第4話
中学生のとき、自室に隠していたエロ本が見つかったことがある。アオイに、だ。
彼女は全く寄り付かなくなったトウタを心配して家の掃除に来たようで、トウタが朝から風呂に入っている間に掃除機をかけ、最後に自分の部屋に辿り着いた。
そうして発見したモノたちの前で固まっていた。
風呂上がり。短パンにTシャツというラフな格好の自分の前に無防備な幼馴染みが座り込んでいる。目を潤ませて、頬を真っ赤にしながら恥ずかしがっている。
もう完全に襲ってもいいシチュエーションなのでは?
甘い香りに支配されて、トウタは無意識にアオイに手を伸ばした。
「トウタも、こういうの興味、ある? 好き?」
アオイの震える声で少し理性が戻った。
目を瞬いて、思わず頷く。
「え、そりゃ、男の子だし。当然だろ」
「そっか。私、ムリだぁ…ごめんね、今日は帰るね」
バタバタと出ていく音を聞きながら、嫌われたのかと呆然とした。
ムリってどういうこと。自分とはそういう関係になりたくないってこと?
エロ本読むような男はダメってことか。でもお前を守るためなんだ!
彼女の言葉がリフレインして、心臓がどくどくと激しく打つ。
自室に残ったアオイの香りを嗅いでも、トウタは興奮することはなかった。
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あの時から、アオイにはますます自分のことを告げるわけにはいかなくなった。これ以上嫌われるのは本当に辛い。だからできるだけ近づかないようにしているのに、彼女は毎日毎日やってくるのだ。
近づかれれば香りにやられて襲いたくなる。理性と煩悩がせめぎあって頭の中で大合戦を繰り広げる。常に疲労困憊だ。
ストレスだけが溜まりに溜まった。
「トウタは女子の体育見てても落ち着いてるよね」
グランドの真ん中に立つハヤトが不思議そうに聞く。
隣のクラスと合同で行う体育の授業は男女別だ。今日は短距離走なので、グラウンドの校舎側に男子が、反対側に女子が並んでタイムを順番に計っている。
ハーフパンツに半袖という学校指定の体操服から覗く二の腕やすらっとした足だろうが、動いて無防備に揺れる胸を見ようが、トウタの息子は元気にならない。
アオイの香りは半径三メートルから香る。経験談だ。
「あほか、女子の体育見て興奮してたら正真正銘の変態だろ」
毒づけば、ハヤトは周囲を示した。
「じゃあ周りは変態だらけだね」
男子たちは女子の走る姿を見ながら、誰々の胸が大きいだの、脚が綺麗だのと騒いでいる。仕方ない。思春期真っ只中の男子高校生の頭の中なんてそんなことばっかりだ。
分かっている。分かってはいるが、幼馴染みがこの不愉快な視線に晒されているのかと思うと我慢がならない。
「先生、タイムが下位の人たちはグランド整備でいいですか?」
「おーいいな。あと女子ばっかり見て不真面目なヤツもだぞ」
さすが体育教師だ。ストイックに厳しい。
「はぁ、先生横暴!」
「トウタ、てめぇ余計なこと言うなよっ」
「何度でも挑戦していいぞ。ほら、並べ並べ」
不平不満を言い始めた男子生徒たちは、すっかり女子から興味がなくなったようだ。教師に追われて、並び出す。
「トウタ、俺もあんまり速くないんだけど?」
ハヤトの恨みがましい視線は綺麗に無視することにした。
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