第2話

トウタがアオイの香りを嗅ぐだけで興奮する厄介な体質になったのは、中学1年生の春だ。

夢の中で幼馴染みとイチャイチャして、起きたら精通を迎えていた。大人になったな、なんて余裕ぶっていたのは朝食を食べ終わって遊びに来たアオイを見るまでだ。

その日は休日で、休みなんてほぼない共働きの両親はもちろん家にいない。いつもの二人きりの空間に、なぜか血が沸騰するかのような興奮を覚えた。


隣家との付き合いはトウタの一家がこの家に越してきた頃から始まる。まだ2歳だった。

隣に挨拶に行って、玄関口に現れたアオイを見て、一目惚れした。

臆病なアオイは母親の後ろに隠れて、窺うようにこちらを見つめていた。その怯えた表情と泣きそうな顔にきゅんときたのだ。

きっと変態の素質があったのだとは思う。


共働きの両親は、専業主婦のアオイの母に何かとトウタの世話を頼んだ。おっとりとしたアオイの母は嫌な顔をせずにいつも面倒を見てくれた。もう一人のお母さんと言ってもいい。小学校低学年まではほとんどをアオイの家で過ごした。


不器用でドジなアオイの世話をするのがトウタの役目だ。トウタ君はアオイのお兄ちゃんみたいね、というのがアオイの母親の口癖だった。おかげで彼女の面倒を見て世話をするのが自分の役目だと、使命感に燃えた。幼稚園でも小学校でもかいがいしく世話を焼き続けた。


だが自分のことができるようになる小学校高学年からは、あまり隣の家には遊びに行かなくなった。食事も時々は彼女の家で食べるけれど、基本は自宅で食べる。

アオイの家から、誰もいない家に帰るのが辛かったからだ。共働きの両親は朝が早くて夜は遅い。ひどいときには深夜を回って帰ってくる。早くても十時頃だ。結局、風呂に入って宿題をして寝る頃に両親が帰宅することになる。

アオイの父親は七時には帰ってくるから、夕食は彼女の弟も入れて四人で囲む。いつもはその中に自分もいるのだが、食べ終わって帰宅して真っ暗で静かでひんやりとした家に戻るのが本当に辛かった。


隣家には自立だと嘯いていたが、寂しさを知られたくなかったのかもしれない。

けれど、そうして隣家にいかなくなると、今度はアオイがトウタの家にやってくるようになった。時にはおかずを差し入れしてくれる。

自分の家に彼女がいると、広い家も普通の家のように感じる。冷たくもなくて、むしろ温かい。


この日もいつもと同じになるはずだった。

だが、脳の奥が痺れるような甘い香りが、理性を焼き切って、ひどい興奮を訴えてくる。


「おはよ、トウタ。どうしたの、気分でも悪い?」


勝手知ったるトウタの家だといわんばかりに、居間の扉を開けて入ってきたアオイは、ソファで寝転がってテレビを見ていた自分の近くに来ると、心配げに顔を曇らせた。

ちなみに自宅の合鍵を隣家に預けてあるので、玄関の鍵をかけても彼女は簡単に入ってこられるようになっている。


「あ、アオイ…? お前、なんで…」

「なに、どうしたの。顔が真っ赤だよ。熱でもあるのかな」


言いながら、丸くて形のいいおでこをトウタのおでこにくっつけてくる。

いきなりアオイの顔がアップになって、驚くと同時に甘い香りを思い切り吸いこんでしまった。


「ば、ばかっ、近いっ! うっ、ごほっ」

「え、咳もあるの? やっぱり風邪なんじゃない。待ってて、お母さんに薬貰ってくるから」

「え、ちが…お前のなんか甘い香りのせいだろっ。香水なんて色気づいてどうしたんだよ」

「香水? そんなの使ってないよ」

「はあ、だってこんなにも甘い…」


ああ、キスしたいな。

できれば、そのまま服を脱がせて、今日見た夢のようにアオイを抱きしめて―――って、なんだ?!


思考が一瞬にしてトリップした。

アオイから香る匂いに、脳が痺れておかしくなってしまった。ついでに、自己主張している息子が張りつめて大変なことになっている。

彼女に触れたくてたまらない。いや触れるだけでなく、裸にして、めちゃくちゃにしてしまいたい。


ダメだ、思考が犯罪者すぎてびっくりする。

健全な中学生の妄想が、なんでこんな犯罪臭のするものなんだ。

もっと甘酸っぱいのでいいじゃないか。

頭の中に無理矢理とか、婦女暴行とか、性犯罪とかしかテロップが流れない。


「嘘だろ…」

「トウタ、本当にどうしちゃったの?」

「とにかく帰れ、今すぐ帰れ!」

「え、なんで、どうしたの?」

「やめろ、それ以上近づくな。俺は犯罪者にはなりたくねぇ…」

「え、犯罪者? どういうこと?」

「うるさい、とにかく、今日はもう帰ってくれ!」


戸惑うアオイをなんとか追い出すことに成功した。

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