に傷を付けられた混乱からか、這い寄る混沌は全身の触手を振り回して、隧道の壁面を崩壊させんばかりの勢いで殴打している。


「ナ故だァ……チョう剣の攻げキでは、我ノニィく体に届カぬノデはぁ……無かっタノでハぁ…………」


 人の身を棄てた影響であろうか、発生器官を失ったと思しき這い寄る混沌は、片言に聞こえるザラついた音声を発して彩藍に問うた。


奇術師マジシャンが種を明かす訳ないやん、アンタのその不っ細工な脳足りん頭で考えてみたらどない?」


 どのような状況下においても、相手を小馬鹿にするような軽口を止められない彩藍に、這い寄る混沌は憎悪と殺意を混合カクテルした強大な意思を投げつけるのであった。

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